70話 10秒
2人の体を灼熱が襲う。
全身の毛穴から汗が吹き出し、その瞬間に蒸発する。
2人と朱雀の距離はまだ50メートル以上ある。
全力で翼を動かしても距離が全く近づかないような錯覚に陥る。
もう無理だ。
諦めようとして、その考えを即座に否定する。
そんなことをすでに10回は繰り返した。
だめだと分かっていても、全身の震えが止まらない。
力の差を埋めるだけの何かがまだ足りていないのだ。
気合の糸がほつれ、早く楽になろうと思ってしまった。
その時、龍宮寺がこの戦闘中で初めて叫んだ。
「潤、拓人!」
この声が2人の意識を覚醒させた。
「信じてるぞ」
この声が2人の決意を確固たるものにした。
「潤さんー! 自分が運びます、あとはなんとかして下さいー!」
拓人は潤の肩をガッチリと掴み、朱雀と龍宮寺の間に向かって飛ぶ。
全身の肌は焼け、戦いの余波に何度も行手を阻まれる。
「うおおおー!」
雄叫びを上げたその瞬間、拓人の異能の出力が向上した。
これならいける。
爆音が鳴り響く戦場に、バサっ。という大きな羽ばたき音を響かせ、大きく最後の飛翔をする。
「頼みませたよー! 潤さんー!」
拓人は体を動かすこともままならず落下する。
潤は朱雀と龍宮寺のちょうど中央にいる。
その時、朱雀はちょうど龍宮寺に向かって飛行しようとしていた。
「蠅のくせになんでここにきたんだ? 蠅は蠅らしくおとなしくしやがれ!」
「いや、蠅らしく邪魔させてもらうよ!」
途端、朱雀は笑った。
「ハッ! 小鳥さんに昇格だ!」
朱雀は一瞬で潤に距離を詰め、そう言った。
(数秒じゃだめだ。10秒、そうだ、10秒稼ぐ。そうしたら司さんが……)
朱雀が潤に蹴りを放つ。
それは潤がギリギリ反応できるだけの速さだった。
当然避けることはできない。
いつものように受け流すことは可能だが、それでは1秒すらも稼げないことは痛いほど分かっている。
潤は右の翼を全力でその足に向かって叩きつけた。
2つの打撃がぶつかり、衝撃が生まれる。
朱雀は蹴りの軌道を少しずらされただけなのに対して、潤の右腕の骨は粉々に砕けた。
それだけの損失を払うだけの見返りはあった。
3秒稼げた。
「もう1発!」
今度は朱雀の口から炎が吹き出し、それが潤の体を覆いつくさんとばかりに襲いかかる。
潤は左の翼を目いっぱい大きく広げ、その炎を翼だけで受け切ってみせた。
ただ熱いだけ。
我慢すればいいだけ。
左の腕は火傷で皮膚が爛れた。
7秒。
「よく耐えるな、認めてやるよ! お前は強い!」
朱雀は一度後方へ飛び、言った。
「これを耐えてみろ、お前ならできるはずだ! お前は強いから!」
朱雀は、全力で自分の相手をしてくれる潤に好意を向けていた。
退屈な戦いではなく、血湧き肉躍る戦いをさせてくれる潤のことを本気で認めていた。
だからこそ本気を出すのだ。
朱雀は翼を折り畳み、嘴だけを突き出しながら潤に向かって飛行する。
……10秒。




