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アグネス、記憶の糸を手繰り寄せる

 アグネスは、ジェラルド=キムという男に特別どうこういう感情は抱いていなかった。1つには、CATの統括責任者に就任するまで、資料庫に引き籠って本ばかり読んで過ごすという、およそ軍人らしからぬ生活を10年間続けていたアグネスにとって、軍上層部の人間と直接話をする機会などほとんど無かったからである。


 むしろ、王家・王族とのかかわり合いの方が多かったくらいなのだ。

 それは、ヤン家が遡れば王家に繋がるという家柄だったからであり、そして、既に親戚と呼ぶには遠縁すぎる王家とヤン家の間には、ヤン家創設当初より隠された秘密があったからなのである。

 ヤン家は、王家の懐刀・守り刀としての役割を託されていたのだった。つまり、ヤン家自体が、秘密の近衛部隊であった。ヤン家の代々の当主は、王家の利益を第一とし、その手段の1つとして軍に籍を置いていたが、決して軍組織内で功績を上げるような真似はしなかった。目立たずに行動するのに邪魔だったからだ。むしろ、侮られない程度には優秀であると知らせつつ、閑職の席をせしめて、怠け者一族という評判をわざと作っていた。

 そして、代々の国王と代々のヤン家当主は、常に良好な関係を築いていた。言ってみれば一蓮托生の間柄なのだから、当然と言えば当然なのであるが。


 アグネスは、まず、ジュリオの婚約者となった時点で、平民でありながら、国王とその妃に直に拝謁する機会を与えられた。その為、短期間のうちに、所作から徹底した教育をジュリオから受けることとなり、それは、幼年学校の生徒として軍組織内での訓練にも耐えたアグネスをも、閉口させた。

 特に、淑女の礼というやつは、なぜにこんな馬鹿げた格好をさせるのか、理解が追い付かなかった。わざと不安定な立ち方をさせることに、悪意しか感じられなかったのである。

 が、それを完璧にしてみせなければ、ジュリオからの合格点は貰えず、となると、本を読む時間が削られるという、アグネスにとって一番つらい罰が与えられたので、従うよりほか仕方がなかった。

 

 王家・王族といったら、アグネスとて、幼年学校の生徒として公式行事である観閲式に列席した経験はあった。しかし、幼年学校の生徒など、その場に整列しているだけを求められる存在であり、会場に到着した際の礼砲の音や、軽い騒めきなどで、どうやら高貴な方々と同じ空気を吸っているらしいという感触を不確かな形で得たという経験があるのみだった。


 それなのに、いきなり、謁見であった。

 アグネスは、無茶だと、思ったものである。


 肝心の謁見は、あっけなく終了し、何だったのかよく分からなかった。というか、緊張しすぎて、記憶が少しばかり飛んでしまったのである。

 その後も、何かと上流階級の社交とかいう場に引っ張り出され、慣れない衣装と化粧と靴と言葉使いとで、アグネスはほとほと疲れたのだったが、ジュリオがその横に立っていてくれた間は、まだ、ましであった。

 ジュリオが公式に存在を消してからは、アグネスは未亡人として独りで立ちまわらねばならなかった。


 王家・王族は、真相、つまり、ジュリオが実は生きているということを知っていたわけであるが、お互いに沈黙を守り抜いていた。その上で、現国王夫妻は、娘アンバーを可愛がり、特別な配慮を公に示すことで、その安全を保障してはくれた。軍組織も、王国民全体が知っている現国王のお気に入りの少女には、むやみには介入できないのだ。


 アンバーは11歳になったが、学校には行っていない。同じ年齢の子どもに比較して、決して理解力が劣っているということはないが、それでも子どもである。実父が表向きは亡くなっているが、実は生存しているなどというややこしい秘密を守るには、致し方がなかった。ふとしたことで、アンバーの言葉から秘密が漏れてしまうようなことは避けねばならない。幸い、上流階級の子弟が公的な学校に通わず、それぞれの家風に則り、家庭教師から学ぶということは珍しくもなかったので、アンバーには、専属の家庭教師が付けられた。その内の1人は実父であるハウスキーパー殿で、さらには、ヤン家現当主スターリング=ヤンの妻リナーテ=ヤンも、特に礼儀作法と立ち居振る舞いに関して教鞭を取った。


 礼儀作法と立ち居振る舞いに関しては、母であるアグネスの方がより深刻に矯正を必要としたこともあり、リナーテは特に厳しい態度でアグネスに接した。それが、アグネスのためを思ってのことであることは、アグネス自身が一番理解していた。


 そう。表向きの言動や態度は、実は、あまり信用できるものではないのだ。特に、上流階級や、軍上層部といった魑魅魍魎の跋扈する場においては。


 今回、会議の場において、アグネスに嫌味を言ったその男は、かなり老獪な人物として軍組織の内部で知られていたが、理不尽な差別を行ったことはなかった。直接会ったことがなくとも、情報だけは掴むようにしていたアグネスは、「何か裏があるはず。」と考えていた。


 どう返すのが、正解か?

