7話 敵
俺たちは軽い雑談を交えながら歩き続け、本部のドアの前に到着する。
ドアノブに手を当て、ドアを開けようとしたが思い留まる。
建物の中からいつものように喧嘩してる2人の声が聞こえたからだ。
「どうする…?」
2人に意見を求めるが、帰ってきた答えは、
「先輩にお任せしますー」
そりゃそうだ。少なくとも後輩に任せるようなことではない。
深呼吸を繰り返し、平静を装う。
意を決してドアノブを捻り、そのまま引く。
「ただいま帰りましグハッッ!」
山本さんが飛んできた。そして俺に直撃した。
「痛ぇなぁ!何してくれてんだ!あ"ぁ"?」
「知らないわよ!あんたが5+3を2とか言うからでしょ!」
「間違えたくらいでこれはやりすぎだろ!」
「あの…山本さん…?5+3が分からない…?」
「うるせぇ鉄!」
山本さんの下敷きになっているため、抵抗する事すら出来ずな山本さんの肘打ちをくらう。
「山本先輩ー、まさか答え分からないんですかー?」
「拓人!うるせぇぞ!」
山本さんはそう言って俺の上に立ち上がり、俺を踏み台にして跳躍し、拓人君に飛び蹴りを放つ。
拓人君はわかめのようなしなやかな動きで山本さんを躱す。
そのまま歩いて玄関まで行き、「ただいまですー」と言って室内に消えてゆく。
既に桃ちゃんも室内に入ってるのか姿が見当たらない。
異能警察官本部の玄関前には、山本さんによる不条理な攻撃を受け横たわっている俺と、飛び蹴りを外し着地に失敗して横たわっている山本さんの2人が転がっている。
2人の間に沈黙の時間が流れる。
そろそろ俺も入るか、と思って立ち上がろうとしたところで声が聞こえた。
「お前ら、そこで何をやっている」
敦さんだ。
俺と山本さんは何の意思疎通もせずに「すいませんでした…」と言いながら土下座をする。
「とりあえず上からの情報を共有したいと思う」
さっきまでのふざけた雰囲気はどこへやら。切り詰めた雰囲気が本部の中に充満する。
「その前に一ついいですか?」
俺は敦さんに確認を取る。それに対して「分かった。言ってみろ」と、答えが返ってくる。
「はい。だいたい20分ほど前…」
「23分前です」
「あっはい…。23分前に俺、拓人君、桃ちゃんの3人で外出をしていた際、適正烏型三体と遭遇しました。民間人への被害は0、施設への被害もほとんどありませんでした」
俺は桃ちゃんに訂正されながらも、敦さんにさっきの件を報告する。
「そうか…」
敦さんが何やら難しい顔をする。
それもつかの間、すぐにいつもの顔に戻り、
「お前たち、よくやったな」
と、褒めてくれた。
この一言だけで頑張れる。そのくらい敦さんの言葉には気持ちがこもっていた。
「話を戻そう。今回俺は『謎の男の所属する組織』について会議してきた。結論から言うと、上はこの組織に心当たりがあるそうだ」
「本当ですか?」
かりんさんが信じられないといった顔つきで質問する。
察するに、心当たりがあるならもっと早くに言ってくれればいいのに…と言う事だろう。
「本当だ。聞いた限り、俺たちにその情報を明かす事に少なからずデメリットがあったから今まで伝えなかった。との事だ」
「なるほど」
「デメリットとはどのようなものなのでしょうか?」
今度は桃ちゃんが質問する。
「俺たちが独断でその組織を追うと最悪、異能警察官全員が再起不能になる可能性があるらしい」
「その組織はそれほどまでに強いのですか?」
「あぁ。聞いた限りではな」
なるほど、その組織の存在と異能警察官の存続を天秤にかけた結果。というわけか。
「その組織の名前は……」
敦さんは勿体ぶるように静寂の時間を作り、答えを言う。
「マフィアだ」
………なんか、勿体ぶってた割に…
「普通で面白みもない名前ですねー」
「ちょっ!?拓人君!?」
流石にその発言はダメだろ!いや、俺も正直そう思ったけども!
「いいんだ。俺もそう思う…」
多分この場にいる全員の考えは一緒だろう。
(いいんだ…)
「名前の件は置いといて本題に入る。マフィアを一言で形容するならば『法律を守らない異能警察官』だ」
「どういう事っすか?」
「平和を守るという目的は異能警察官と同じだ。だが、正式に異能の使用の許可を下されていない」
「確か異能を使用する事の出来る組織は異能警察官だけだと法律で決められてますよね?」
俺は一つ確認する。
「そうだ。だから、法律を守らない異能警察官というわけだ」
「なるほど。では何故国はマフィアに許可を出さないのですか?平和を守るという目的なら問題ないでしょう?」
桃ちゃんの言う通りだ。なんでなんだ?
「それはマフィアが異能生物以外に異能を使用しているからだ。だがまぁ、強盗や轢き逃げなどの犯罪者に対して異能で脅すだけで被害は出していないがな」
完全に悪ではない、まるで義賊みたいだな。
「やっている事は『悪』ではないが、立派な犯罪者だ。よっていい機会なので捕まえてこい。との事らしい」
「戦力差があるのに?」
「そうだ」
「マフィアの構成員もわからないのに?」
「そうだ」
「本拠地もわからないのに?」
「そうだ」
「炭酸ガスを含む水はー?」
「ソーダ」
「……冷静に考えて無理じゃないですか?」
俺は素直な感想を溢す。
「確かにな。でもやるんだ」
「この緊急事態の中、それをするメリットは?」
「戦力になる。思想が同じなら説得にそう時間はかからないだろう?」
「確かにそうですね。分かりました」
「では本日より異能警察官の当面の活動目標は『マフィアについての調査』とする。いいな」
敦さんの確認に全員で「了解」と返す。
俺は会議で使った物を片付けながら考える。
調査って言っても手掛かりがないんじゃ…。
思考をフル回転させる事数分、一つ思い出した。
あるだろ、手掛かり!
あの男が戦闘の後、どの方角に向かったのか分かってるじゃないか!
その瞬間、俺は外に出て調査に行こうとした。
だが今はもうすっかり日が落ちてしまっている。
夜といえばマフィア。そんなイメージが俺の頭に浮かぶ。
今日はやめとくか…。
とりあえず手掛かりがある事だけは伝えとくか。
「おーい、かりんさーん」
「何、鉄君?」
俺は手掛かりについて説明する。
だが、かりんさんから返ってきた答えは予想外なものだった。
「え?そんな丁寧に説明されなくてもそのつもりだったよ?」
「え?」
きゃー!恥ずかしい!なんで俺はかりんさんがその思考に至ってないと思ってたんだ!あー、穴があったら入りたいっ!いや、穴を掘ろう!
顔を真っ赤にして蹲りながら顔を手で覆う。
「何してるんですかー?」
「見ないでっ!」
周りに人が居なくなったのを確認してから俺は立ち上がり、就寝の準備をする。
俺たち異能警察官は基本的に本部の中で寝泊りしている。
元々親元を離れて施設に来た人が大半だ。わざわざ一人暮らしをするために家買うくらいならこっちの方がずっと楽しい。
男4人は和室に布団を並べて、左から敦さん、山本さん、俺、拓人君の順番になっている。
山本さんの隣で寝るのは怖い。だって寝相悪すぎてかかと落としされるもん。
いや、気にするな。寝るんだ。
俺は今日一日を振り返る。
……濃い一日だったなぁ。
「おやすみなさグハッ!」
腹にかかとが落ちてきた。




