12話 山本とかりん
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山本とかりんが養成所に入ったのは共に9年前、10歳の時だ。
同じ日、同じ時間に、合計10人の子供が養成所に集まっていた。
10人の中で元気だったのは山本ただ1人。他の全員はいきなり親元を離れる事への不安と絶望で表情が暗い。特に私は生きる気力を失ったかのような顔をしていた。
養成所の先生がみんなに向かって言葉をかける。
「全員いきなり親元を離れて不安だとは思うが、仲良くして欲しい。みんなにはここで異能の使い方や将来について学んでもらう」
私の耳にはその言葉は聞こえていない。
ずっと友達だと言い合った仲良しの幼なじみに気持ち悪い、と言われ、さらには石を投げられた。
これも全て異能のせいだ。私の体に異能が宿らなければ……!
そう思っていた。
「……い、おい、おい!」
誰かが私に声をかけているようだ。声が聞こえた方を睨むように見る。
「おっ、やっと気づいた!俺は山本、これからよろしくな!」
山本は満面の笑みで私に手を出してくる。
だけど私にはその手を握る元気がない。山本の手を少し見た後、すぐに顔を埋める。
「ありゃ、……まぁいいや、何か困った事があったらなんでも言ってくれよ!」
そう言って大きく手を振って私の元を離れていく。
暫くその姿勢のまま動かなかった私の瞳には涙が浮かんでいた。本当にお母さんに会えないんだな、と実感したからだ。もう1人なんだと思っていた時に山本が声をかけてくれたからだ。
私は、「こんなんじゃだめだ」と思って先生を訪ねた。
「…何か手伝う事…ありますか……?」
「お前は確か〜、猫間か!ちょうどいい!みんなにご飯を配るのを手伝ってくれ、出来るか?」
「はい…!お母さんの手伝いしてましたから!」
先生は私の言葉を聞いて微笑む。嬉しそうに、少し申し訳なさそうに。
「いただきます」
食事の準備ができた食卓をみんなで囲み、手を合わせてそう言った。
「今日はご馳走だ、これからみんなと一緒に生活する事、楽しみにしている。これからよろしく」
先生がそう言った。
ご馳走というだけあって、ハンバーグやエビフライ、たこ焼きなどが並んでいた。デザートにはケーキやフルーツが山ほど積んである。
「うまい!おかわり!」
そう言って頬を膨らませるくらいご飯を口に頬張った男の子がいる。そう、山本だ。ご馳走なのに食卓は静かだった。山本はその空気が気に入らなかったのだろう。場を盛り上げようとしてくれている。
私はその行動に背中を押されて、チビチビと食べるのを辞めて欲望のままにご飯を頬張る。
それにつられて周りの子も勢いよく料理に手をつける。
いつしかみんなの、いや、山本以外の頬に涙が流れていた。それでも食べる事を辞めなかった。
ご飯を食べ終わったみんなの顔は吹っ切れたように爽やかなものだった。もう大丈夫。みんなで生活できる。そう言っているように見える。
初めて顔を合わせて、初めて話す。みんなそうだ。でも山本がみんなに声をかけてくれていたおかげで勇気を持てた。
私はみんなに向かって自己紹介をした。
「私、猫間かりんって言います…。あ、あの!これからよろしくお願いします!」
緊張した。少し失敗しちゃった。そう思って顔を真っ赤にして俯く。だがその瞬間、盛大にパチパチと、拍手の音が私の鼓膜を刺激した。
反射的に音のなる方を見ると、みんなが、特に山本が大きく拍手をしてくれていた。
私は恥ずかしくなって、下を向いたまま小走りで遠くに走り去ってしまった。
その後も自己紹介は続いた。
みんな恥ずかしそうにしていたが、自分の名前をしっかりと言うことが出来た。
これから5年間一緒に生活するんだ。どうせなら仲良い方がいいな決まっている。
そう考えていると、山本の番が来た。
