アグネス、屋敷へ戻る
ジェラルド=キムから暗に警告を受けたことで、アグネスは、そもそものテロ事件が、本当に某宗教団体だけによるものなのか? ということすら確信が持てなくなっていた。
もっと前から、何かが軍組織内で動いていたのかもしれない。
それが為に、ジュリオはその身を消すことになったのではないか?
そういった疑念が、次から次へと湧いては消え、そしてまた湧くのであった。
「やっぱり、情報は大事よね。」
ハウスキーパー殿も、情報を押さえるのに専念するぐらいでちょうどいい、と言っていたではないか。裏を返せば、情報だけはきちんと押さえておけ、ということだ。
アグネスは、とりあえず、現場においてアグネスに最も近い位置にいたスコティッシュが捉えた情報を全て、アビシニアンに解析させた。
それにより判明した事実があった。
アグネスからは車内の様子は見えなかったが、スコティッシュの持つ特殊なセンサーは、3人の様子をかなり鮮明に捉えていたのだ。アグネスは、運転手役の男と狙撃役の女の顔に見覚えは無かった。しかし、巻き込まれただけの可能性を示唆されていた10代前半女児の画像を見た瞬間、アグネスの顔からは血の気が引いた。その少女は、あまりにもアンバーにそっくりだったのである。
そして、彼女の名も、アンバーだった。アンバー=キース。家出をして、家族からは捜索願が出されていた。アビシニアンは、警察のデータベースとの照合で、あっさりとその情報を引き当てた。某宗教団体との繋がりは見つからなかった。
会議が終わるのを待っていたという捜査関係者の訪問を受けるころまでには、アグネスは、警察よりも遥かに多くの情報を得ていたので、あまり乗り気にはなれなかった。彼らの話では、3人の遺体はほぼ完全に炭化しており、遺留品から身元を割り出し中とのことだった。
結局、アグネスは、車内の様子はまったく見えなかった。襲われる覚えがない。と回答しておいた。
捜査関係者からの情報を加味すると、見つかった3体の遺体と、スコティッシュの捉えた画像の3人が同じ3人であるとは限らないわけだ。ますます、面倒なことである。
アグネスは、早く、ハウスキーパー殿の考えが訊きたいと切実に思った。
それ以上に、愛しの娘アンバーの無事をその目で確かめたい、抱きしめて体温を直に感じたいと望んだのだった。
公用車はリアウインドーの部分の修理が必要ということで、交換されていた。
スコティッシュは、一旦、アグネスを待たせ、交換された車の脇に立ち、しばらくじっとしていた。
「大丈夫です。安全を確認いたしました。」
スコティッシュは、どうも特別なセンサーでもって、危険物が仕掛けられていないかを調べたようなのだ。アグネスは、溜息をついた。
「ありがとう。屋敷までお願い。」
そう言葉をかけつつ、車に乗り込み、後部座席に身を沈めた。
どう考えても、7人のうち1人はアグネスの専属で、対魔物戦闘の役には立っていない。逆に考えれば、本来の職務を妨害しているのは、上司であるアグネスなのだ。人手不足の折に、これは相当痛いことである。
屋敷に到着すると、アグネスは、娘の元へと駆けていった。
その動く姿に、安堵する。
アグネスは、アンバーをぎゅっと抱きしめた。
アンバーは少し驚いた様子をみせたが、取り立てて取り乱しもせず、アグネスに労いの言葉をかけてきた。
「お帰りなさい、ママ。お仕事お疲れ様。」
「ただいま、アンバー。大好きよ。」
アグネスは心の底から、アンバーを愛おしく思った。
と同時に、亡くなってしまったと推測される、娘とそっくりの姿の同世代、そして同じ名を持つ少女のことが思い起こされ、胸が痛んだ。
偶然なのだろうか? そんなはずはない。
ヤン家の隠された事情に、アンバーが巻き込まれようとしている。それが、腹立たしく、そして不安となって、アグネスを苛んだ。
元当主であるジュリオには、一言、言ってやらねばならない。
夕食を準備しているハウスキーパーの方へ向かって、心の準備をする、アグネスであった。
