ぼくのトラブル・ベジタブル
スーパーまる屋の駐車場は空いていた。夕飯のための買い物客が帰って、混む時間が過ぎたんだ。止まっている車は三台だけで、歩いているのは小学六年のぼくだけだった。
ぼくはスーパーで買い物を終えて、夕暮れの駐車場から道に向かっていた。
晩ごはんの支度をするお母さんに、
『あっ、ピーマン買ってくるの忘れちゃった! ケン、まる屋でピーマン買ってきて』
と言われたのだ。宿題をしないでゲームをしていたぼくが、断れるはずなかった。
…ぼくの嫌いなピーマン……。
野菜は基本的に、どれも好きじゃない。特にピーマンとかセロリとかパセリとか、大嫌いだ。
ぼくは肉が好きなんだ! 草食系男子になんて、なるものか!
まる屋のロゴのエコバッグを手に、心の中で叫んだ時だった。
「そいつを渡してもらおうか」
いきなり若い男が、ぼくの前に立ちふさがった。雰囲気は、頼れるイケメンのアニキって感じだ。
アニキが「渡せ」と手で示すエコバッグには、たいしたものは入ってない。袋詰めの五個入りピーマンと、百円もないおつりの入った財布。それから、うちで飼っているウサギのミミのために、タダでもらったキャベツの外側の葉っぱ三枚だけだ。
ぼくは野菜が嫌いだから、ピーマンなんか喜んで渡したいけど……。変な人からは、ダッシュで逃げればいいんだっけ? 大声を出す?
とまどっていると、アニキは腰のケースからサッと何かを引き抜いた。
まさかナイフ!? 拳銃!?
固まるぼくに、アニキは握った蓮根の…あの食べる蓮根の切り口を向けたのだった。
「…あの…お兄さん……?」
ビビったぼくがバカみたいだ!
心で憤りながらも、ぼくは紳士的に平和的に、振る舞おうとした。残念なアニキに対して、とりあえず笑顔で話そうとした。
その時。
アニキは蓮根の切り口を、ぼくの足元にそらして、ニヤリと笑った。
ビシュッ! 蓮根の穴の一つから、赤いビームが飛び出した。
「う、うそ……?」
赤い光は一瞬で消えた。でも、駐車場のアスファルトに開いた焼け焦げた穴は、ぼくのスニーカーから十センチの所にあった。
ぼくは、よろけるように一歩、下がった。
蓮根ビーム…蓮根には穴がいっぱいある……。もし、全部の穴から同時にビームが出たら……?
やっぱり野菜なんか嫌いだ!
「おまえが買ったピーマン、よこしな」
アニキが近づいてきた。
渡すしかないけど、蓮根ガンマンの変なアニキにピーマンを脅し取られたなんて、お母さんは絶対、信じてくれない。
『小六にもなって、おつかいもできないの』
ため息まじりに言うお母さんの姿が、簡単に想像できる。ああ、ぼくのプライドはズタズタだ。
手に持つバッグをちらりと見ると、ミミのキャベツが三枚とも金色に光っていた。ぼくはとっさに、一枚のキャベツをアニキに投げつけた。
「うわっ」
アニキは、シーツみたいに大きく広がったキャベツにグルグル巻きにされて、ひっくりかえった。
その横を駆け抜けながら、ぼくは光っているキャベツを、もう一枚、手に取った。
二枚目のキャベツは大きく広がると、ボクを乗せて空中に浮かんだ。
「うああああああっ!」
魔法の絨毯みたいなキャベツは、すごいスピードで空を飛んだ。歩くと十分くらいのぼくの家まで、ジェットコースター一回分で着いたのだった……。
家の庭に降りた時、ぼくは、へろへろだった。だけど休む暇はなかった。
夕暮れの空を何かが横切った。それは上空を音もなく旋回して、ぼくのいる庭の上まで戻ってきた。