「俺の名前は山本犬摩!好きなことは運動!嫌いな事は勉強!もうみんな大丈夫だと思うけど、これから俺たちは一緒に生活する。いっちゃえば家族みたいなもんだ。仲良くしよう!これからよろしく!」
山本は恥ずかしがる様子もなく、言いたい事を全て言った。凄いと思った。
私は友達と話す時にも、相手の顔色を伺って話す。でも山本は自分の言いたい事は全て言う。しかもその言葉には妙に説得力がある。
私もそんなふうになりたいな…。
夜になった。
先生が私たちに声をかける。
「みんな、もう寝る時間だ。寝室に案内するからついてきて」
先生に案内されて到着した部屋は、布団がいくつも用意された大部屋の和室だ。
「よーし!俺ここな!」
山本が飛び出して、真ん中の布団に陣取る。
それに対して、少し気が弱そうな松本くんが反論する。
「ずるいよ…!僕も真ん中がいい!」
その言葉をきっかけにみんなが「私も!」「僕も!」と言う。
「しょうがねぇなぁ、じゃあジャンケン大会で決めようぜ!」
山本が意見を出す。それに対してみんなは異論がないようで、「いいね!」と同意する。
「あれ?かりんは真ん中じゃなくてもいいの?」
熱くなりながらも、山本が私に声をかけてくれる。
「いいよ、私は端っこで」
「そっか!」
本心だと気づいたのか、山本はそれ以上詮索してこなかった。周りがしっかり見えている。本当に凄いと思う。同い年だとは思えない。
そんな事を考えているうちに、白熱したジャンケン大会は終わり、松本くんが勝者となったようだ。
「やっ、やったー!」
「よかったな!」
喜ぶ松本くんと、それに満足そうな山本。これを見ていると、本当は真ん中なんてどうでもよかったんじゃないか?と思ってしまう。
外はすっかり暗くなり、電気も消えた部屋ではもう何も見えない。
そんな中、尿意が私を襲う。今日はずっと緊張していて一回もトイレに行けていない。
我慢は不可能だと判断し、トイレに向かって歩いていく。
よく耳を澄ますと、鼻をすする音が聞こえる。
誰かいるのかな?
そう思って私は音のなる方に近づく。
近づくにつれ、音が鮮明に聞こえてきた。
誰かが泣いている。
泣き声の聞こえる物置を覗き込んだ。
そこには山本がいた。
「え?」
しまった!声が出ちゃった!
案の定、山本は私に気付いた。
「わりぃ、今のは忘れてくれ…」
山本はそう言ってこの場を去ろうとする。
だが、私はそれを引き止める。
「ちょっと待って、話聞くよ?」
「なんでお前が?」
「だって朝言ってくれたじゃん、困った事があったら言ってくれ。って。私だけ聞いてもらうわけにはいかないよ」
山本は少し考える素振りを見せた後、語り始めた。
「俺はな、本当は辛いんだよ。母ちゃんと離れるの…」
私はハッとなった。山本も完璧じゃないんだと気付いた。私たちと同じ、普通の10歳だと。
「別れる時、父ちゃんに言われたんだ。みんなと仲良くしろ。ってな。だから頑張った。でもよ、俺だけが頑張るのって辛いんだよ!」
山本の気持ちを聞いて、私は思った事を言う。
「そっか…。ありがとう」
「ありがとう…?」
「うん!山本のおかげで私はこうやって立ち直れたし、みんなもそうだと思う。だから、ありがとう!」
絶対に「ごめん」とは言わない。あやまってしまったら、山本の頑張りを否定してしまうような気がするから…。
「だからもう大丈夫、山本のおかげでみんな元気になった!これからは山本だけに頼らない!みんなで支え合おう!ね?」
山本は驚いたような顔を見せたが、すぐに涙を拭って笑った。
「あぁ!よろしく!」
私は山本に手を伸ばし、山本はそれを掴む。
出会ってはじめての握手だ。
「と、まぁこれが1日目の話だよ」
「なるほど、なんか今と全然違いますね」
俺は思った事を素直に言う。
「そうね、それは私も思う。まぁ山本は1人でいろいろ背負い込んじゃう事は変わらないからね」
「そうですね」
俺は、1人で龍宮寺を追って行った山本さんの顔を思い返してそう呟く。