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あそ部  作者: フォー
第一章 四月、出会いの季節
1/3

四月、入学式




平平で凡々で凡庸な日々を繰り返す日常。

そんな在り来たりのこの世界は、もうすぐ滅亡する。

それが国から発表されたのも、至って普通のある日の事。

間も無く、漏れ無く、例外無く。

この世界は”一年後”に滅びると。


ーーー宣誓、


我々、”あそ部”の部員、五名は、

この世界が終末を迎えるその日その時まで、

全力で遊び抜く事を、


誓います。




ーーーーーー




四月。

やっと桜が芽吹き始めるかという、真冬の寒さから抜け出した今日この頃。

春休みを終え、入学式も無事乗り越えた俺達は、登校初日を迎えていた。


新しいクラスに、新しい担任、そして極め付けは可愛らしい新入生…

なんて騒ぐものなのだろうが、家で延々と読書をし続けていたい自分にとって、正直そんなものはどうでもいい。


春休みの間に買い漁ってしまった本を早く消化してしまいたい。

そんな事を考えながら、一人、憂鬱な気分のまま歩みを進める。


そんな俺、“須崎(すざき) (めぐむ)”は、あまり人と関わらない寡黙な人間であるのだが、我が校内では、図書館の主として有名であった。




『公立神ノ咲高等学校』とは、俺の通う高等学校の名称である。

まぁまぁ偏差値も高く、進学校でもあるこの高校は、程良い知名度を保っている。


高校を決めたキッカケは、家から近いから、というもの。

決して、他の生徒の様に、向上心が高いとか、そういったものではない。

あともう一点挙げるとするならば、制服のデザインである。

白を基調とした物となっているのだが、何気にデザインが良い為に、それなりに気に入っている。


なので薄情な奴だと思われるかもしれないが、特にこの高校に思い入れは無い。

…いや、ここに入ったからこそ、出逢えた人間達も、いるにはいるのだが。


「めぐちゃーん、おはよー!!」


そして早速、後ろから、出逢った人間達の一人である女生徒の声が聞こえてくる。

春休みが明け、久々に会うのだが、どうやら元気の代名詞とも取れる彼女には、春休み明けだろうがなんだろうが、関係がないらしい。

俺はやれやれ…と溜息を吐きながら、彼女を振り返った。


「おはよう、美樹…そろそろ、めぐちゃんは止めにしないか?」


続く俺の言葉に、後ろから追い付いてきた彼女は、不思議そうに首を傾げる。

だが彼女は、俺の言葉にハッとすると、その長いポニーテールを揺らしながら、此方に勢い良く指を差してきた。


「めぐちゃんはめぐちゃん!小さな頃から大きくなるこの頃まで見守って来た私にとって、めぐちゃんはめぐちゃんでめぐちゃんなのです!」


「俺が悪かった。もうめぐちゃんを連発するのは止めてくれ…」


最早めぐちゃんのゲシュタルト崩壊が起きていて、何がどうして俺がめぐちゃんなのか分からない。

だが、自信ありげに答え終えた彼女を見る限り、最善の答えだったのだろう。

諦めるしかない。


…何が悲しくて、今年から高校二年生となる大の男子高校生が、めぐちゃん、などと女の子の様な名前で呼ばれなければいけないのだろうか。

それが許せるのは、長い付き合いというのも関係あるからかもしれない。


先程彼女が述べた、小さな頃から大きくなるこの頃まで、というのは、間違いではない。

この女生徒は、”神代(かみしろ) 美樹(みき)”という、俺の小さな頃からの幼馴染みなのである。


出会いは、近所の公園。

まだ純粋で、外を走り回っていた頃の自分が、彼女に声を掛けたのがキッカケである。

それ以降は、毎日の様に遊び、予想外にも家が近所だった為に、小学校からこの高校生まで変わり無く、ずっと一緒に育ってきたのである。


「も〜…めぐちゃんは恥ずかしがり屋さんなんだから」


「そういう問題じゃないんだよ…」


やれやれ、と肩を竦める美樹。

今現在肩を竦めたいのは俺の方である。


そうこう揉めながらも、学校に着き、俺達は同じ教室に入り、それぞれの席に着席する。

運が良いと言えるのか、言えないのか。

友人の少ない自分は、去年と同じく、美樹と同じクラスだ。

お陰で、クラスの中で寂しい雰囲気で佇まないで済む…訳もなく。


美樹は女子、俺は男子。

クラスの友人、となると、勿論女子の方へ行く。

しかも、美樹はああ見えてかなりの人気者。

容姿が可愛らしい、という事もあり、男子生徒からもモテモテで、教室に入ると俺の入る隙が無い。


…ならぼっちではないのかというツッコミはしないで欲しい。

本を読む時間が取れるのだ、文句は無い。



春休み明けの提出物をリュックサックから取り出す。

そして、さて、持ってきた本でも読もうかとページを開き掛けた瞬間、本との間に、一本のペットボトルが差し出された。

驚きのあまり硬直していたが、俺は苛立ちを露わにした表情のまま、顔を上げる。


そこにいたのは、鋭い目付きの、明らかに見ただけで不良然とした男子生徒。

その口は、ニヤリとでも効果音が付きそうな角度に吊り上っている。


「お前…」


「よう、随分と退屈そうな顔してるじゃねぇか。少し付き合えよ」


