アグネス、逃走者についての情報を聞く
「ゲラムがアンバーの血液を使って、クリーチャーの応用により人工生命体を誕生させたということまでは、判明していたんだ。ただ、ゲラムも“アンバー=キース”も足取りは掴めなかった。」
一方、王家・王族の秘密と深く関わっていた真相を王国民に知らせるわけにもいかず、バーナム=サンとその妻エラルダは、放置された。利用されただけの某宗教団体は、事情も分からず解体され、その幹部たちは収監されている。在家信者は残されたようだが、本来、特別な能力も無い集団だったので、やっぱり放置された。
王家とヤン家は、結局、またもアンバーの血液に手を出し、カンダガワ博士にスーパークリーチャーを開発させた。それがCATなのだ。開発部で、真相を知る者はカンダガワ博士のみだという。
CAT創設の真の目的は、対魔物戦闘でもなく、再びゲートを開き別世界との繋がりを持つためでもなく、行方不明になっていた“アンバー=キース”という脅威への対抗のためだったのだ。だから、たった7体だったのだ。
「じゃあ、再び魔物が出現するとは、誰も思っていなかったというわけなの? 軍組織も、王家の方でも。」
「そうだ。ただ、消えたゲラムと“アンバー=キース”が何をしでかすか、分からなかった。バーナム=サンとエラルダには、もはや、別世界と繋がることができる能力も魔力もない。王城の魔石はより厳重に管理されることとなったからな。ゲラムは魔力を扱うことができ、そして魔石を持ったまま逃亡している。“アンバー=キース”についてはその能力を含めてほとんど情報が無かった。」
「でも、出現したわね。スライムとオークだけだったけど。」
「あれは、別世界から来たんじゃない。スライムとオークは、こちらの世界で創り出されたんだ。」
「こちらの世界では魔物は生き延びられない、子孫も残せない、じゃなかったの?」
「だから、創り出されたと言ったろう。あれを創り出したのは、ゲラムなんだ。」
その材料となったのは? まさか……。アグネスは真っ青になった。
「心配しなくていい。あれの、スライムとオークの材料には、アンバーの血液は含まれていない。それは調べさせた。あれらは、こちらの世界にもともと存在していた材料で創られたことが分かっている。魔力は使ったようだがな。ただ、ゲラムがマッドサイエンティストと化してしまったのは確かなようだ。」
ジュリオは溜息をついた。しかし、アグネスに伝えるべき内容は、まだあった。
「今日、君が襲われたのは、CATが君にしか従わないということがゲラムに知られたからだろう。」
そもそもCATには、不明な点が多い。軍組織上層部にも、あれが人工生命体だと知らない者もいるくらいだ。CATの本当の存在理由を知っている者は、もっとずっと少ない。何せ、ついさっきまで、統括責任者であるアグネス自身が知らされていなかったのだ。
「ゲラムは、CATが“アンバー=キース”に対抗するために生み出されたと気が付いていたはずだ。そして統括責任者であるアグネス=ヤンが、他ならぬCATと“アンバー=キース”、両者の“母親”だということを知ったんだと思う。」
ジュリオは悔しそうな表情を見せた。「こんなふうに感情を表に出す人だったっけ?」、アグネスは、何か不思議な感覚を覚えていた。
「もう、どうすることもできないだろうと高をくくっていた。元凶だったのに。エラルダが、君とアンバーの情報をゲラムに伝えた。エラルダは、まだ、別世界を諦めていなかったんだ。」
今夜、バーナム=サンとその妻エラルダ=サンは反逆罪に問われ、処分されたという。
「処分って……。」
アグネスは、自分の口から出てきた言葉が掠れているのに気が付いた。
「処分は処分だ。彼らはもう、この世に存在しない。」
アグネスは、ジュリオの目があまりにも冷たいことに愕然とした。相手は従姉なのに。
「軍組織のトップには、ジェラルド=キムが就く。これは決定事項だ。」
ジェラルドは、アグネスに警告を発してきた人物である。
「彼は、……ジェラルド=キムは信用できると考えているの?」
