アグネス、現場に到着する
アグネスは、ハウスキーパー殿に連絡を取ることにした。緊急事態である。致し方ない。
「王城に残っている魔石は、それで賄える魔力は、どれくらいあるのかしら?」
繋がったと同時に電話口に質問を投げかける。
「おいおい、相手も確認せずに随分だな。」
ハウスキーパー殿は呆れたように返してきた。
「緊急事態なの。質問に答えて。」
「津波を止める気か?」
「ジェラルド閣下は、そのおつもりよ。私たち、閣下の指示でリコディマーレへ向かっているの。最重要任務を放棄させてまで、現地へ向かえとおっしゃったわ。ヴァンならなんとかできると判断されたのでしょう。ただ、魔力が無いと何にもできないわ。たとえあの子たちでもね。」
その時、再びアグネスの隣の“娘”が言葉を発した。
「カサブランカ。」
アグネスは、発せられた言葉には聞き覚えがあった。確か百合の花の一種だ。しかし、今、なぜ百合?
「あの森か?」
「そう。」
「分かった。現地に運ぶ。それでいいんだな?」
「お願い。時間が無い。」
アグネスを除け者にして、“アンバー=キース”とハウスキーパー殿との間には会話が成立したようだ。そして、電話は切られてしまった。
「ちょっ。」
「必要な物は届けられる。急ごう。」
“アンバー=キース”は、それだけ言うと、再び口をつぐんでしまった。
公用車が飛行場に到着すると、アグネスと“アンバー=キース”、スコティッシュを開発部のカンダガワ博士が待っていた。リコディマーレへ飛ぶ機体は既に準備されているという。
「連絡は来てますよ。カサブランカの魔石は回収されたそうです。全てリコディマーレへ運ぶと。」
カンダガワ博士の口から出た報告を聞き、アグネスは溜息しか出なかった。魔石を運んでくるのは、おそらくハウスキーパー殿本人なのだろう。アグネス抜きでも事態は動いている。しかし、今はそんなことに頭を悩ませている場合ではない。
3人を乗せた機体は、港湾都市リコディマーレへ向け緊急発進したのだった。
先に現地に到着したCATメンバーは、アビシニアンを除いて、海岸の一角で瓦礫の撤去に勤しんでいた。アグネスたちが乗った機体はVTOL機と呼ばれる、いわゆる「滑走路不要の機体」であったが、最低限のスペースは要るのだ。そして魔石を運んでくる機体用のスペースも、また、必要だった。
そして、早々に瓦礫を、周辺に押し退けギリギリのスペースを確保し終わると、アビシニアンの解析データを基に、それぞれ最も効率的に動けるとされた位置に立った。
アグネスたちを乗せた機体は、アビシニアンからのインカムもどきを通じての誘導で着陸態勢に、さらに、後方から、高速ヘリが海岸に急遽設けられたスペースを目指して飛行してきていた。
どうにか間に合いそうではあった。
「ヴァン。」
アグネスは、機体から降りると、アイスヒアシンスブルーの制服を探した。機体が着陸した場所は、どうにか地面が見えるように片付けられていたが、周囲は、どこもかしこも瓦礫で覆われている。片付けられた分、周囲には、かつては街の一部であった残骸がうずたかく積み上がっていた。
「ここです。」
ヴァンは、海が見渡せる場所に立っていた。
アグネスと“アンバー=キース”、そしてスコティッシュはヴァンの近くへ駆け寄った。ヴァンは、はるか向こうの海を見つめている。
着陸した高速ヘリから、ハウスキーパー殿も降りてきた。もはや、身を隠す意志も無いようだ。この後どうする気なのか? まぁ、この後があれば、の話ではあるが。
「あの森にあった魔石は全て搬入した。どうすればいい? 指示してくれ。」
ハウスキーパー殿にも、具体的にどう扱っていいのか分からないものらしい。
「ここに全部持ってきて。」
“アンバー=キース”はそう言うと、ヴァンの肩に左手を乗せた。
近くに持ってこられた魔石は、大小ばらばらな大きさであった。“アンバー=キース”はその1つ1つを右手で拾い上げてはしばらく握りしめ、そして地面に落とすを繰り返していた。その間、左手の方はずっとヴァンの肩に添えられていた。
