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2 カーテンの陰

 父にエスコートされ、バーベナが何人目かに挨拶をした男爵の後ろに見覚えのある少女がいた。

 とき乙のヒロインである、ダリア・ポートだった。

 バーベナは男爵から挨拶を受けると、ダリアに向かって軽く膝を折った。ダリアは公爵家の令嬢に先に挨拶をされて、慌ててはいたがバーベナのカーツィに対して片足を後ろに引いてカーテシーで返した。


 『ダリアは素朴で明るい子じゃなかった?』


 バーベナは訝しく思った。

 『とき乙』のダリアは男爵家の領地で田舎暮らしをしていたために、都会的なマナーなどを身につけていない令嬢として登場していた。攻略対象にとってはそれが新鮮に感じられ、ヒロインに惹かれていくきっかけにもなっていたのだが、今バーベナの前にいるダリアは10歳程度の少女としてはある程度の作法を守っているように見えた。


「ダリア様……よかったら一緒にお菓子を見に行きません?」

 些細な違いより、バーベナにはこれから起こるハズレイベントの方が大事だった。

「よろしいのですか、バーベナ様」

 ダリアより先に義父のポート男爵が嬉しそうな声を出した。

 ポート男爵は野心家だった。

 嫡男以外の子供を持たなかった男爵は、ダリアを養女として迎え良縁を望んでいた。自分の息子の結婚への足がかりにも、ダリアを利用できるとも考えていた。

 今がまさにその時だった。

 ダリアがバーベナに気に入られ、互いの家を行き来するようにでもなれば幸いと思っているのは明らかだった。


「お父様、ダリア様とお菓子を見てまいります」

 バーベナは戸惑っているようなダリアの手を取ると、今夜の主役のために用意されたお菓子のテーブルに連れて行った。


「わぁ……美味しそう」


 畏まったような様子のダリアだったが、色とりどりのお菓子を見て目を輝かせた。彼女の男爵家での生活は、とても令嬢とは言えないものだった。普段からこうした贅沢な菓子に縁のない彼女は、素直な声を上げてしまった。


 『バーベナは素直に喜んだダリアをバカにしたのよね』


 ゲームの中では、バーベナにこんな菓子が珍しいのかとバカにされ、わざと取り落とさせた菓子を拾って食べるように言ったのだ。

 だが、今のバーベナはそんなことはしない。

 ここでダリアをいじめてしまうと、お忍びで来ていた第5皇子に見咎められてしまうのだ。その上、皇子はバーベナから救い出したダリアと一緒に広間を出て夜の庭に散歩に行ってしまう。

 月明かりの噴水の前で、第5皇子であるアーロン・シューデンガルがダリアに魔法で花をプレゼントして友達の約束をするイベントが起こることになっている。

 だが、バーベナがダリアをいじめない場合、もしくは出会っていなかった場合には、王子の右腕となる男爵家の嫡男クラレンス・ポートとアーロンがかくれんぼをするイベントが発生するのだ。


「ダリア様」


 バーベナは目移りして選べないダリアに、カラフルなマカロンを差し出した。フルーツで色づけされたさっくりとした生地、小ぶりで食べやすそうな形でダリアが気後れしないように選んだものだった。その中から、ダリアは黄緑色のマカロンを選んだ。


「美味しい!」


 一口食べてダリアが目を輝かせた。やはり、ダリアは素直で感情の豊かな少女のようだった。男爵の監視のもとでおとなしくしていたようだった。

「あ……」

 ダリアはバーベナより先に食べてしまったことを恥ずかしく思い、俯いてしまった。

「私もピスタチオの味が一番好き」

 そう言ってバーベナもマカロンを口にすると、ダリアに笑顔が戻った。


 『やっぱり、ヒロインは可愛いわ』


 ゆるくカールした金色の髪に、新緑の若芽のようなエメラルドグリーンの瞳、あどけない頬も愛らしかった。

 ダリアにお菓子を勧めながら、バーベナは窓辺を確認した。テラスに続く窓に掛けられたビロードのカーテン、その一つがわずかだ他のものより膨らんで見える。

 不自然にならないように、バーベナはダリアに話しかけながら少しずつ窓辺に近づいて行った。

「ダリア様、少し外の空気に当たらない?」

 広間はお酒を飲んだ大人ばかりでつまらないとバーベナが言うと、ダリアもそれに頷いた。


 膨らんだカーテンに近づきすぎないように注意しながら、バーベナはダリアと一緒にテラスに出た。

「星がたくさん」

 ダリアが空を見上げて指差した。

「本当ね」

 バーベナはちらりと空を見上げたが、こちらに近づいてくるクラレンスの様子の方が気になった。


「お兄様」


 ダリアも気づいて声をかけそうになったが、バーベナがそれを止めた。

 不思議に思ってダリアが尋ねようとすると、小さな指先を唇にあてたバーベナは目配せで黙っているように合図した。

 ダリアが黙ってバーベナの背後から見ていると、ダリアの兄であるクラレンスがカーテンを捲り上げて、中にいたアーロンの耳を引っ張った。


「尊いわ……」


 真っ黒な艶のある髪に、幼いながらも精悍な顔立ちのアーロンが、銀髪に怜悧とも言える美貌のクラレンスにお説教されている。その様子をバーベナは祈るように手を組み合わせて、うっとりと見ていた。

「バーベナ様……」

 バーベナが言った尊いという言葉の真意を測りかねて、ダリアが困惑した声を上げた。

「……ごめんなさい、ダリア様」

 いきなり謝られて、困惑したダリアの手をバーベナが握った。

「あまりにもダリア様のお兄様が美しくて、見惚れてしまいましたの」

「まぁ……」

 驚くダリアに、バーベナは首を横に振った。

「私、美しい殿方と美しい殿方が一緒にいらっしゃるところを見るのが好きなの」

 バーベナはダリアを味方につけることに決めた。

 彼女がいなければ、どちらのイベントも起こらないのだ。

 ダリアを慰めるはずだったアーロン、この場にダリアがいなかったとしたら、彼がお忍びで公爵家のパーティに来ることもなかったのかもしれない。今日の今までのバーベナの記憶の中に、今のような情景は何一つない。

 自分がバーベナ・ルイスナムになったことに驚きすぎてフル稼働した海馬の情報に、ハズレイベントは何もなかった。このイベントの前に、養女に貰われてきたダリアとクラレンスが出会うイベントがあるはずなのだ。そのイベントのハズレでは、クラレンスの美貌に魅せられた使用人にストーカーされているというイベントがあるのだ。


 『見たかったわ……クラレンス様が冷たい目で「下がれ、下郎」っておっしゃったところ』


 この先、できるだけ多くのイベントに遭遇するために、ダリアの協力が絶対に必要になるのだ。

 彼女が攻略対象とイベントを起こせないように、そばにいる必要があった。

「あんなにも精悍で男らしいアーロン殿下と、ダリア様のお兄様のクラレンス様」

 バーベナはまだカーテンの陰でじゃれあっている二人から目をそらし、ダリアに向き直ってその瞳を覗き込んだ。

「素敵な方々が一緒にいらっしゃるのって、観ていて楽しくならないかしら」

 深い藍色の瞳に覗き込まれて、ダリアは頬が熱くなるがわかった。

 正直、ダリアにはバーベナの楽しみはよく分からない。だが、天使のように可愛いバーベナが自分に親しく接してくれることは嬉しかった。

 自分でもよく分からないまま、ダリアはバーベナの笑顔に頷いた。

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