ジュリオは、アグネスの身に何が起きたのかは、先刻承知のようであった。しかし、アンバーの前でもあり、特にその事については触れてこなかった。
アグネスも、アンバーのいる場で、話をするつもりはなかった。
今夜も長くなるのは確実、確定である。
アグネスは、疲労感がどっと出るのを感じたが、顔には出さないように努めた。
夕食後は他愛のない話をし、そしてアンバーの就寝の時間になると、いつも通りに、使用人にアンバーを任せた。お休みなさいの挨拶をするアンバーに、奇妙な間柄の両親は笑顔を送るのだった。
そして、2人は、重大事について話をすることになった。
「もう知っているのでしょうけど。」
切り出したのはアグネスの方からだった。
「あぁ。もう1人のアンバー、アンバー=キースについてだな。」
捜査関係者もまだ辿り着いていない情報のはずだが、ジュリオには伝わっていた。どういう仕組みになっているのか、全てを把握できていないことにもどかしさを感じるアグネスだが、情報の出所はスコティッシュであろうことは、充分に推測できた。
スコティッシュには、他のCAT隊員とは明らかに異なる仕掛けが施されているのだ。それが、統括責任者であるアグネスには知らされていない、という事実は、本来由々しきことである。
しかし、裏で糸を引いているのが、他ならぬアグネスの目の前の男で、アグネスは、軍組織内で起こっている疑惑を追及するための隠れ蓑にすぎないと考えれば、ある意味で当然のことなのだ。知る必要が無いことは知らされない。そういう扱いなのである。腹立たしいが、アグネスの存在は、ヤン家においてはその程度。その事実はこれまでに痛いほど感じさせられてきたし、今更、嘆いても仕方がないことであった。
が、娘アンバーに関わることとなれば、話は別だ。
「なぜ、アンバーがもう1人いるの? あの子はいったい誰なの? もうこの世にはいないのでしょうけれど。」
「あれは、今日、君が見たもう1人のアンバーは、アンバーの血液を使って作られた人工生命体なんだ。」
「アンバーの血液ですって?」
人工生命体クリーチャー、および、その上位種であるスーパークリーチャーの材料の一部に血液が使われているという話は事実だ。通常のクリーチャーの材料として用いられているのはネコ、ウサギ、ヒツジといった哺乳動物の血液だと聞いている。
上位種であるスーパークリーチャーの場合は、実用化されたのがCAT7人が初めてという状態で、情報はほとんど外部に出されていない。カンダガワ博士も、その辺は資料に載せてはこなかった。
「じゃあ、CATには、ヒトの血液が使われているの? というか、なぜアンバーの血液なの? いつ……。」
「済まない。こんなことになるとは考えていなかった。これは俺の失態だ。言い訳できない。」
目の前のジュリオは頭を深々と下げていた。今、アグネスは信じられないものを見ている。
「その話をする前に、王家・王族とヤン家について、それと魔物が出現した理由、今、軍組織内で起こっている事を聞いてもらわなければならない。」
アグネスは、さすがに唖然とした。
魔物が出現した理由が判明しているなど、想定外もいいところである。たとえお飾りであろうとも、対魔物戦闘部隊の統括責任者などという役職を押し付けておいて、それを隠していたというのは、あんまりだ。扱いが酷いのは今に始まったことではないが、一言どころか、とことん、問い詰めても、お釣りがくる。アグネスは、そういう気分になりつつあった。
アグネス「サブタイトルに突っ込みを入れるのも飽きてきたかも。」
猫「うん。時間の無駄だと思う。一番時間がかかっているのが、サブタイトルだったとしても。」
ジュリオ「やっぱり、サブタイトルが一番なんだ。」
猫「だって、ネタ小説なんだもん。」
ジュリオ「ネタっていえば、アグネスの名前……。」
猫「あ、分かった? “チ”を抜いた、の意味。」
アグネス「人の名前で遊ぶな!」