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3 バーベナの手帳

 10歳の誕生パーティの翌日、バーベナは自室で書物をしていた。

 バーベナがペンを持つことなどなかったので、驚いたハリエッタに体調を心配されたが、

「昨日出会ったダリア様との時間がとても楽しかったの。それを日記に書こうと思って」

 と、さらにハリエッタが驚くような答えを返した。


「不思議な文字ですね、バーベナ様」

 開かれた日記を見て、ハリエッタはどこの国の文字なのかバーベナに尋ねた。

「私が作ったのよ」

 自信たっぷりに答えるバーベナに、ハリエッタは微笑ましい思いがした。

 今まで勉強らしい勉強は何もしてこなかったバーベナは識字すら怪しいところがあった。ハリエッタはバーベナが「文字ごっこ」をしているのだと思った。

 だが、それは違っていた。バーベナが書いているのは、紛れもなく文字だった。だが、それはこの世界には存在しない日本語だった。

 バーベナは昨夜の出来事から、徐々に以前の記憶を思い出していた。未だに自分自身に関しては何も思い出せていないのだが、『とき乙』の世界ははっきりと思い出せていた。

 バーベナがここではない世界で夢中になったゲーム、『ときめき学園、花咲く乙女の恋と魔法』。

 それは所謂乙女ゲームだった。


 主人公は平民出身の男爵家の養女、田舎の領地で暮らしていたために都会での貴族の作法にも疎く、それ故に素直で自由な思考を持った少女だった。


 攻略対象は学園の生徒会役員、生徒会長の第5皇子アーロン・シューデンガル、副会長でダリアの義兄クラレンス・ポート、会計部長でアーロンの従兄弟リカルト・グラニエ、会計のシン・ボールドウェル、書記のコート・ガイアス、生徒会顧問教師のマテオ・グレイソンの六人だ。


 それぞれの攻略対象のルート毎に悪役令嬢がいる。


 バーベナはアーロンルートの悪役令嬢だった。

 アーロンの母は第3妃で、もともと正妃の侍女だった女性だ。

 アーロンを産んですぐに不自然に他界している。母の実家も伯爵家とは名ばかりの弱小貴族、領地も痩せた土地柄から収入面でも苦しい内情だった。

 だが、アーロン自身の能力は高く、明朗な性格に育ち人望も篤い。

 彼の祖父が後ろ盾を必要と考え、バーベナと婚約することになるのだ。ルイスナム公爵家は王家に次ぐ家柄、アーロンに害する者も手出しが難しくなる。

 複雑な幼少期を過ごしているにもかかわらず、アーロンは腐ることなく成長した。それは、クラレンスの存在も大きく影響している。嫡男とはいえ、地方にわずかな領地を持つだけのポート男爵家、クラレンスも家格では下の下と言ってよかった。だが、その美貌、才気に溢れた言動、誰にも臆することなく自身を貫く高いプライドを持った彼は家格とは関係なく高い評価を受けていた。

 恵まれない環境の中でも、人は努力によって自分自身を成長させることができる。

 クラレンスはそれを具現化していると言ってよかった。アーロンもその姿に励まされるところが大きかったのだ。彼らはその境遇から友情を育むことになる。


 『さすが……公式が最大手だわ』


 バーベナは普段乙女ゲームはあまりプレイしていなかった。所謂BLゲームと呼ばれるものをプレイすることが多かった。

 だが、『ときめき学園、花咲く乙女の恋と魔法』には落ちるようにハマってしまった。

 その理由は、ハズレのスチルと、隠れストーリーだった。

 本編をヒロインとして攻略していたら、そのスチルを見ることも深読み可能なサイドストーリーを見ることもない。アーロンとクラレンスに重点を置いてスチルを集めると、生徒たちの間で夫婦とあだ名されるイベントや二人きりで馬での散策中に川に落ちてしまい裸で暖め合うイベントが発生するのだ。二次創作でもベタすぎてやらないことを、公式は臆面もなく提供していた。


 バーベナはそうした『とき乙』に関しての記憶を思い出せる限り書き留めていた。


「ハリエッタ」

 ひとしきり書物をしたバーベナは、ハリエッタに声をかけた。

「なんでしょう、お嬢様」

「家庭教師の先生をお願いしたいのだけれど、お父様に話してもらえるかしら」

「……お嬢様」

 ハリエッタはさっと目元を拭った。可愛らしいごっこ遊びだけでなく、本当に学ぶ気持ちを持ったバーベナに感動していた。


 今までのバーベナはひどかった。


 辞めさせられた家庭教師は両手両足の指を足しても足りないほどいた。

 自分が文字を書けないのは家庭教師のせいだ、簡単な計算をできないのも教え方が悪いからだ、魔法が暴走しかけたのも自分の高い魔力に見合った教師ではなかったからだ、そう言って何もかも他人のせいにしてきたバーベナだった。

