3話 戦闘終了
「お待たせしました。守ってくれてありがとうございます」
俺は先輩方に感謝の言葉を述べる。
「鉄!遅ぇよ!戦えんなら戦え!戦えねぇなら自分の心配でもしとけ!」
「大丈夫です。戦えます!」
「鉄君、よかった。戦えるのね?じゃあ作戦を伝えるからこっち来て」
「はい」
俺は言われるがまま、かりんさんの元へ走り出した。身体の隅々まで激痛が走るがそんなのは気にせずに動き続ける。
かりんさんから、敵の腹部が弱点である事を聞いた。また、かりんさんと山本さんが全力で撹乱するから「鉄君に任せる」と言われた。まだ頼ってくれる事に、喜びを感じながら、責任を感じながら、「はい!」と返事をした。
「山本!行ける!?」
「もちろんだ!任せろ!」
「鉄君!」
「はい!」
かりんさんが全員に確認を取り、作戦を実行する。こういう気遣いが出来るのがかりんさんの強さの一つなのだと、ひしひしと感じる。
2人が一斉に走り出す。軽く攻撃を行い、敵の注意をひく。左右に大きく分かれ、街頭、木、ビル、様々な遮蔽を活かし、立体的な行動をとる。その光景はまるで烏に啄まれている生き物を見ているようだった。敵は2人を追うので精一杯になったのか、俺の方を見向きもしない。
敵がこちらを見ないため、接近する絶好のチャンスだ。踏み込んでからの攻撃では隙が生まれてしまう。実際、さっきはその隙を突かれた。一撃で倒せないのなら隙の少ない連撃を叩き込む事が最善だ。
敵が地面を砕いているため、コンクリートの破片が幾つも飛んでくる。左半身に当たったら間違いなく致命傷なため、翼を使い、破片を弾く。
敵の付近まで接近する事に成功するが、弱点である腹部が見えない。
「山本さん!」
「任せろ!」
名前を呼ぶだけで考えが伝わったようだ。流石としか言いようがない。
山本さんは敵と正面から向き合う。敵が山本さんを喰らうかのような勢いで噛み付きにかかる。山本さんは「それを待ってたんだよ!」と言って、敵の頭上をひょいと飛び越える。敵はそんな山本さんを追うように身体を大きく反らせる。
「今だ!鉄!」
「ありがとうございます!」
凄い。こんなに早く、しかも無傷で敵の弱点を露出させるとは…。本当に戦闘中だけは頭の回転が早いらしい。
俺は敵の懐まで軽く跳躍し、拳を構える。その後すぐに、構えた拳を腹部に向けて突き出す。敵が大きくのけ反った。だが、これだけではダメージが少ない。よって俺は翼を使いもう一度敵の懐に接近する。拳は突き出した姿勢のままなので使えない。なので身体を大きく捻り蹴りを放つ。それと同時に腕を敵の腹に突き刺し、空に投げ飛ばさんと身体を動かす。
「今です!」
俺は敵を投げ飛ばし合図を出す。空中にいると敵は弱点を隠す事ができない。そこを先輩方に攻撃してもらおうという考えだ。
「分かった!」
「任せろ!」
2人が左右から大きく敵に向かって跳躍する。かりんさんは敵の身体を引っ掻きながら走っている。山本さんは敵の腹部を掴み、物凄い勢いで噛みつく。
「クソが!これでも倒せねぇのかよ!」
山本さんの言う通り相手にダメージは与えられても倒せはしなかった。次はどうするか考えている間に敵が地面に落下して潜る。
これだけやっても敵は倒せない。これで無理なら倒せる未来が見えない。……いや、だめだな。諦めるな。少しでも考えろ。
そう考えていると2人が俺の近くに着地する。
「どうする?」
かりんさんもどうするべきか悩んでいるようだ。
俺はさっきの攻撃を続ければいつか倒せるのでは…?と思ったが流石にリスクがデカ過ぎると判断し、その思考を切り捨てる。かと言ってこの状況を一手で打開する方法なんて思いつくわけもなく……
