アグネス、王家の先祖が別世界から現れた、という話を聞く
「王国の創世神話に、“始まりの王”というのがあっただろう。アグネスも知っていると思うが。あれは初等学校で覚えさせられるから。」
ジュリオは、王家とヤン家の関係どころか、いきなり神話の話まで遡ってしまった。
「『始まりの王は、空より出でて……』ってやつでしょ。」
「そうだ。王国の初代の王は、空、つまり別世界からこの世界の空に現れたんだ。」
王が別世界から現れた?
アグネスは、先のテロ事件に関して、その別世界から魔物が侵入してきた、と説明されている事に考えが及んだ。「別世界ってそもそも何? 王家の先祖と魔物は同じ世界にいたってこと? だいたい、別世界って説明は誰が言い出したんだっけ?」
「別世界から現れた時、始まりの王はワイバーンに跨り、配下の者と多くの魔物を引き連れて、こちらの世界の地上に降りた。そして、この世界を掌握、支配し、王国の基礎を築いた。ワイバーンは、こちらの世界では子を成すことができなかった。それは、こちらの世界には必要な魔力がほとんど存在していなかったからだ。ワイバーンだけではなく、別世界からこちらの世界に連れられてやってきた魔物は、魔力が尽きてしまえば消滅するしかない。魔力はある程度、魔物の体に蓄えられていたから、しばらくは暴れられるけど、こちらの世界では供給されることがないから減る一方だ。そして子も成すことができないので、時が経てばいなくなる。そして、人族である王とその配下の者だけが残った。人族はなぜか、他の魔物と違って、こちらの世界でも子を成すことができた。こちらの世界にもとからいる人間とも交わることができたのだ。そして魔力が尽きても、消滅することもなかった。こちらの世界の人間と同じものを食べることで、栄養を供給することが可能だったからだ。」
「待って。ということは、王家や王族、遡ったら王家に繋がるヤン家の人たちって……。」
「そうさ。純血の者はもうとっくにいなくなっているが、別世界から現れた、魔力を操る能力を持った別世界の人族の血を引いているんだ。時に先祖返りのようなことも起きて、その血が伝える能力を強く示す者が生まれることすらある。それがアンバーだった。」
ジュリオを、どこか遠いところを見つめていた。
「アンバーが、特殊であることは、生まれた時点で分かっていた。臍帯血とアンバーの血液の一部は、ずっと王城の医務室で保存されていて、さらにそれは人工的に増やされ、研究に使われていたんだ。」
アグネスの知らないところで、とんでもないことが行われていたのだ。
「この世界には魔力はほとんど存在していない。ただし、皆無でもないんだ。それらは、見つかり次第特殊な石に封じ込められ、これまた王城の秘密の場所に保管されている。別世界からこちらにやってきた王家と配下の者たちの先祖は、別世界には帰らなかったのだが、それは帰れなかったからなんだ。」
ジュリオの説明によれば、別世界とこちらの世界を繋ぐゲートと言えるものは、それを作るのにも維持するのにも魔力が必要だった。こちらの世界に来る際は、当然、魔力の溢れる世界・別世界の魔力が使われた。しかし、こちらの世界にはほとんど魔力が存在していなかった。別世界から持ち込んだ魔力も消費され枯渇し、結果、ゲートは維持しきれず消滅してしまったという。
「こちらの世界を支配しつつ、帰る方法をずっと探っていたのさ。わずかばかりの魔力を見つけては特殊な石、魔石に封じ込め、来たる日のための準備を続けていた。だが、途方もなく長くかかったその間、こちらの世界の人間と交わっていくうちに、魔力を扱えない者ばかりになっていったんだ。時に先祖返りの兆候を示す者が誕生することもあって、その者は、その血を王家に捧げることが決まっていた。それがヤン家創設の秘密さ。ヤン家の初代は、先祖返りを示し、魔力を扱える能力を持っていたんだ。」
単なる王家の盾、守り刀以上の意味がヤン家にはあった。魔力を扱うことができたヤン家初代は、より多くの子を成すことが求められた。特例として、3人の妻を持つことが赦されたという。そして、幼くして亡くなった者も含めて20名以上の子が生まれたという。