「ハリエッタの心配はわかるわ。でも、……今度は大丈夫。ちゃんと教えていただけるように努力するわ」

 ハリエッタの無言を自分への不信感だと思ったバーベナがそう言うと、彼女は首を振った。

「閣下にお願いして、お嬢様に相応しい家庭教師を選んでいただきますわ」

「ありがとう、ハリエッタ。それと、お勉強を一緒にしていただくのに、ダリア様をうちにお呼びしてもいいかしら」

 学園に入学しても、学業で周りについていけないバーベナはアーロン以外の生徒会のメンバーとは親しくなることはない。


 生徒会は学業優秀者の集まりだった。

 生徒会と言っても、このゲームの中の生徒会は国家の縮図だと言ってよかった。

 生徒会長はその学年の中で一番家格が上の者、副会長以下のメンバーはそれを補佐し、ゆくゆくは生徒会長が卒業後に国政を一緒に支えるようになるのだ。

 実践的教育のため、学内のすべての予算は教師の給与に関することまで生徒会の管轄とされる。

 会計部長は生徒会長と同じくらいの権限を持つことになる。

 その会計部長の補佐として会計に身を置くシン・ボールドウェルとクラレンスのカップリングがバーベナの最推しなのだ。

 空色の髪に深いグレーの瞳、優しげな風貌に似合わず慇懃無礼でリカルト以外の命には従わず、クラレンスには何かと突っかかるところのあるシン。

 アーロンですら命令することは難しいドSのクラレンスが唯一デレる相手がシンなのだ。

 普段は犬猿の中の二人が、影では姫とそれに傅く騎士のような関係になっている。

 それらのスチルもバーベナは見たかった。スチルというよりは、目の前でそれを見ることができる可能性が高いのだ。


 できる限りのイベントを回収するために、バーベナは今のままでいるわけにはいかなかった。さらには、ダリアとも一緒にいる時間を増やして本来のイベントを阻止する必要もあった。

「そうですね。一緒にお勉強される方がいらっしゃった方が楽しそうですわね。お嬢様のご学友としては、ローガン伯爵家のアザレア様や、フィンレー侯爵家のカメリア様などがよろしいかと思いますが」

 ハリエッタが言った令嬢たちは、一様に悪役令嬢だった。

 ゲームの中ではハーレムルートのみ全悪役令嬢が徒党を組んでダリアに嫌がらせをする。

 薄紫の髪に、藍色の瞳、小さなさくらんぼのような唇はまさに天使のように美しいバーベナはアーロンルートと教師のマテオルートの悪役令嬢。明るいオレンジの髪、青い瞳は勝気そうに切長なアザレア・ローガン伯爵令嬢は、リカルトルートの悪役令嬢。深緑の髪に同じ色の大きな瞳のカメリア・フィンレー侯爵令嬢は、クラレンスルートの悪役令嬢。燃えるような赤毛にひまわりのような明るい黄色の瞳のサンダーソニア・カーター伯爵令嬢は、シンルートの悪役令嬢。黒い瞳に黒髪のグロリオーサ・ジェイデン伯爵令嬢は、コートルートの悪役令嬢。ハーレムルートではこの5人が全員でダリアをいじめるのだ。


「……そうね。人数は多いほうが楽しいかもしれなくてね」

 バーベナは一瞬躊躇したが、各攻略ルートの悪役令嬢も全て自分と行動を共にすることになれば、全てのイベントを堪能できるかもしれないと考えた。また、他の悪役令嬢がダリアを苛めないように牽制することもできる。

「ならば、ダリア様とアザレア様、カメリア様とサンダーソニア様、グロリオーサ様もお呼びしましょう」

 バーベナが挙げた名前は、ダリア以外はハリエッタの眼鏡に適う令嬢ばかりだった。サンダーソニアとグロリオーサの家柄も伯爵としては建国の頃よりの名家だった。

 ハリエッタは、バーベナの変化を嬉しく思った。

 今までは我儘で思いやりにもかける子供だと思っていたが、亡きアネモネのように聡明で優しい資質がバーベナの中にちゃんとあるのだと思うと胸が熱くなった。

「早速閣下にお願いして参りますね」


 喜んで部屋を出て行くハリエッタを見送って、バーベナはまたノートに目を落とした。

 シンとダリアの初めてのイベントは、成績優秀で魔力も高いダリアが生徒会の書記に誘われることだった。学園の入学まで、まだ5年はある。その間にアーロンとクラレンスは幾つかのスチルがあったはずだが、他の攻略対象は入学まで現れない。

 アーロンとクラレンスのイベントにしても、アーロンルートの2周目からでないと幼少期の出来事は会話のみになっていたはずだった。


 『確か、2周目のハーレムルートには他の攻略対象との幼少期のエピソードもあったはず……』


 バーベナは記憶を手繰り寄せて、コートとダリアが来年には出会うことを思い出した。

 平民に変装したダリアが街に買い物に出かけて、コートに出会うはずだった。

 コート・ガイアスはダリアと同じように平民の出身だった。

 ダリアは政略結婚用の手駒としてポート男爵に引き取られたが、コートはもっと悲惨な状況で養子に出されていた。

 これも、『とき乙』の公式が最大手と言われる所以なのだが、コートには『モブレ』を匂わせる要素があるのだ。

 来年、ダリアとコートが街で出会って一緒に買い物をすると、王道のスチルが手に入る。コートとダリアが大きなパイに一緒にかぶりつくスチルがそれなのだが、二人が出会わなかった場合、黙って外出したことを咎められ、コートは養父のお仕置きを受けるのだ。

 安宿に引き摺り込まれ、下着を下げられたお尻を鞭で打たれるスチルがそれだった。全年齢対象のゲームにしては過激な表現だったが、スチルにはコートの足首に下げられた下着が絡まり鞭の音がするだけだったが、何が行われたのかはわかる。コートの華奢すぎる足首から、その先を想像することも容易かった。

 実際にこのイベントが目の前に起こればコートには可哀想なことだが、バーベナにはご馳走以外の何物でもない光景が見られるのだ。


 『できるだけダリアと一緒にいなくてはならないわ』


 バーベナは思い出せる限りのイベントを美しい手帳に書き留めた。

 この世界の誰が見ても読めない文字だったが、内容を知るものがいれば卒倒しかねないものだった。

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