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鳥のキセキ  作者: にいな
フラワリー編
2/3

あの日の始まり

どうしてこうなったのだろう。

もし、この世界に神様がいるというのなら、その人はとても残酷で無慈悲なのだろう。


乗っていた電車が脱線事故を起こしたらしい。

周りの混乱した人々の声から、私は現状を少しだけ理解できた。

事故からどれくらいたったのかわからないけれど、辺りにはまだ砂ぼこりが立ち遠くがかすんで見える程だ。口の中も砂でじゃりじゃりして不快。


「大丈夫、だ。すぐ、救助、が、来る。そうすれば、全て、何事もなかった、ように」


傍で同い年の少年が譫言のように、途切れ途切れの言葉を紡ぐ。

彼は私の幼馴染の男の子だ。今は車体の下に下半身を挟まれて身動きができない状況である。車外に投げ飛ばされて、打ち身程度の私と比べようもなく重症なのに、私を安心させようとしているのか、朦朧としながらも大丈夫と頻りに声をかけてくる。


彼を助けようとしたが、いかんせん私は普通の女子高生で電車一両を持ち上げる筋力は持ち合わせていない。途中で、彼が危ないからと私を止めたので、彼は電車の下敷きになったままだ。無念。


「美鳥も、すぐ、良くなる。今は、気を、失ってる、だけだ」


彼はそう言い、彼の愛しの恋人であり私の双子の妹を横目で見る。

一卵性双生児である私と妹は同じ姿だ。もちろんDNA情報が同じだけの別人格である。クラスの子たちにヘラヘラして取り繕うことしかできない私と違って、妹は孤高の一匹狼のようなクールな子でありながら、さり気ない気遣いもできるカッコいい系女子なのだ。それだけでなく、ちょっと素直になれず照れ隠ししちゃうような可愛い面まで持ち合わせている。最強か。陰ではファンクラブもあるらしい。私も入会したい。


そんな妹は、電車内で真っ先に異常を察知し、私を突き飛ばして、現在電車の一部(手すりであっただろう銀色の棒)に貫かれて、身動き一つしない。むしろ保健体育で習った呼吸の確認をしたところ、息すらしていないようだった。素人判断なのと、重傷を負っている幼馴染の心労を減らす意味で、伝えてはいない。

彼から妹の体に棒が刺さっているのが見えないように、上着で隠すくらいしか私にできることはなかった。


彼が言葉を発しなくなり、私が声をかけても反応のなくなった頃。どっぷりと日が暮れてから救助が来た。

場所が山の中で救助ヘリも近づけにくい場所であったことなどいろいろな要因が重なり、救助が難航したらしい。

死者は運転手1名と乗客56名、負傷者102名。

直ぐに救助が向かっていれば、助かった人ももっと多かっただろうと言われていた。

大型連休の最終日であったこと、その日は近くで大規模なイベントいくつか開催されていたことから乗客が多かったことも原因だったとのこと。


そうだ。どうして私は、二人を遊びに行こうだなんて誘ってしまったのだろうか。

二人が私に気遣ってデートしようとしないから、たまには二人きりにしてあげようなんて、不慣れなことをしようとしたからいけなかったのだろうか。

せめて電車に乗らずに済む場所へ誘っていれば、二人は無事だっただろう。

妹の方が早かったけれど、彼も私を助けようと手を伸ばしていた。私を助けようとしなければ、二人は軽傷で済んだかもかもしれない。どうして二人は私を助けようとしたの?

どうして私は一番前の車両に乗ってしまったのか。せめて3両目、いや、一番後ろの車両に乗っていれば。


どうして、どうして、と後悔ばかりが頭を過る。


「私さえ、いなければ…!」

「その考えはいけないわ」


病院の隅に置かれたベンチで頭を抱えていると、知らない女の子が話しかけてきた。

見たことのない制服を着ている。このあたりに住んでいる子ではないのだろう。誰か、入院患者の関係者だろうか。

彼女は私を見ると、こてん、と首を傾げる。ポニーテールが緩やかに揺れた。


「あの子は、上手くやったようでよかったわ。まあ、失敗なんて許さないけど?」


何か呟いて、彼女はふふ、と笑って見せた。

少し幼さの残る顔立ちが、急に大人びたものに見えた。

私と同じくらい高校一年生かもしかしたら中学生かも、と思っていたがもっと年上なのかもしれない。


「えと」

「あら、ごめんなさい。ただの独り言だから気にしないで」


どこかいいところのお嬢さんなのだろう。なんだか所作が綺麗、というか洗練されたというか。もう少し語彙があればもっといい言い方があったのだろうけど。たぶん、笑う時に口元に手を持っていく動きとかそう言った所作で、彼女がすごく大人っぽく見えるのだと思う。


「貴女は、とても大切なものを無くしたのね」

「…はい」

「もし。もしもそれが、なかったことに出来る可能性があるとしたら、貴女はわたしの手を取ってくれるかしら?」


困ったように彼女は私に向かって手を差し出す。

何か、宗教の勧誘か何かだろうか。


「そんなに警戒しないで。ただ、貴女がその可能性に賭けることで、その後悔を昇華できるなら、そのお手伝いをしたいだけなの。お金もいらないし、変な契約書にもサインはいらないわ」

「…何が目的なんですか?」

「困っている人がいれば手を差し伸べたくなるのが人情、というものでしょう?ただ、貴女が困っている、というか助けが必要だと思った。それだけよ」

「貴女の手を取ったら、妹と幼馴染は、」


これ以上言葉を紡げば、彼女は困った顔で去って行くだろう。分かっていたけれど、そんな意地悪なんていいたくなくて、言い淀む。

彼女を見れば、大丈夫よ、と頷いて見せた。

もうどうでもよかった。


「妹と幼馴染は、助かりますか?」


彼女は真っすぐに私を見つめ返し、力強く頷いた。


「可能性はゼロではないわ。必ず、と断言できないのが悔しいけれど、前例はあるわ」


彼女の言葉が、嘘でも本当でも、どっちでもよかった。

多分、私は自分が救われる道を示して欲しかっただけだ。

騙されてても、私は死んだ妹の為にここまでしたと、声を大にして言える何かをしたかっただけなのだ。

そんな、醜い感情を知らんふりして、私は彼女の手を取った。


「成立、ね。わたしの事は「神様」とでも呼んでくれればいいわ」

「私は、小島白鳥こじましらとりです。白鳥と呼んでください」

「よろしくね、白鳥」


自称神様の手はすべすべしていて、柔らかった。

やっぱり宗教の勧誘か何かだったのかもしれない。


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