アグネス、軍組織内の自室から飛行場へ向かう
アグネスは振り返って固まったままになっている捜査員たちを見た。
彼らは、あまりにも普通に道を譲って、平然としていたのである。
つまり、これが“アンバー=キース”の能力なのだ。
捜査員たちは、自分たちの意志に反して“アンバー=キース”を逃がしているのにもかかわらず、全く意に介していないようだった。
これは、相当に厄介なことになった。アグネスは、自分が、この“娘”に操られることになるかもしれないと、わずかながらも恐怖を感じていた。
「アビシニアン、状況の確認をお願い。それと、ヴァン、急ぎ出動の準備を。開発部にも協力を仰いで!」
アグネスは、歩きながら指示を出していった。
「準備ができ次第、出てもらいます。ミックス、ベンガル、ノルウェージャン、ラグドール、勝手の違う任務になるけど、よろしくね。」
「「「「「「了解!」」」」」」
さて、この“娘”には、どうしてもらう? とりあえず、そばにいてもらうことだけは決定事項だが。そもそもCAT創設の「真の目的」は、“アンバー=キース”確保なのだ。アグネスは考えを巡らせた。
「“アンバー=キース”、あなたにも同行してもらうことになるけど、こちらの指示には、私の言うことには、従ってもらいます。いいですね。」
まず、宣言だけは、しておいた。先手を打っておくことは大事なはずである。しかし、その後のことがまるで浮かんでこない。緊急事態だというのに、こんなことで大丈夫なのだろうか?
「いいよ。」
短く“アンバー=キース”は答えた。表情が読めない。アグネスは思った。「私には、この“娘”が分からない。何を考えているのだろうか? いや、スーパークリーチャーとは、また別ものかもしれないけれど、こっちの“アンバー=キース”も人工生命体なのよね。見せかけの感情すら無いとしたら、考えるということ自体がないのかも。でも、確かに捜査員を操っていた。とすると……。」堂々巡りなのであった。
幸い、あちこちに物が散乱してはいたが、CAT隊員移動用の空中バイク様マシンにも、アグネスに支給されている公用車にも、被害は無かった。開発部の方からはマシン開発の中心になったという人物を含めて5人手伝いが寄越されていた。
「CATは全員現場に向かいます。ジェラルド閣下は、我々の専門が何であるか、よく分かっておられないようなので、たぶん雑用係として期待されているのでしょう。とすれば数が多い方が良さそうです。開発部からお手伝いに来てくださった皆さんには、申し訳ないのだけれど、必要物資等、現場に行ってから得た情報を送るので、後方支援をお願いしますね。あ、ちゃんとカンダガワ博士からは了解貰いますから。」
ジェラルド=キムは、今、アグネスとCATのすぐ近くに、“アンバー=キース”がいることは承知しているはず。その上で、“アンバー=キース”確保という本来の目的の完遂を前に、全く別の任務に向かわせるというのは、どういうことなのだろう? 緊急事態であろうことは理解できるが、本気で雑用係と認識されているのだろうか? 頭が痛くなりそうだった。あの男も、ハウスキーパー殿並みに食えない人間なのである。
CATの隊員は、スコティッシュを除いて全員が例の空中バイク様のマシンで現地、港湾都市リコディマーレへ向かった。アグネスと“アンバー=キース”は公用車の後部座席に乗り込み、スコティッシュの運転で軍組織の専用の飛行場へと向かった。その間の連絡は、インカムもどきを通じてなされていた。
アビシニアンから随時、状況を知らせる報告が入ってくる。
かなりの揺れを感じたが、地震の震源地はアグネスたちがいた軍組織の施設からは遥かに離れた場所であった。情報が示していたのは、ジェラルドから向かうように指示があった港湾都市リコディマーレ沖の海底が震源地であるという結論であったのだ。
「まずいわね。これ、津波が来るわ。」
ここに至ってアグネスは、ジェラルドがなぜ、CATに現地に向かうよう命じたのか理解した。ヒアシンスブルーヴァンを使えということなのだ。
ヴァンは水中活動のスペシャリストであり、アンバー=ヤンの血から生み出された魔力使いである。もちろん魔力が無ければ、使いようもないのであるが、今、ここには……。
