望みの叶う部屋
過ぎた欲は身を亡ぼす
目が覚めると、見覚えのない場所にいた。
足元は白、天上も白、辺りを見渡しても真っ白。どこまでもただただ白い空間が広がっている。物音ひとつ聞こえてきやしない。目も耳もおかしくなりそうだ。
「くそっ、何なんだ」
悪態をつきながら立ち上がる。特に体に異常はない。強いて言うなら固い場所で寝ていたためか、体の節々が痛むことだろう。この程度痛みなら長時間の仕事の後にもよくあるので、我慢できるのがせめてもの救いだ。
とはいえ不快であることに変わりはない。立ち上がって一度伸びをした後、こんなふざけたことをした犯人を捜すべく、歩き始めることにした。
しかし歩けど歩けど人一人いないどころか、景色が一切変わらない。途中から目的が変わり、ただひたすらに出口を探して歩くようになった。
どれくらいの時間歩いただろうか。
景色が一切変わらない。
この空間に果てはないのか?
俺が出す以外の音が何一つ聞こえてこない。
歩いても、何も変わらない、ただ白い空間だけが広がっている。
カツン、カツンという俺の足音だけが辺りに響き渡る。
「くっそ、出口すらないのかよ」
歩くことに疲れた俺はその場に寝転がりながら文句を垂れる。
固い。当然ながら地面に体に優しいものなどは何もない。こんなところで寝ていたらまた体がいたくなってしまう。いくら疲れたとはいえ、こんなに何もない場所で寝てられるか。せめて枕くらいは欲しい。それくらいは用意しておけ。
と、いるかもわからない犯人へ向けて思う。そもそもそんな気遣いができる人間だったのならば、俺はこんな何もない空間に一人放りだされることはなかったのだろうが。
しかし次の瞬間、俺の頭の上の方から、ポスンと何やら軽いものが落ちてくる音がする。急に俺の知らないところから音が聞こえた俺は、慌てて顔を音源の方へ向ける。
するとそこには枕のような物が落ちている。
「枕……?」
俺は起き上がって、恐る恐る枕のような物体に触れる。触ると中身がザラッと音を立てる。それは硬めのビーズ枕だった。
「……枕だな」
枕だ。紛うことなき枕である。
枕を手に入れた俺は嬉々として枕を頭の下に入れて寝る。……枕だけあってもしょうがない。枕が手に入るのであれば布団も欲しいところだ。
手に入らないと思っていた枕が手に入った俺は、さっきよりも贅沢なことを考える。
すると次の瞬間、再び俺の頭の上の方でドサッと何かが落ちてくる音がする。二度目のことだったので慌てることなく、ゆっくり顔を動かしてそちらを向く。そこには布団がある。立ち上がって確認しに行くと、敷布団と掛布団のセットだった。
頭が混乱してきた。なぜ枕と布団が? どこから出てきた? 落ちてきたということは上にあったのか? でも寝転んで上を見ていたが何も見えなかった。
「……もしかして欲しいものが手に入るのか?」
バカバカしいと思いつつも、わずかな期待を込めながら、今度はコーヒーが欲しいと考える。すると今度は俺の背後に、カツンッと何かが落ちてくる音がする。振り返るとそこには缶コーヒーが転がっている。
「まじかよ……」
この空間ならなんでも手に入る。そのことに気が付いた俺の心臓は高鳴ってきた。
「ここに居れば何でもできるのか……?」
バカバカしいと思いながらも、俺は次々と欲しいものを思い浮かべる。
酒、金、タバコなどの手ごろなものから、だんだんとエスカレートしていき、最終的には俺の目の前には一戸建ての住宅まで。
最初この空間に放り出された時はどうしたものかと思ったが、慣れてしまえば何一つ不自由のない素晴らしい空間だった。
始めこそ出口を探して彷徨っていたが、今となっては何故そんなバカバカしいことをしようとしていたのかと思うほどだ。
俺はしばらくの間素晴らしい自由を謳歌した。しかし一人ではどうしても限界が来てしまうものだ。
「……女が欲しい」
俺はふとそんなことを考える。いくら望んだモノが手に入るとは言え流石に人は厳しいよな、と諦め半分で願った次の瞬間、家の外で「キャッ」という甲高い声が聞こえてくる。
窓から外の様子を確認すると、そこには急にこんな空間に呼び出されて困惑しているのだろう、辺りをキョロキョロと見回している。容姿を良く見るとまさしく俺好みの女と言ったところだ。