宙に浮く大きいナスに、バイクみたいにまたがったアニキだ。
ボクを見つけたアニキは、ホバー・ナスから両手を離した。その両手に、腰のケースから出した蓮根を持つ。そして、二本の蓮根の全部の穴から、赤いビームを発射したのだ。
「助けて!」
うずくまって叫ぶのと同時に、最後のキャベツの光がエコバッグから溢れた。
金色のキャベツは、空に昇る流星群に変わった。キャベツの千切りの光と、降り注ぐ赤いビームの雨がぶつかりあう。
まぶしくて目をつぶると、バチバチッ、パシュパシューンって音が勢いよく続いて……ようやく、おさまった……。
「あら、おかえりなさい、ケン。なんだか騒がしいと思ったら、帰っていたのね。ピーマンは買えた?」
お母さんの声に、ぼくはハッとして顔を上げた。玄関ドアの側のお母さんは、今の光や音に、びっくりしている顔だった。晩ごはんの支度の途中で飛び出してきたらしい。エプロン姿で、手に包丁を持ったままだった。
するとエコバッグが、また輝き出した。ピーマンの一つが、透明なビニール袋の中で光っていた。むずむず動いて出たがっている。
ぼくは黄色いテープを取って、ビニール袋の口を広げた。
ふわりと浮かんだ光るピーマンは、迷わずにお母さんを目指した。そして、お母さんが持つ包丁の先端に触れると、温かい光で、うちの庭を白く染めたのだった……。
光が消えた時、お母さんの前には、長い金髪で白いドレスを着た、綺麗なお姉さんが立っていた。
「私はベジタブル・ランドの姫です。悪い魔法使いによってピーマンに封印され、この世界に飛ばされて、困っていました」
ピーマンから現れたお姉さんは、お母さんに対して、西洋のお姫さま式のお辞儀をした。
「伝説の勇者シュフ、助けてくださったことを、深く感謝します。どうもありがとうございます」
お姫さまの笑顔には、お母さんに対する感謝と尊敬しかなかった。
「なにそれ、あんまりだ……」
酷い目にあったのは、ぼくなのに。報われない苦労に、ぼくは立つことも忘れて呟いた。
「姫さま救出の褒美は無しか。お互い、骨折り損だな」
アニキが言いながら、猫をつかむように、ぼくの襟をつかんで立たせた。
「元はと言えば、あんたのせいじゃないかぁ!」
「オレは賞金稼ぎなんだから、獲物を追いかけるのは当然だろう」
ぼくがポカポカ叩いても、アニキは笑うだけで、びくともしなかった。
「それでは国へ帰りましょう。国を乱す魔法使いを、封じなければなりません」
お母さんと何か話していたお姫さまは、真剣な顔でアニキを促した。
アニキは、ぼくの頭をくしゃくしゃと撫でると、お姫さまを庭のホバー・ナスに案内した。
ホバー・ナスに乗った二人は空に浮かび、お母さんとぼくが見守る中、光に包まれて消えていった。
自分達の世界に戻ってからも、まだ大変ってことか……。
「さあ、ご飯の支度をしなくちゃ」
お母さんは隣に来て、ぼくの肩を抱いて笑った。
こういう適応力が、勇者の器なのかな。それにしても、勇者主婦って……。
ぼくも笑って頷いた。
「うん。おなかすいた」
あのアニキなら、きっと大丈夫だ。
野菜嫌いのぼくなのに、晩ごはんのピーマンの肉詰めは、なぜかおいしかった。
しばらくして、お姫さま救出の褒美として、アニキが、たっぷりの野菜を運んできた。
ベジタブル・ランドは、野菜の精霊の住む異世界らしい。
これから度々、お姫さまから新鮮な野菜が届くことに、お母さんは大喜びだ。
野菜の山から目を背けるぼくを見て、アニキはニヤニヤ笑っていた。
やっぱり野菜は嫌いだ……。
(おわり)