「“アンバー=キース”、あなた、魔石はどうしたの? あれはどこにあるの?」
アグネスは、すぐ隣に座る“娘”に訊ねた。
「ここにある。」
“アンバー=キース”は自身の胸を指差して答えた。そして、アグネスの反応を見て、アグネスが理解できなかったと判断した彼女は、衣服のボタンを外してみせた。彼女の胸の中央の肌には、鈍く光る石が嵌り込んでいた。
人工生命体スーパークリーチャーのエネルギーのしくみは、ハイブリッドシステムのようなものだと聞いている。太陽光や水素エネルギーをなど複数のエネルギーを利用できるらしく、その時その時で最も効率が良いものが選択され、自動的に切り替えしているらしい。しかし、“アンバー=キース”に対抗することを目的として創り出された彼らは、アグネスの娘アンバー=ヤンの血液を使って生み出された。魔力もエネルギー源の1つとなり得るのだ。が、この世界には、魔力はわずかしか存在しない。なので、通常は利用していない。
アンバー=ヤンだって、魔力を扱う能力を持っているとジュリオは言うが、使ったところをアグネスは見たことがない。普段は使うことができないのだろう。それだけ、この世界には魔力が少ないのだ。
魔石をその体に埋め込まれた“アンバー=キース”は? 少なくとも、あの人を操る能力は、それと密接に関係していると思われる。あんなこと、それこそ魔法でも使わねば、できぬことだ。
この魔力を扱う、魔力を操る能力というのが、かなり曲者なのである。実際に魔力を感じることのできないアグネスには、あるいは、ひょっとしたら、ジェラルドにも分かっていないのかもしれないが、まだ何か重大な情報が伏せられているような気がしてならないのだ。
少なくとも、これまでの経緯に矛盾点があることは、アグネスにも分かっていた。
ジュリオは、スライムとオークは、こちらの世界で創り出されたと言っていた。これが変なのである。ゲラム=キースは、あの魔物をどうやって創り出したというのだろう? 魔力も使われていなかったと言っていたが、何をもってそういう結論になったのだろうか?
そして、あの時、インディゴオリエンタルラグドールは言ったのだ。「来ます。」と。
ラグドールは何を察知したというのだろうか? 突然の変化を、そういう表現にしたとして、これは、やはり変ではなかろうか? あの時、別世界からこちらの世界に、何かが「来た」のではないのだろうか?
キーパーソンであるはずのゲラム=キースは精神に変調をきたしてしまっており、答えてはくれないだろう。何かを知っていたはずの、バーナム=サンとその妻エラルダ=サンは、もうこの世にいない。
アグネスは、何か透明な薄い膜のようなもので覆われていて、いまだ直接、真実には手が触れられていないような気が、ずっとしているのだった。
「それは、あとどれくらい使えるの?」
アグネスは、魔石を指差し“アンバー=キース”に訊ねた。魔石に魔力を封じることができるらしいのは、ジュリオの発言から分かっていた。
「少し。もうほとんど無い。」
“アンバー=キース”の言葉は、ある意味で衝撃であった。手詰まりということなのではないか? アグネスは、魔力をどこかから供給する必要性に迫られた。
アグネス「そういえば、これ、ジャンルは“パニック”にしてあるのね。」
猫「いっそ“へんてこ”とか“へなちょこ”とかのジャンルがあったら、そっちにしたんだけど。」
ジュリオ「ちなみに、パニックは『天災・汚染・大事故・侵略などの危機的状況下を舞台とした小説。』と、なってるぞ。まあ“侵略”の要素がないではないか。あと“天災”ね。」
猫「今まで書いたことがないジャンルだし、もう今後こういうのは書かないと思うから、とりあえずジャンル埋めておこうかと。」
アグネス「ずっと資料室でのんびり~、な作品なら大歓迎!」
ジュリオ「それ、読んで面白いか?」
アグネス「そうだ。“魔石”って、封じ込められた魔力の残りがどれくらいか、分かりにくい設定になってるけど……。」
猫「色を変えるとか、点滅させるとかも、一応は考えた。」
ジュリオ「点滅はまずいだろ。“アンバー=キース”の胸元に嵌め込まれてるやつがあるから……。」
猫「そう。3分くらいで、点滅しだすのと被りそうだからね。」