女もこちらに気が付いたらしく、俺と目があった。俺が手招きをすると、少し迷ってから、玄関に向かって歩き始めた。
そうか、人間も大丈夫なのか。そして真っ直ぐこっちに来てくれると。俺は改めてここの素晴らしさを実感する。
俺は女を玄関から迎え入れる。
「ここは……?」
女は家に入ってくると同時に聞いてきた。この空間へのの疑問を持っているようだが、俺には関係ない。適当にはぐらかしつつ、奥の部屋へ案内する。どうせコレは俺の女だ。ここへの理解があろうがなかろうがどうでもいい。
扉を開けると広がっているのは質素な空間だ。部屋の真ん中に一つだけ用意されているベッド。
「一体何を……?」
状況を飲み込めていない様子で俺について来た女をベッドに押し倒す。
「お前は俺のもんだ」
「やめてっ」
急なことに反応できなかった女はそう言いながら俺の手を振りほどこうとする。
非力ながらも暴れられると少しめんどくさい。
くそっ、なんでだよ。すべてが俺のモノなんじゃないのかよ。
もっとスムーズに事が進むとばかり思っていた俺は少し落胆しながらも、まぁ最悪力で言うことを聞かせればいい、という発想に落ち着く。
それから俺はさっきよりもどこか少し落ち着いた心持ちになった。が、次の瞬間俺の背中に何かがぶつかる。
いや違う、ぶつかったのではない。突き刺さる。
俺は背中に急に感じた痛みに飛び上がる。慌てて背中をさすると何やら温かい液体が手にまとわりついてくる。そして俺は指にも鋭い痛みを感じる。
「血が……」
刃物だ。俺の背中には刃物が突き刺さっている。
俺が呆然としていると、部屋の隅に駆けて息を荒くした女がこちらを向きながら短く言い放つ。
「来ないで」
その手の中にはどこから用意したのか、ナイフが握られている。
とは言え相手は所詮女。俺が本気になれば……。
そう考えながら女の方へ歩みを進める。
「来ないでって言ったでしょっ」
慢心のあった俺の反応より早く、女は俺の腹にナイフを突き立てる。
まさかいきなり刺してくると思わなかった俺は腹に刺さっていくナイフを見届けることしかできなかった。
痛い痛い。俺のわき腹に突き立てられたナイフは、何度も何度も回される。臓器をかき回される感覚が気持ち悪い。傷口から血があふれ出ている。燃えるような痛みが体中を駆け巡る。
女がブツブツ言いながら、俺にナイフを突き立て続ける。
このアマ、ふざけんなッ。俺は立ち上がって殴ろうとしたが、痛みで動きが鈍っていた俺の動きよりも早く、女のナイフが腕に突き刺さる。
ナイフの切れ味は凄まじく、気が付いた時には俺の手は地面に落ちていた。
「があぁぁ」
突然増えたいたみに耐えかねて、俺は地面をのたうちまわる。わき腹の痛みも相まって意識が朦朧としてくる。
いやだ、死にたくない。
永遠の命が欲しいッ。
薄れゆく意識でそう考えた俺は、だんだん意識がはっきりしてきた。痛みはまだあるが、頑張れば耐えられないことはない。何とか反抗の意思を込めて女の方を睨み付ける。
「なんで死なないのよ!?」
俺の目を見た女はそんなことを口走りながら、俺の体に次々ナイフを突き立てる。
体中を痛みが駆け巡る。頭がおかしくなりそうだ。けれども俺の意識が無くなることはなかった。
口が割かれる。
痛い。
目がえぐられる。
痛い。何も見えない。
四肢が切断された。
痛い。体が軽い
首が切られた。
それでも俺の意識は無くならない。いや、無くすことができない。俺の頭を支配するのは痛みのみ。
死んだ方が楽だ。
痛い。死にたい。死にたい。
痛い痛い死にたい痛い痛い痛い死にたい痛い痛い
イタイイタイ
いやだ
痛い
つらい苦しい
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しいイヤだラクにナリタイ痛い痛い痛い痛いイタイツライクルシイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
シガホシイ
全ての人間が自分の思い通りに動くのならば、その相手はきっと人間ではないのでしょう