「彼はこちら側の人間だ。最初からね。君をCATの統括責任者に決めたのも、君のやりたい放題を見逃していたのも、さらには、予算の都合をつけさせたのも、みんなあの男がやったことだ。」
やりたい放題は余計だと思ったが、考えてみれば、10年間も資料庫に閉じこもっていられたのは、さすがに誰かの影響があったためであろうことは、容易に思い浮かんだ。
「ジェラルド=キムは、幼年学校の生徒課に関わっていたことがあってね、君が初等学校を卒業した当日にそのまま幼年学校の宿舎へと放り込まれることになったのも、俺が君の補佐に付けられたのも、みんな、あの男の差し金だったのさ。君は最初っから、俺の結婚相手候補だった。俺も後から知ったけどね。15歳の誕生日まで、待つとは思わなかったと言われた日には、さすがに頭に血が上ったよ。」
呆れた話である。つまり、周りの教師たちは、アグネスがジュリオの毒牙にかかるのは時間の問題と見ていた、見ていて知らぬふりをしていた、ということなのだ。
「ジェラルド=キムがヤン家の味方であることは理解したわ。決して私、アグネス=ヤンの味方ではない、ということもね。」
「ジェラルド閣下は、アグネスを高く評価していたけどね。冷静で公平な思考をし、忍耐力もあって、度胸もある。俺の相手をしても問題がない体力もある。5人は産めるだろう……。いや、これは聞かなかったことにしてくれ。」
いったい、何が評価されていたのか? アグネスは、軍組織に対する信用というか信頼というものが、自分の中で崩れていくのを感じていた。
「君を襲ったのは、“アンバー=キース”であることは間違いない。そして、そのバックにいるのはゲラム=キースだ。運転手役と狙撃役の男女は、“アンバー=キース”に操られていたと考えている。つまり、そういう能力を持っているんだ。」
「さっき、“アンバー=キース”の情報はほとんど無いと言わなかった?」
「反逆罪が絡んでいるからな。キース家にも捜査の手が入った。ずっと匿われていたのさ。だが、もう逃げ場は無くなった。キース家は、ゲラムと“アンバー=キース”を切り捨てた。切り捨てさせた、が正しいのだが……。」
「“アンバー=キース”は、生きているのね? 遺体は別人のものだったということね?」
「その通りだ。ゲラム=キースと“アンバー=キース”は、きっと再び君の前に現れるだろう。」
この男にとって、この男が属する上流社会、王家・王族の世界にとっては、当然のことなのだろう。アグネスは、自分にそれが理解できるとは思わない。しかし、娘アンバーは、間違いなくそちら側に属しているのだ。間違えてはいけない。全てに優先するのは、娘アンバーのこと。アグネスも、そう割り切って、覚悟を決める必要があった。
アグネスに万が一のことがあった場合……。
約束は果たされないだろう。
アンバー=ヤンは、ヤン家から、王家に血を捧げる者としての運命から、逃れることはできないのだろう。
そして、もう1人のアンバー、“アンバー=キース”。亡くなった娘の身代わりに、ゲラム=キースが生み出した少女も、逃れられぬ運命に翻弄されている。人を操る能力を持っているという、もう1人の“娘”。アグネスは、その“娘”と相対することになる。
ジュリオが今夜、アグネスに真相を伝えたのは、アグネスに決断を迫るためだ。
もう、迷っていられる時間は残されていなかった。
アグネス「今回のサブタイトルは……。ま、いっか。」
猫「途中で変な沈黙が入ったみたいだけれど。」
アグネス「もう、これ以上、どうにかなる感じがしなかっただけだから。」
猫「うん。センスって大事だよね。猫には全く無いけど。」
アグネス「それより、どんどん私の扱いが悪化している件。について小一時間ほど話がしたいんだけど。」
ジュリオ「そんなに変わってないと思うけど。俺なんか、最初っから死んだことにされてるんだぜ。」
アグネス「あなたのは自業自得でしょ。賭け事だったんですってね。しかも何、肉球の色って?」
ジュリオ「おい! ばらしたのか?」
猫「本文読めば、分かっちゃうと思う。」
アグネス「あなたにも言いたいことがたくさんあります! 小一時間では済みませんから!」
ジュリオ「え、おい、ちょっと待ってくれ。」
猫「こそっ……。」