2話 過ち
俺と山本さん、かりんさんは敵の出現した新大久保駅まで走る。
「さすがに不自然じゃない?」
「何がだよ!?」
「異能生物の出現頻度ですよね?」
「そうよ。さすが物分かりが良いわね。鉄君は」
「『は』ってなんだ!?ゴルァ!」
山本さんは置いとくとして、かりんさんのいう通りだ。しかも前代未聞の危険度3。危険度2の犬型ですら異様な個体だったんだ。まず間違いなく何かあると思うべきだろう。
「今回はもう被害が出ているのよね?出来る限り急がなきゃね」
「はい。そうしましょう」
「急ぐんだろ?じゃあ異能解放した方が速くねぇか?」
「でも戦闘時以外での異能使用は禁止されてるんじゃ…」
正直山本さんの意見は珍しく正しいと思う。だが異能が快く思われていないこの世の中でルールを破るとなるとそれなりの損失はある。最悪、今後の戦闘で異能を使えないなんて事も…
ん?そういえば敦さんが普通に使ってた気が……
「いや、緊急事態よ。助けられる命があるのなら力を使うべきだと思う」
「そうですね。異能生物から人命を守るのが我々の仕事ですからね」
俺の考えすぎか。
山本さんが小声で「ほらな」とか言ってニマニマ笑ってくる。正直に言おう、すげぇイラッとする。
だがそんな事に構ってる余裕はない。
「よっしゃ!いくぜ!!」
山本さんの掛け声が合図となり、全員が異能を解放する。
俺は『鬼』山本さんは『犬』かりんさんは『猫』
数秒で解放を完了させ、再度走り出す。
だが異能の特徴的にも俺が一番移動が遅い。俺の都合でみんなを待たせる訳にはいかないよな。
「先に行ってください。後で必ず追いつきます。先輩方なら2人でもやられる事はないでしょう?だから…」
「おう!任せろ!」
「分かった。私たちには鉄君のようなパワーは無いから…出来るだけ早く来てね」
「分かりました!」
そう言うと2人はスピードを上げた。俺だって決して遅くは無い。というか陸上の世界記録保持者よりも速いと思う。なのに2人はもう見えない。だが頼ってくれる2人の為にも…
「急がなきゃな…」
しばらくすると轟音が飛び交ってきた。しかも地面もかなり揺れている。戦闘は激化しているようだ。もしかしたら俺が到着する頃には終わってるかも。なんて思ってたが考えが甘かった。
あの先輩たちが相手をしてこんなに戦闘が激しくなるとは思えない。
少し嫌な考えが頭をよぎる。
そんな事は無いだろうと思いつつも焦らずにはいられない。
道路が割れるからあまりやりたくなかったが…
俺は犬型異能生物と戦ったように右脚と翼に力を込める。前回よりも力強く、素早く踏み込んだ。直線的な移動ではなく放物線を描いて跳んでゆく。瞬間的なスピードは落ちるが走るよりかは速い。
地面が近づいてきて、戦闘の様子が見えてきた。
とりあえず先輩たちの安全確認だ。…山本さんと……かりんさん!2人とも無事だ!
後は敵の確認だな。
周りを見渡すまでもなく、黄色い半透明の大蛇がいる。地面に体が潜っているため正確な長さは分からないが、30メートルはあると思う。長さだけではない。直径も2メートルはある。これが危険度3?嘘だろ!?
とりあえずかりんさんの近くに着地し、情報を聞く。
「敵は!?」
「正直ヤバい。あの巨体でも地面とか壁とか潜ってくるからどこから攻撃が来るのか分からない。あとめちゃくちゃ硬い。山本の攻撃もかすり傷にしかならなかった」
「じゃあ俺の攻撃でダメージを与えるしかないですね…」
「そうね。でも気をつけて。あいつ結構速いから…」
「分かりました」
話を聞く限り厳しい戦いになる事が予想できた。
作戦を立てるにしても相手がどんな動きをするのか、試さなきゃ分からない。とりあえず何発か殴って確かめるか。
「山本さん!かりんさん!なんとかして敵を引きつけて下さい!」
「おう!任せろ!」「わかった」
返事が頼もしい。
敵がかりんさんに向かって突進を始めた。言われた通り速い。だがかりんさんは猫の様な身のこなしでヒョイとかわす。その後、何発か敵を引っ掻くが、まるで傷が付かない。俺の力でも一撃とはいかなそうだな。
敵は突進の後、地面に潜る。地面の至る所から音が聞こえる。おそらくもぐらの様に掘り進めているのだろう。
敵が山本さんの後方から現れ、人を喰らうかのような速さで噛みつく。だが山本さんは地面から現れた瞬間、いや、直前から直感のようなもので感じ取ったのだろう。直ぐに反応した。右側に最小限だけ跳び、激しい咆哮と共に敵に噛みつく。しかし敵には少ししかダメージがない。
思ってたより厄介そうだな。
敵の動きは大体確認できた。次の攻撃に合わせて跳躍し、殴る。
そのために俺は踏み込みのための姿勢を取る。
そうしてる内に敵は再度山本さんに噛みつこうとする。だがやはり山本さんには当たらない。
「今だやれ!鉄!」
「はい!」
俺は大きく踏み込み、急速に敵に接近する。すかさず空きだらけの頭部に一撃。
「どうだ!?」「どうなった!?」
2人が状況を見つめる。しかし、良い結果とは言い難かった。確かに敵を吹っ飛ばした。だが敵の頭をのけぞらしただけだ。
これでもだめなのか!