 アグネスは、少し戸惑った風をして、言葉を発した。

「閣下は、私に引退せよとおっしゃいますか?」


 すると、ジェラルドはアグネスを睨んで続けた。

「そうは、申しておらぬ。ただ、ヤン家からは離れた方が良い。と忠告させてもらっただけだ。未亡人殿は今回、御身に危険が及んだ原因が何にあると考えておられるのかな?」


 そういう事か。アグネスは納得した。軍組織の内部に、秘密を知る者がアグネスの他にいるということだ。そして、その者は、軍組織からヤン家の影響力を一掃したいのであろう。しかし、ヤン家から離れたところでアグネスは、消される。まったく損な役がまわってきたものだ。


「ご忠告痛み入ります。しかし閣下、私には娘がおります。そして娘はヤン家の庇護の下にいるのです。さらには、勿体ないことに、国王陛下より娘へ、宮殿内に部屋を賜る名誉を与えられております。私の身に危険が及ぶことがあったとして、娘との繋がりが断たれる方が私には堪えるのでございます。」

アグネスは、娘恋しさ、娘可愛さのためだけにヤン家に残っているのだ、ということを意図してみせた。


 実際は、アグネスに万が一のことがあった場合、ヤン家からアンバーは出ることになっている。そういう約束をしているのだ。もちろん、身の安全を確保することが第一条件ではあるのだが。そういった事情までは知られていないと踏んでいるので、上流階級の一員、さらには現国王にも近しい存在になってしまった娘と、平民に戻ったならば引き離されてしまう運命にある母、という側面を殊更強調して、同情を買う振りをした。


「それは、気の毒な事だな。」

大して興味無さそうにジェラルドが吐き捨てた。


 その後の会議は、再びの魔物出現に際し、軍組織としてどのように対応するか? という、先日から、ずっと似たり寄ったりの議題・内容で話し合いが持たれていたのに、まだ、ここに至っても、続けるのか、というものだった。


 アグネスは、CATだけではマンパワー的にまったく足りていないこと、不明確、不正確、不確定、とにかく先が読めないことが多すぎるので、過分な期待はしないで欲しいということを主張した。

 どうせ、誰も期待などはしていないのだが。

 しかし、アグネスに、責任は押し付けようとする出席者たちの意図が見え見えであった。


 こいつら、とことん、ふざけている。

 アグネスは心の中で悪態をついた。いっそのこと、ジェラルドの言に乗って、引退しますと言ってやれば良かったかもしれない、とまで考えた。


 ただ、そうした場合、人工生命体であるCATがどのように処されるのか? その点が危惧されるのだった。『情が移ってしまったりはしませんか?』そう問いただしてきたのは、カンダガワ博士だった。ただの人工物であるはずなのに。アグネスは、確かに、CATに対して変な感情を寄せてしまっている。

 苦笑するよりほか仕方なかった。

アグネス「今回のサブタイトル、“移動”は諦めたの?」

猫「頭の中で“移動”してるってことにして。」

ジュリオ「どんどん怪しくなってるな。」

猫「だから、サブタイトルとか苦手なんだよ。」

アグネス「でも、これ、ネタ作品なんでしょ? サブタイトルこそがネタなんだったら、そこ外せないんじゃない?」

猫「そうなんだよね。実は、なかなかサブタイトルが決まらず、時間がかかってるっていう……。」

ジュリオ「またかよ。いっつも登場人物の名前が決められなくて、記号で書いてるけど、今回はサブタイトルか。」

猫「軽く、変な情報流してない? 登場人物の名前は、最終的に無しにしても大丈夫なんだけど、今回のサブタイトルは無しにできないんだよね。」

アグネス・ジュリオ「「登場人物の名前も無しにしちゃ駄目だって!」」

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