36話 枕草子
「ついたぞ、お前たちは来るの初めてか?」
本部のドアの前に立った敦さんが聞いてきた。
「はい、私たち全員ここに来たことはないと思います」
かりんさんが代表して言い、俺たちは肯定するように肯いた。
「そうか……、まぁ気を付けてくれ」
敦さんはそれだけ言ってドアを開けた。
ドアを開けた先は、どこか近未来を感じさせる造りになっている。
薄暗い空間に青い光が灯っている。壁際には立体的な映像が出力されており、その姿は全て動物のものだった。
しかし何に気を付ければいいんだ……?
「ようよう白くなりゆく山ぎはだなぁ敦さんよぉ!春はあけぼのってか?いやぁおもしろいねぇ!愉快だ愉快だ!おおっと、今日は連れがあるのか?春はあけぼのだが秋は夕暮れってか?いやぁ1本取られたよ!」
敦さんが気を付けろって言った理由が分かった気がする。
声をかけてきたのは敦さんと同い年くらいの小太りの男だ。
「今度は枕草子にハマったのか?」
「いやぁ、冬はつとめてしまった結果なんだなぁこれが!」
「紹介しよう。ここで研究員をしている文山明男さんだ。性格は見るだけで分かるだろう?古文を読みあさっては訳の分からんことをを言う変人だ。だがこの人がいなければ研究が進まないほどの天才でもある。同時に天災でもある」
敦さんが俺たちの方を向いて説明してくれた。
しかし上手いことを言ったつもりなのか……?
誰も突っ込まない異質な状況を変えたのは桃ちゃんだ。
「敦さん。天災とは地震、洪水などの自然現象による災害です。決して人を形容するために使う言葉ではありません。いくら変人だからといってそれは失礼ではありませんか?見て下さい、あそこに立っていらっしゃる変人が困惑しているじゃないですか?今すぐ謝って下さい」
なんか一度見たことがあるな。俺もあんな風に怒られたことがある気がするぞ。
「そうだな。文山、すまなかった」
敦さんはそう言いながら頭を下げた。
天然なのか……?それとも本心なのか……?
「おいおい敦さん、それは夏は夜ってことかぁ?月のころはさらなりって言うからなぁ。それと嬢ちゃん!ほのかにうち光ていくもをかしだが、雨など降るもをかしなんだぜ!」
文山さんは指を立てて「チッチッチ」と言いながら横に振った。
「そもそも変人は古文をなんだと思っているのですか?古文とは昔の方々の生き様や心境を描いたものです。そのようなことも理解せずに無理やり文章に組み込むことを故人への冒涜と思わないのですか?」
「嬢ちゃん、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。だぜ」
親指を立てながら爽やかな笑顔で言った。
この流れを切らなければ!
俺の使命感がそう叫んだ。
「あの……!」
「あのー、今は枕草子にハマってるみたいですけどー、以前はどんな感じだったんですかー?」
ちょっと拓人君!無駄話してる場合じゃないでしょ!
俺の感情を読み取ったのか、「気になったんでついー」とだけ言って敦さんの方を見た。
いや、ここで敦さんが会話を切ってくれれば!
「いや、それより準備をするべきだろう」
ナイスです敦さん!
俺の手が自然とグッドマークを表現しようとしたとき、
「敦さん、人の質問にはしっかりと答えるべきでは?」
やめてよ桃ちゃん!今いい流れだったでしょ?ねぇこのままでよかったじゃん!
「そうだな、すまなかった。昔、竹取物語にハマっていたときは……」
これがあと数十分は続いた。




