四月、花見2
「って、何ですか、これ」
取り敢えず、その場のノリに合わせて読み上げたは良いが、何だか後々になって恥ずかしくなってきて、俺は部長に問い掛ける。
そもそも、何故に宣誓?
「どの部活でも、始まる前には礼に始まり礼に終わるだろう?」
「何処の運動部ですか、ここは…」
「むむっ…細かい事を気にするなぁ、芽くんは。考えないんだよ、深い意味は」
…絶対、自分がやりたがっていただけだな。
これ以上追求すれば、絶対機嫌を損ねるだろうなぁ、と思い、そこで話を区切る。
部長も、早く部活を始めたいのか、随分とキラキラとした笑顔で椅子に腰掛けた。
「さて、では入学式も終えた事だし、早速、あそ部の活動を始めようじゃないか」
「でも先輩、あそ部って結局、何をするんですか?」
そもそも、ついこの間まで、唯々部室に集まって、各々自由な事をして過ごすくらいの事しかしていなかったというのに。
それが部の活動だとするのなら、益々意味が分からなくなるだろう。
「その名の通り、遊ぶんだ」
「いや、それ勧誘時聞きましたし…」
率直過ぎではないだろうか。
というか流石に、名前だけで遊ぶんだろうなぁっていうのはちゃんと分かります。
結局、何も考えていなかったのでは…?等と失礼な疑いの目を、部長に向ける。
すると、その視線の意図に気付いたらしい部長は、呆れたように肩を竦めると、復活したらしい美樹へと声を掛ける。
「では、美樹。4月と言えば、何を思い浮かべる?」
「え!?そ、そうですね…入学式とか…あ!あと、花見とか!」
「その通り」
「…え」
一体、花見の何がその通りなのだろう。
部長は何時も、突然過ぎて、意図が掴めない時がある。
だというのに本人は相手の事を、遠心力よろしく振り回しまくるので、付き合う側としては何時も大変だ。
全くもって、いい性格をしていると思う。
「という訳で、あそ部の最初の活動は、花見だ!」
「…えぇっ!?突拍子も無さすぎやしませんかね!?」
どうせまた、突拍子も無い事を言い出すにだろうと思っていた俺は、軽く溜息を吐いたが、啓太はそうではなかったらしい。
わざわざ前のめりに席から立ち上がり、旧校舎に響き渡るのではという程に大きな驚きの声を上げた。
「啓太、騒がしい。何も、今日一日で終わらせるつもりはないぞ。勿論、計画を建てるのもあそ部の活動の内さ」
「計画、ですか」
花見の計画…か。
自分は花見など、一度もした事が無い為、その言葉に眉を顰める。
花見の準備…とは、一体どういったものなのだろう。
「そうさ。場所は私が用意しよう。既に宛てはある」
その言葉に、苦笑を浮かべる。
流石、そこも部長と言えるだろう。
お金持ちな先輩にとって、プライベートなお庭等、幾つもあるのだろう。
では、場所は問題無しとして…
「先輩、俺、花見なんてした事ないっすよ」
先に声を上げたのは、啓太だった。
成る程。
どうやら啓太も、俺と同じで、そこまで行事には触れてこなかった様だ。
…それもそうだろうが。
「勿論、知っているとも。なーに、簡単さ。ここに、私が用意した項目がある。それを、それぞれで話し合って決めてくれ」
そう言いながら、椅子にだらしない体勢で寝転がる部長。
俺はその言葉に目を瞬かせると、首を傾げた。
「え、先輩は?」
「私に任せたら、全てをプロの方に一任してしまうぞ〜、良いのか〜?」
寧ろそっちの方が良いです。
…とは言わせてくれないのがこの部長。
恐らく、それでは、あそ部の活動にならない!と怒って、本日一日中、決まるまで部室に縛り付けられるだろう。
冗談抜きで、本当に。
「えーっと、何々?」
差し出されたメモを手に取り、美樹は声に出して読み上げる。
服装。
場所取り。
飲食物。
道具。
ーーーこ れ だ け か。
「先輩、これ…」
少し、疲れた様な声色で、美樹が呟く。
いや、こんなメモを見せられれば、気持ちは分かる。
「ふむ、言うなれば、自分達で調べろ、という私からの課題だな」
なら最初からそう言ってくれ!!
既に何かしら決めてくれているのかって、ちょっと期待しちゃったじゃないか!
「決めた物は全て、私が用意しよう。花見をする日は、そうだな…今日、四月九日から一週間後、四月十六日でどうだろう」
「一週間後!?短いですよ!!」
思わずと言った風に、美樹が驚きの声を上げる。
そもそも、準備する方も準備する方だ。
絶対難しいに決まっている。
「ギリギリだよ。桜はそこ付近になれば一気に散り始める。君達も、綺麗な青葉で花見をしたくはないだろう?」
その言葉に、グッと押し黙る。
花見が楽しみではないのか、と問われれば、それは違うと答えるだろう。
何しろ、人生初めての花見なのだ。
楽しい行事と言われて、心が踊らない訳が無かった。
「では、後は任せたぞ。お休み」
「お休みって…!」
文句を投げ掛けようとした時には、既に寝息を立てていた國本部長。
彼女は何時もそうだ…
周りを巻き込み、やりたい事だけやって、満足するまで暴走が止まらない。
基本的にその犠牲者は、先程の堀田先輩と、俺達あそ部なのだが…
俺は大きく溜息を吐くと、懸命にメモとにらめっこしている美樹と啓太を振り返った。
一体何をどう準備すればいいのか、未経験者なりに考えているのだろう。
そして、まだ状況が理解出来ていないのだろうか。
その二人とメモとを交互に見遣っていた凛花へと歩み寄る。
「えーっと…凛花、だっけ?急にごめんね。付き合い長いから、分かってるかもだけど、國本先輩ってあんな感じだから、気を悪くしないで貰えると嬉しい…」
なんて、部長を何とか擁護しようと、笑顔で言葉を選びながら語り掛ける。
此方に気付いたらしい彼女は、不思議そうに振り向き、首を傾げた。
流石に、部活に入ってすぐに無理難題をぶつけられ、初対面の先輩達の輪に取り残され、彼女も心細いのではないだろうか。
そう思い、励ましのつもりで、彼女の肩に手を置こうとした時だった。
辺りに、短く、甲高い音が響き渡る。
それに驚いた様に目を見開き、此方を見つめている美樹と啓太。
俺もまた、突然の事に、何が起こったのか分からず、そのままの状態で固まる。
視線だけ凛花の方へと向けると、思い切り後ろに振り払われた手が見えた。
…え。
俺の手、振り払われた?
「…汚い手で触らないでくれるかしら、先輩」
「…え」
コツコツと、ローファーの音を鳴らしながら、近くにあった棚へと腰掛ける凛花。
俺達は、そんな凛花の行動を、何も言えず見守っていた。
「何を呆けているのよ、阿呆ね。そんな暇があったら、さっさとお姉様の課題をクリアする気概くらい見せたら?鈍間な愚民共」
「…え、誰」
自然と言葉を漏らした啓太の気持ちが、分からない訳が無い。
叩き落とされたらしい俺の手の平は、今更になってジクジクと、鈍い痛みを訴えかけてきていた。