30話 憎悪
女性は熊の攻撃が通用しないと分かった瞬間、打つ手がないと言わんばかりに異能を解除した。
戦意を失ったのか…?そう思った。
「ハハッ!ハハハハハッッ!私が?私が!?私が!こっちの奴らに負けるなんてありえないのよ!ありえない、ありえちゃいけない、ありえてしまってはならない!あぁ!あのお方に顔向け出来ない!どうしてこうなったの!なんで?どうして!全てあいつが悪いのよ!あのお方の秘書なくせに仕事もろくにできないあいつが!そうよ、私は悪くないわ。全てあいつが悪いのよ!研究者の奴らも同じだわ、私に神話級を渡してくれればこんな仕事すぐ終わったのよ!私が負けたらなんかしなかった!こんな恥をかく必要なんてなかった!…それよりこの場に神話級が3人もいるのが悪いのよ!双鬼の片方だけでも大変だってのになんで両方揃ってるの!しかもあのお方が自ら作ってくださった龍まで!なんでお前が龍を持ってるんだ!それはあのお方のものだ!ふざけるな!今すぐ返せ!すぐに返せ!拒否権なんてない!あってたまるものか!あってはならないんだ!熊沢!なんでお前はそこで寝ている!寝るな!戦え!私のために戦え!私の出世のために戦え!お前に人権なんてないだろ!いいから戦えよ!この場にいる全員殺しちまえよ!」
押し潰されそうなほど強い憎悪…殺気だ。
俺はともかく敦さんや虎徹さん、兄さんまでもが動けないでいる。
1人の人物を除いて。
「言いたい事はそれだけか?」
龍宮寺さんの言葉で完全に理性を失ってしまった。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ!!私は、私は!私はあのお方に認めてもらうんだ!!!」
重心などないぐちゃぐちゃな、普通ならばすぐに倒れてしまうほど歪な体勢で女性は龍宮寺さんに向かって走る。
その姿はまるで理性を失った牛、文字通り暴れ牛のようだ。
こんなに離れていても伝わってくるほど異常な空気。
足が、体が、指先の一つさえも動かせない。
「そうか…。詳しい話は後で聞く」
龍宮寺さんは焦る様子もなく女性の首筋に異能を当てた。
女性は倒れるように気絶した。