「おい!ボサッとすんな!」
山本さんの声が俺の思考を現実に戻す。
「俺はあれをどうするかなんて考えても分からねぇ。だからお前が考えろ。俺にやってほしい事があるなら言え。吹っ飛ばされようとも、血がダラダラ垂れようとも、四肢がもがれようとも、お前の考えに従う。お前が無理な事でも俺なら出来る。俺は俺に出来ない事をお前にやらせてんだ。遠慮はすんな」
かりんさんが言葉を続ける。
「まぁ私は山本みたいにセンスがあるわけじゃないけど出来る事はやるし多少無茶な事だってやるよ。だから……ね?」
俺は痛感した。先輩たちの強さを。今までの俺に出来ていなかった事を当たり前のようにしている。人には出来る事と出来ない事がある。それを理解し、協力し合う。これが強さだと知った。
「……分かりました。作戦を伝えます」
俺は作戦の概要を手短に説明する。2人は瞬時に自分のするべき事を理解し、行動を開始した。
作戦を大雑把に説明すると、2人に長時間の隙を作ってもらい俺が懐に攻撃する。言ってしまえばいつもやってる事だ。だがこれは中途半端な隙や攻撃では成功しない。捨身で隙を作り、捨身で攻撃する。そのくらいの覚悟が必要なのだ。
敵が正面から突っ込んでくる。入場ゲートのような大きさの口を見せつけられ、いつもならば恐怖していただろう。だが今は2人がいる。俺はその先だけを考える。
山本さんが動く。敵に向かって一直線に突っ込む。敵の口が閉ざされ、山本さんの姿が消える。
その事は意にも介さずかりんさんが走り出し敵の頭上に乗っかる。
途端に敵の顔が険しくなる。耳をすますと、ドン!ドン!と、こもったような音が聞こえる。どうやら山本さんが敵の体内から殴打を与えているようだ。それに合わせてかりんさんが適した場所に攻撃を与える。
敵は今まで味わった事の無いような攻撃に見舞われ、身体を反らす。
「今だ!やれー!鉄ー!」
敵の内部から声が聞こえる。
声が耳に届いた瞬間、俺の身体は動いていた。敵に接近し、一発。続いて二発三発。拳や足を使い、その全ての攻撃が今までの最高威力だと言わんばかりの勢いで殴打を続ける。
当然、敵は俺に攻撃をしようとする。だが俺は攻撃をやめない。信じているから。
頭が俺を叩きつけようとする。それに対して2人は息のあったコンビネーションで敵の身体を巧みに操る。右に首を振れば左に。左に振れば右に。すぐさま位置を修正する。
山本さんはとてつもない痛みに襲われているだろう。かりんさんは極限の集中で精神が疲弊しているだろう。だから俺も限界を超える。
骨が軋む音がする。肉がちぎれる音がする。でも続けた。
「おらぁぁぁぁ!!!」
激しい気迫とともに繰り出される正拳突き。それが俺の最後の攻撃だ。
山本さんは脱出し、かりんさんとともに俺に駆け寄る。
「大丈夫!?お疲れ様」
「よくやった!鉄!」
2人はこう言うが敵はまだ消えていない。
「まだです…!まだ消えてません…」
前回の件もある。最後まで油断はしない。
案の定敵はまだ動く。俺たちに向かって最後の突進を仕掛けてくる。
俺は動けない。2人も意表を突かれたのか回避行動に移れない。
「っはぁ〜。異能警察官ってこの程度なのかよ…」
突然、黒いスーツに身を包んだ男が現れる。
「おい!危ねぇぞ!」
山本さんが叫ぶ。それに対してスーツの男がこう答える。
「危ない?それはどっちのセリフだ?」
その言葉を聞き終わったと思ったら、敵が倒れていた。腹部には爪で引き裂かれたような傷が交差している。たちまち敵は黒いモヤとなって消滅し、男が言葉を残す。
「その程度でこの街が守れると思うな」
男は人間とは思えない跳躍力でビルの闇に消えた。