アグネスには、その行動がなんなのか分からなかったが、ハウスキーパー殿は理解したようだった。
「ああやって魔力を受け渡すことができるのか。なるほどね。」
どうやら、魔石に封じられていた魔力をヴァンに受け渡しているらしいのだ。
「私には魔力を感じることも見ることもできないけれど、ひょっとして、あなたには魔力が分かるの?」
アグネスはハウスキーパー殿に訊ねた。
「ああ。扱うことはできないが、見えるんだ。」
そう、あっさりと肯定されたのだった。
「これからヴァンが何をしようとしているのかも、あなたには分かっているの?」
アグネスは再びハウスキーパー殿に訊ねた。しかし、今度は何も返ってはこなかった。知っているが答えるつもりはないのだろう。ここに至っても、肝心なことは知らされないのだ。
「あっ。」
その時、魔石の搬入のためについてきた者たちが声を発した。はるか沖の方に大きなうねりがこちらに向かって進んでくるのが見える。ついに来たのだ。と、同時に、空が暗くなりだした。つい先ほどまでは、あり得ないほどの晴天で、雲一つ無かったというのに、どこから湧いて出てきたのか空全体が暗い雲に覆いつくされようとしていた。
「やっぱり来たか。」
ハウスキーパー殿のつぶやきが聞こえた。どういうこと? アグネスが言葉を発する前に、スコティッシュが躍り出た。空中から何かがアグネスのすぐ横に放たれたのだ。
「説明は後だ。とにかく生き延びろ。」
ハウスキーパー殿は怒鳴り、空中に向かって銃のようなものを向けて撃った。
いや、説明不足すぎるでしょ。アグネスは、文句の一つも言いたかったが、次々と何かが飛んでくる。当たったらただでは済まなさそうなのは、本能で理解できた。スコティッシュが盾となってくれていて、どうにか防げているが、反撃できないのが悔しい。
視界の隅に入ってくる光景から、ミックス、ベンガル、ノルウェージャン、ラグドール、そしてアビシニアンまでも反撃をしているのが分かる。ハウスキーパー殿が持っているのと同じ武器を使っているようだ。「ひょっとして、私だけ渡されてないの?」アグネスは、呆れるよりほかなかった。
スコティッシュも、同型の武器でもって反撃を開始し始める。やはり、アグネスだけが除け者だったようである。
空中からは次々と何かが落ちて、しかし海面に達するより前に消滅しているようだった。
「何なのよ!」
アグネスは思わず叫び声を上げていた。すると、ちょっとした隙を見て、すぐ横にハウスキーパー殿が体を寄せてきていた。
「済まない。時間が無かった。扱い方は分かるな。軍組織からの支給品と同じさ。反動はほとんど無いからむしろ使い勝手はいいはずだ。」
ハウスキーパー殿は正面を向いたまま、片手でアグネスに武器を手渡してきた。それを受け取り、アグネスも遅ればせながら反撃に加わることができたのであった。
沖から向かってきていた大きなうねりは、もうすぐそこまで迫ってきていた。
「何なのあれ?」
「別世界からのお客様さ。」
「呼んでないわよ。」
「確かにな。さっさとお帰り願おう。」
「あと、これ、どう考えても、私にとっては、業務外の仕事だと思うのですけど。」
「いやいや、空中にいるやつ、あれ魔物だよ。まさしく君の業務だね。むしろ俺にとって、業務外の仕事だよ。」
何かが飛んでくる方向に向けて、反撃しながら、アグネスは、出張手当と残業手当はきっちり支払ってもらわなきゃと考えていた。
アグネス「やっぱり、私の扱いが酷すぎる!」
猫「ごめん。」
ジュリオ「いや、俺だって、完全に業務外なんだけど。それにしても、ヘリなんて久しぶりに乗った。」
アグネス「あれ? 誰が操縦していたの?」
猫「搬入のお手伝いをした人。名無しさんで~す。」
ジュリオ「ラスティは免許持ってないからね。あとジュリオの免許の方は10年間のうちに失効。」
アグネス「名無しさんて便利ね。」
猫「うん。」