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 妊娠が判明したのは、アグネスがジュリオと婚姻の手続きをして5か月余り経ったころだった。

 アグネスがヤン家の嫁として期待されていたことの1つは、ある意味で当然のことながら、男でも女でも健康な子供を産むことであった。それは、娘の誕生という形で果たされたのだった。

 アンバーは父親から琥珀色の瞳の色を、母親から艶やかな黒髪を譲り受けて生まれてきた。

 そして、アンバーが生まれたことにより、アグネスはジュリオに対する態度を変化させたのであった。


 具体的には、アンバーを手元に置いて育てる権利を主張したのである。

 上流階級にありがちなことであるが、ヤン家においても、生まれてきた子供は、母親から引き離されて育てられるのが常であった。しかし、アグネスはこれに反発した。

 ジュリオは、それまで本さえ与えておけば意のままになっていたアグネスの遅れてきた反抗期に戸惑った。ジュリオ自身、母親とは離れさせられて、育てられたので、何が不満なのか分からなかったのだ。遂には、ヤン家にアグネスの両親を呼び出し、アグネスの説得を試みようとしたが、それはアグネスの母親によってきっぱりと拒否された。アグネスの母親は、離婚も受け入れると言ったのだ。ただし、アンバーも置いていくつもりはない、とも。

 

 結局は、ジュリオが折れることになった。

 そして、アグネスとジュリオは、その時になってようやく本音で話し合いをしたのだった。

 アグネスは、それまで封印していた不平不満を全てぶちまけた。改めて、ジュリオに、自分と対等な立場に立つことを要求した。ジュリオは、秘密裏に進められていた計画を私事で遅らせるわけにいかなかったことと、アグネスを自立させる必要が出てきたことで、むしろ、これ幸いとばかりに、その要求を呑んだ。

 アグネスは軍組織の内部で1人で判断し、動かねばならなくなる。それは、当初よりジュリオが想定していたことではあった。

 

 ジュリオは消えた。

 いや、実際には、ラスティ=J=ターナーという名のハウスキーパーに変わったのだが、表立った行動はできなくなったのだ。


 その代わりに、アグネスはアンバーを育てながら、軍施設の資料庫へと通う毎日を過ごすこととなった。実質、何もしなくていい職で、そこでは、本を読んでさえいればよい。そういう話であった。

 実際、半年近く、アグネスは、本を読んで過ごした。

 テロ事件が起こってしまったことで、事情が変わってしまったことに関しては、仕方のないことと割り切った。そして、アグネスのあずかり知らぬところでテロ事件が終息を迎えた後は、CAT創設が決定されるまでの間、やっぱり、本を読んで過ごしてきたのだった。


 アグネスは、一旦は寿退職を果たした身であり、公的には未亡人扱いであったが、屋敷に戻ればハウスキーパーとして夫は存在していた。以前のような一方的な態度を改めたジュリオは、頼りになるパートナーとなったし、娘のアンバーは大病もせず、すくすくと育っていった。

 このまま、資料庫の番人として、適当な期間を本を読んで過ごし、その期間が終了したら、気楽な年金生活を楽しむつもりでいたのだった。

 が、その甘い計画は、CATの統括責任者へ就任することに決まったことで、瓦解した。

 そして裏で糸を引いていたのが、他ならぬジュリオであったと気が付いた時には、全てが固められていたのだった。


 アグネスは再びジュリオに抗議した。しかし、今度はアグネスの方が折れなければならなかった。

 ただ、アンバーのことだけは、アグネスも譲れなかった。

 よって、アグネスとジュリオはお互いに譲歩するところは譲歩したのだった。


 アグネスは、ジュリオのことを信用していたし、アンバーの父親として粗略に扱うつもりはなかった。一方で、ジュリオはいざとなれば、自分のことを躊躇なく切り捨てるだろうとも考えていた。彼は根っからの上流階級、遡れば王族に繋がる男なのだ。自分とは価値観が違う。そこは、覆しようのない事実であった。


「アンバーなら、すぐ横に座っていて、さっきから君の声を聴いているさ。」

ハウスキーパー殿は、アグネスに状況を伝えた。

「声を聴くかい?」


 まったくもって、抜け目のない男であった。アグネスの悪ぶった発言は、愛しの娘に全て筒抜けになっていたのだ。


「ママ、大丈夫? 私なら元気にやってるから心配しないで。それにしても、面白いお仕事をしてるのね。軍って、中でペットを飼うこともできるんだ。」

11歳のアンバーは無邪気にそう言った。アグネスは、自分の発言を思い返して冷や汗をかくことになった。


 カンダガワ博士とその部下が、CAT隊員7名を再び連れて、作戦ルームを訪れたのは3日後であった。


 それまでの間、アグネスは、軍施設内の自室で調べものをして過ごし、定時にはきっちり退出、屋敷へと帰る生活を送っていた。屋敷では、事情を全て知った者たちに囲まれ、ジュリオとアンバーと共に家族団欒というやつを楽しんだ。

