8話 夢
夢を見た。
今朝、思い返していた記憶よりも、ずっと前の話。
4歳児くらいの子供を2人連れて、何かから逃げ回っている男がいる。
この男は記憶にもいた。鮮明に覚えている。
その事から察するに、子供の内の1人は俺だと思う。
もう1人は、俺よりも少しだけ背丈が高く、子供ながらに俺を必死に守ろうとしている。
そこが、愛に満ち溢れ、暖かい空気に包まれた家の中だったら、可愛らしい兄弟のようにに見えただろう。
だが、そこは戦場……。生きるか死ぬかの境目なのだ。
鍛え抜かれた軍人でも自分の事だけで精一杯になる程の爆発。異能生物の襲撃。
そんな状況の中でも他人を守ろうとする…。
まるで親のように…まるで兄のように…。
この2人はいったい誰なんだ…?
「あいたっ!」
俺は山本さんの平手打ちで目を覚ます。
といっても山本さんはまだ起きていない。
時計の短針は6時を、長針は0を少し過ぎている。
完璧な目覚ましだ。一家に一台、どうですか!
布団から這い出て、窓から差し込める眩しい日差しに当てられる。
いい朝だ。
寝起きであまり動かない身体を動かし、リビングに向かう。
「おはよーございまーす」
「あぁ、おはよう」
「おはようございます」
俺の気の抜けた朝の挨拶に返してくれたのは敦さんと桃ちゃんだ。
敦さんはいつもの椅子で新聞を読み、桃ちゃんは朝ごはんを作っている。
香ばしい匂いが俺の鼻から直接胃を刺激する。
腹の虫が鳴ったのが聞こえたのか、「ちょっと待っててくださいね。もうすぐ出来ますので」と、気を使わせてしまった。
ご飯が出来るまでに山本さんと拓人君を起こしてこよう。
そう思い、寝室に足を運ぶ。
まずは拓人君からだ。
「おーい、朝だよ。起きてー」
「むにゃむにゃ…もう食べられないよー…」
「絶対起きてるでしょ…」
まぁいい、ここからが本番だ。
「山本さーん!起きてくださーい!」
さっきより大きな声で呼びかける。
……まだ起きない。
まぁいい。いつもの事だ。
俺は山本さんに対して、少しだけ勢いをつけ、軽く頬を叩く。
山本さんの身体がピクッピクピク…と震える。
「オイコラァ!何勝手に人の睡眠邪魔してんだァァ!」
寝起きとは思えない程、猛々しい咆哮を上げ、俺に向かって飛び蹴りを放つ。
その行動を読んでいた俺は片足を軸にしてクルッと回転し、山本さんを躱す。
山本さんの着地点には拓人君がいる。
そのまま拓人君に直撃してくれれば起こす手間が省けて楽なんだが…。
しかし案の定、拓人君は軽く寝返りを打ってそれを避ける。
拓人君はそのまま起き上がり、欠伸をしながらリビングに向かう。
山本さんはというと、轟沈していた。
今がチャンス!一目散に全力で逃げ出したが、それに気づいた山本さんが俺を追いかける。
「オイコラァ!!」
「すいませんでしたぁぁ!!」
拝啓、親愛なる私の家族へ。
私は元気です。一歩間違えれば死ぬかもしれませんが……。そんな事より、今日も異能警察官の皆様…いえ、山本さんは元気です。………。
脳内でそんな手紙を書きながら俺は固め技をかけられていた。
「さぁ、マフィアの調査に行こっか?」
朝食を食べ終わったかりんさんが俺たちに声をかける。
「えーと、鉄君、拓人君、桃ちゃん、一緒に来てくれる?」
俺を含め、呼ばれた3人は快く返事をする。
「おい、俺は?」
「あんたが来ると隠密行動できないでしょ?あと、最近異能生物が多いから討伐のために残っといて」
「分かったよ!クソが!」
流石かりんさんだ。同期なだけあって山本さんの扱いに慣れている。本音を伝えつつ怒らせない、これはもうプロの領域だな。
俺はささっと食器を片付けて、調査の準備を始める。
「ここが新大久保だった場所ですかー」
昨日の戦闘で倒壊したビルや穴の開いた道路を見て拓人君が言葉を漏らす。
今、この場所はテープで囲まれ、多くの人たちの手により瓦礫の撤去が進められている。
「あんた、異能警察官か?」
作業をしていた中年の男が俺に声をかけてきた。
他の3人は瓦礫の撤去を手伝っている。
「そうですけど…」
「じゃあ昨日戦ったのもあんたかい?」
「はい」
男は気持ちを吐き出すように言葉を吐き捨てる。
「じゃあもっと被害を減らしてくれよ!昨日は忙しかったらしいな。でも前までは任務が月一しかなかったらしいじゃねぇか!たった一日忙しかったからってこの有り様はなんだ?こちとら毎日汗水垂らして働いてんだよ!仕事する身ならもっと責任持てよ!」
「…はい。これからは気をつけます」
敵が強かった、二回目の戦闘が思っていたよりも辛かった、痛みに耐えるのが苦しかった。そんな言い訳をグッと飲み込み、謝罪をする。
「これからっていつからだ?そんな甘い考えしてるからこんな事になる。俺も放送観てたから敵が強かったのは分かる。けどよ、強かったら本気でやらなくていいのか?辛かったら諦めていいのか?苦しかったら止まっていいのか?違うだろ!強かったら立ち向かう!辛かったら限界を超える!苦しかったら一歩前に進む!お前らの仕事はそういう仕事だろ!」
「……もう一度聞く、これからっていつからだ?」
俺はハッとなった。
自分に足りないものに気付いた。
成長した気になっていた。
慢心しないようにと心に決めた。
烏型には慢心しなかったと思っていた。
それが慢心だった。
俺には何も出来ていなかった。
「今から…今から変わります!もう遅いかもしれませんが、未来のために戦います!もう絶対諦めません!自分に出来る事は全てやります!例え、雨が降ろうと槍が降ろうと!」
「その言葉、忘れんなよ…」
男はそう言って背を向ける。
「はいっ!!」
男は少しだけ満足そうに笑っていた気がした。
「鉄君、そろそろ行こっか?」
「はい!」
今日の会話は絶対に忘れない。
そう思いながら、俺は任務に向かう。