挑発を掛けてくる彼に、俺は軽く溜息を吐きながら、本を閉じる

そして、不機嫌な調子を隠す事なく、俺は言い放った。


「…断る」


「…やれやれ」


俺の言葉に、彼は溜息を吐く。

それから、そのペットボトルを軽く引いたかと思うとそのまま俺の頰にグリグリと押し付けてきた。


「お前は、本当に昔っからさぁ…」


「…」


「本と親友!どっちが大事なのか言ってみろ!この薄情者っ!!」


「面倒くさい彼女か」


俺の言葉に、酷くショックを受けた様な様子で固まる彼。

おっと、いけないいけない。

心の内に秘めておこうと思っていた言葉がつい口を突いて出てきてしまった。

悪気は無いんだ、ホントダヨ。


「くそ〜!この本の虫め!読書家!勤勉!図書館の主!!」


「ありがとう」


「どういたしまして!!」


貶す言葉が一つも暴言になっていない所が、彼らしい所である。

彼の名は、”大葉(おおば) 啓太(けいた)”。

実は彼もまた、俺と美樹の幼馴染みの一人である。

といっても、出会いは美樹より遅く、中学生からの付き合いだ。


性格は非常に親切で優しく、とても面白い奴。

しかし、体型は普通なのだが、見た目が恐ろしく不良っぽい為に、初めて会う人間にはよく怖がられている可哀想な奴である。

実際はとてもいい奴なのに、友達になれない奴は損な事をしているものだ。

まぁ、不良っぽい見た目に沿って、喧嘩が強いのは確かなので、その辺りだけ聞いた一般人からすれば、単なる不良にしか見えないのは仕方のない事なのだろうが。


「あ、そうそう、芽。これ。前のお返しな」


「ん」


そう言って手渡されたのは、先程、俺と本との時間を台無しにしてくれたペットボトル。

中は俺が大好きな甘くて白いジュース、カウピスに満たされている。


…そういえば前、勉強会のお礼で奢ると言われていたんだったか。

完全に忘れていた。


「流石。啓太、分かってるな。俺が乳酸菌好きって」


「その言い方だとカウピスじゃなくて菌が好きみたいになってるな。このお子様舌め」


「失礼な。全く、甘くて美味しいお菓子の素晴らしさを理解出来ないのが大人舌だっていうなら、中々に損をしてるよ。お菓子をすぐに買って食べられる今の時代に感謝しろ。そもそも、お菓子っていう存在が、昔の日本にはある意味無かったんだ。縄文時代、穀類等を固めて焼いたクッキーが食べられていたっていうけど、お菓子というお菓子が輸入され始めたのは明治維新によって鎖国令が解かれた後からで」


「ストップストップ。やめーい!」


突然の制止の声に、俺は目を瞬かせる。

何だ急に。

俺はまだまだ、お菓子の成り立ちから語る予定だというのに。


「お前が甘い物が大好きという事は、大変よく身に染みて分かった」


「一体何が分かったっていうんだ。今のでまだ1パーセントにも満たないぞ」


「今ので1パーセントに満たないのか!?」


一体何時間聞かせるつもりだったんだ…と、若干引き気味な啓太。

前にも似たような経験があったからか、苦虫でも噛み潰した表情とは、正にこの事を言うのだろう。

あれは申し訳ない事をした…


「お前なぁ…好きな事に関して、すぐに歴史とかかから語り始める所、先輩にそっくりだって言われるんだぞ…?」


「えっ、嘘っ。それは…嫌だな…」


今は三年の教室で大人しくしている…のだろうか。

共通の親しい先輩の姿を想像して、お互い苦笑を浮かべる。


「くしゅんっ」


そんな先輩が、自身の教室の片隅で、小さなくしゃみをしているだなんて、知りもしないまま。




ーーーーーー




世界が滅亡すると放送されたのは、三月の終わり頃。

正しく”つい最近”の事である。


世界は徐々に徐々に、消えている。

勿論、現在進行形で。

海洋のど真ん中から、まるで星の粒子の様なモノを撒き散らしながら、世界は少しずつ、白に染まっていっているのだ。


その白の先は、誰も知らない未知の世界。

無謀にも、蛮勇を振り翳し、その先へ足を踏み入れた者達もいたらしいが、その人達が帰ってくる事は無かった。


音も色も何も感じない、感じ取れないその光の先には、本当は、自分達が住んでいた世界が広がっているのではないか、との噂も広がっていった。

…まぁそんな事、確認しに行く者はもういないだろうが。


発生源である白は日が立つに連れ、各所で発見されるようになる。

とある有名らしい研究所の発表によると、次第に広がりつつある白が、世界を覆い尽くすまでの期間は…”一年間”。


勿論、そのニュースが流れた当時は皆、発狂した。

泣き叫び、怒鳴り散らし、笑い哮り、そうして最後に、この世界のみんなが選んだモノはーーー


“変わらない日常”だった。


唯一の救いといえば、その白の広がりが、人が多くいる都心等から始まらなかったという事である。

皆は最後まで自分の人生を生き、最後までこの社会の中で生きていくと決めたのだ。


だからこれは、俺にとって、俺達にとって、”最後の一年間”。

俺達が残りの青春を掛けて、精一杯、力一杯に謳歌し、謳歌させていく小さな部活の話。




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