 夜は、ジュリオと1つのベッドで寝た。ジュリオはあと1人か2人子供が欲しいと内心思っていたが、それは、現実には無理であることも承知していた。アグネスにしても、それは同じであった。よって、そこにあったのは、単なる快楽を得るための欲望でしかなかった。

 困ったことに、ジュリオは、アグネスのことをよく知っていた。本以外にも自らが「ご褒美」になることを最大限利用、証明してみせた。

 

 朝、アグネスは、だるい体を引きずるようにして、それでもヘリオトロープスコティッシュを引き連れて作戦ルームへ向かい、そこで報告を受けた。スーパークリーチャー7体に施された追加の教育プログラムが完了したということであった。


「「「「「「「おはようございます。」」」」」」」

CATの7人は声を揃えて挨拶をした。


「ご苦労様です。」

アグネスが返すと、6人は指示を出されなくても、それぞれの席へ座ったのだった。やっぱり、ヘリオトロープスコティッシュは、起立したままであったが。


「よくできました。」

まるで、お稽古事のようなやり取りではあるが、教育プログラムを施される前と後とでは、明らかな差があった。さらに特筆すべき差がもう1点あった。CATの7人は、アンバーの言葉を聞いた途端、笑顔を見せたのだ。


「どうでしょう? 無表情が気持ち悪いとのことでしたので、敢えて抜いておいたクリーチャー用の感情プログラムを追加したのです。」

カンダガワ博士が、感想を訊いてきた。


「感情プログラムというと、この子たち、喜怒哀楽が出せるようになったの?」

「いえ、喜のみです。クリーチャーは愛玩用として用いられるので、多少は、怒や哀や楽も示せた方がそれらしいのですが、軍用としては不要でしょう。閣下から命令を受けた時、その命令に従って成功を収めた時、閣下から褒められた時、スーパークリーチャーは喜びを得て、表情としても表出するようにプログラムしました。」

カンダガワ博士は、当然といった調子で続けた。


 アグネスは、その考え方自体が気持ち悪いと感じていたが、経験で、軍組織というものが、そういうものであることも知っていたので、それ以上の注文は付けなかった。


 それにしても、カンダガワ博士とその部下たちは、余計な仕事が増やされたというのに、喜色満面といった様子である。早々に、甘い甘い飴が、ジュリオを通じて開発部に大量投与されていたのは、明らかだった。

 怠け者ではあるが、仕事は早いのだ。さっさと済ませて、あとはサボる気であるのが明白ではあるのだが。


 アグネスは、7人をそれぞれどう扱うか、決めねばならなかった。

 対魔物戦闘のために、7人にはそれぞれ違う能力が与えられていた。それを考慮しつつ、最大限に利用するためには、どうしたらよいのか? これは、ジュリオからアグネスに与えられた最大級の課題であった。アグネスは、その掌の上で踊らされていることが分かっても、結局は、ジュリオの期待を裏切ることはできないと感じていた。

 奇妙な間柄ではあったが、アグネスは、ジュリオに身も心も捧げざるを得なかったのだ。

「私も、この子たちと一緒じゃない? 結局、ハウスキーパー殿の喜ぶ顔が見たいんだわ。いつの間にか、喜びしか感じないようにプログラムされてしまったのよ。」

アグネス「何、このサブタイトルは?」

猫「途中に、ちょっと……、な表現があるから。」

ジュリオ「それ、ひょっとして、サブタイトルのために入れたの?」

猫「うっ、この作品、サブタイトルに移動要素が入っていることが大事なんで。」

アグネス「つまり、サブタイトルのために、私は振り回されているということ?」

猫「そんな感じかも……。」

ジュリオ「かなりな話だよね。俺の逸話もかなり酷いし。」

猫「そうかな?」

アグネス「だいたい、“マダムヤン”って何?」

猫「昔ね、そういう名のラーメンがあったの。いつの間にか無くなっちゃったけど。」

アグネス「で、中華料理屋の娘?」

猫「うん。」

アグネス「アグネスっていう名前の由来は? って、聞かない方がいいような気がしてきた。」

猫「ひなげしの人。“チ”を抜いた。」

ジュリオ「ああ、やっぱり。で、俺の逸話が酷すぎる。はどういうこと?」

猫「やる気がないけど頭脳明晰で、でもどっか抜けてて、そのせいであっけなくお亡くなりになった……。」

アグネス・ジュリオ「「やめろ! それ以上書くな!」」

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