「だが、魔力を扱うことのできる子は1人も生まれなかったんだ。ただ、初代の血液を利用して別の手段を使って魔力を扱うことのできる者を増やせないか? そういう考えを持ったやつがいた。その為、ヤン家に繋がる者は、魔力が扱えなくても、代々、皆、文字通りその血を王家に捧げてきた。」
アグネスは吐き気を催しそうになるのをじっと堪えた。
「人工生命体クリーチャーの発明の知らせは転機になったのさ。あれに、哺乳動物の血液が材料として使われていると知った人物が、ヤン家の者の血液を使って魔力を扱える人工生命体を作り出そうとしたんだ。スーパークリーチャーはクリーチャーの上位種だということになっているが、その能力はまったく違う。あれは、アンバーの、魔力を扱える者の血液を使って生み出された魔物なんだ。」
気が付いた時には、アグネスはジュリオの頬を打っていた。魔物ですって? 許せない気持ちで一杯になっていた。
「ふざけないで。アンバーは、そしてCATの子たちは、魔物なんかじゃないわ。あの子たちは、全員、私の子よ!」
アグネスは叫び、寝室から出ていこうとした。しかし、それは叶わなかった。ジュリオが、アグネスの体を包んで離さなかった。
「君はそういうふうに考えるんだね。あくまでも人工生命体で、彼らには真の感情は無いと言ったくせに。」
ジュリオは、そう呟いた。それは、確かにかつて、アグネスがジュリオに言った言葉であった。しかし、今、同じことを言うことはアグネスにはできなかった。
「悪いが全部聞いてもらうよ。君がアンバーを守りたかったなら、全てを知っておく必要がある。」
ジュリオの言葉は氷水のように冷たく響いた。
アグネスは、諦めて再びベッドの端に腰かけた。ジュリオの方を見る気にはまったくなれなかったが、繋がれた手を振りほどくこともしなかった。
「まず、テロ事件についてだ。あれを引き起こしたのは、軍組織トップであるバーナム=サンだ。バーナムの妻、エラルダ=サンは俺の従姉なんだ。つまり、エラルダがすべての元凶さ。エラルダ自身はやはり魔力を扱うことができないが、子供のころから、別世界に異様にこだわっていてね。バーナムをそそのかして、さらには某宗教団体を利用して事件を起こした。魔物をこちらの世界へ引き入れるために再びゲートを開いた。王城に隠されていた魔石の魔力を使ってね。実際にゲートを開いたのはゲラム=キースという男だ。」
「キースって。」
「そう、アンバー=キースの戸籍上の父親だ。そしてやつは、クリーチャーの開発に携わっていた。さらに、魔力を扱うことのできる能力を持って生まれた男だった。ゲラムの祖先は、“始まりの王”の配下だったんだ。」
エラルダは、もとはヤン家の一員であり、その秘密を知っていた。さらにヤン家の一員であったが故に王城や宮殿内へ出入りが可能で、魔石をこっそり持ち出すことも可能だったという。
「ゲラムには娘がいたんだ。本物のアンバー=キース。血液の病気を発症し幼くして亡くなってしまったのだけどね。」
エラルダは、ゲラムに娘の病気を治す方法があると嘘をついて協力させた。しかし結局、娘の病気は治らなかった。怒ったゲラムはゲートを破壊した。それが、魔物が次々と姿を消していった真相なのだという。ゲートが破壊された直後は、その体内に魔力を残していた魔物が暴れていたが、魔力が尽きて消滅したらしい。
話はそれで終わらなかった。ゲラムは、エラルダから渡されていたアンバーの血液に手を出してしまっていたのだった。
アグネス「なんか酷い話になってきたわね。」
猫「ごめん。ネタ作品なのに。」
ジュリオ「肝心のネタがしょぼいからな。サブタイトルこそがネタって。」
猫「時間だけはかかってるんだけど。」
アグネス「でも、今回のサブタイトルは、これまでで一番まともじゃない?」
猫「そう思う?」
アグネス「なんだかサブタイトルらしいサブタイトルだと思うわ。」
ジュリオ「その分、広げちゃった風呂敷をどう畳むかが問題だよな。」
猫「なんで風呂敷なんて知ってるの?」
ジュリオ「そ、それは、『なろう』におけるご都合主義展開は発動しているからさ!」
猫「そっか。だったら畳むのも『なろう』におけるご都合主義的展開でなんとかなるよね?」
アグネス・ジュリオ「「どうだろう?」」