そう悲観した途端…
「鉄!後ろ!」
「え?」
言われるがまま反射的に後ろを見た。するとそこには視界を埋め尽くすほどの巨体があった。
なんだこれは!?いや、考えるのは後だ。どうする?
避ける?無理だ。ガード?間に合わない。反撃?不可能。
頭によぎる考えが瞬時に否定されていく。
そうしている内に攻撃は目前まで迫っていた。結果、何も出来ずに身体に衝撃が走り、後方に吹っ飛ばされる。
「鉄!!」「鉄君!!」
2人の声が聞こえる。
かりんさんが俺の元に駆け寄ってくれて、山本さんが敵を引きつけている。
「大丈夫!?しっかり!気絶しちゃダメ!まだ戦闘は終わってない!鉄君が必要なの!」
どうやら心配してくれているようだが、意識を保つ事で精一杯の脳では何を言ってるのか理解が出来ない。それもつかの間。意識が暗闇に閉ざされた。
「鉄君!!!」
「クソッ!どうするッ!?」
「そんなの、鉄君が起きるまで時間を稼ぐしかないでしょ?」
「あぁ!そうだな!」
2人は言ったことを絶対に曲げない。時間を稼ぐと言ったら絶対に稼ぐ。
「いい?鉄君しか敵にダメージは与えられない。だから私たちの仕事はあくまで時間稼ぎ」
「分かってるわ!そんな事!」
最低限の確認を済ませた2人は目的の為に動き出す。
かりんは近辺にあるビルや地面などを使い、高速で駆け回り、敵の視線を撹乱する。結果として、敵に隙が生まれる。戦闘センスの塊である山本はその隙を逃さない。懐に潜り込み腹を喰いちぎる。今までとは違い明らかにダメージが入る。
「山本!?どうやったの…?」
「違ぇんだよ。見た目が!」
山本の言う通り、敵は鱗のような硬いものに包まれている背部と、柔らかそうな肉付きの腹部に分かれていた。
「確かに…。よく気づいたわね。流石」
かりんは嘘偽りなく山本を褒める。それに気づいたのか山本は照れ臭そうに「まぁな」と言う。
「とりあえず反撃の糸口は掴んだわね。後は鉄君さえ起きてくれれば…」
「そうだな。鉄の一撃だったら結構効くだろうからな。早く起きろよ…!」
意識が朦朧とする。まだ轟音が鳴り響いていることから戦闘は終わってないのだろう。なのに俺は何をしている?敵の攻撃を食らって寝てる?ダセェな…。
今思えば俺は自分に自信がありすぎたんだな。大した実力も無いのに。攻撃もワンパターンだし、敦さんほどの威力があるわけでもない。移動だってそうだ。2人に置いて行かれるほど遅い。何が世界記録保持者だ。立っている土俵が違う。前提が違う。なのに俺は…。
そもそも自分を過信していた。何故だ?自分が頼られていたからだ。俺を軸に作戦を立てていたから自分が強いと思い込んでいた。俺だって仲間に頼る事はある。頼る事は普通なんだ。でも仲間には自分に出来ることを理解していた。頼る事が普通なら頼られる事だって普通。少し考えれば分かるはずだろう?
力でも速さでも自意識でも負けている俺よ、今するべき事はなんだ?後悔か?反省か?違うだろ!後悔も反省も戦いが終わったら死ぬほどする!今する事は、自分の実力を認めて!先輩たちのため、仲間のため、みんなのため!戦う事だろ!やる事は分かり切ってるんだ!起きろよ!この身体の痛みは俺のせいでおったものだ。言い訳になんかしない。やるべき事をやるんだ!!!
そうして激痛の走る身体に鞭を打ち、立ち上がった。