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君死に  作者: 木口 困
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高峯 咲花の場合 1

大志摩(おおしま) (なお)との関係は、高峯(たかみね) 咲花(さな)にとってはアイコンのようなものだった。

高校での咲花は自他共に認める美少女で、明るい性格と親しみやすさで男女共に人気があった。

しかしそれは後天的なもので、小学校の頃は遠慮がちな性格のせいで、男子からよくからかわれ、いつも気が強い女子の陰に隠れ、庇護してもらっていた。

それが激変したのは中学に上がってからだった。

今まで何かと咲花にイタズラをしてきた男子達が、急に親しげになったり、そわそわと呼び出してきては二人きりになりたがったりし始めたのだ。

原因が思い当たらなかった咲花は気持ち悪いとしか思えなかったが、仲の良い女子から「それは咲花を狙ってるってことだよ、下心的な意味で」と教えられ、より一層の嫌悪感を抱いた。

しかしいつまでも誰かの陰に隠れてやり過ごせるほど、中学生活は甘くなかった。

自己防衛方法を見つけなければ女子からは鬱陶しがられ、男子からは強引に迫ればいけると思われ、いい鴨にされてしまう。

危機感を覚えて身につけたのが、男女共に笑顔で明るく話せて、何かあってもそつなくあしらえる、そんなキャラクターだった。咲花の憧れる芸能人を真似てみたのだが、思いの外上手く馴染んだ。

咲花がもともと華やかな外見だったせいもあると思うが、徐々に明るさを発揮していく彼女を、周りは難なく受け入れてくれた。

そんな咲花だったが、小中学校で培われた男子生徒に対する嫌悪感と不信感は根深く残り、高校2年の夏を迎えても彼氏を作ろうという気も起きなかった。


「咲花さぁ、怖がってないで試しに誰かと付き合ってみなよー。価値観変わるよー?」

「せっかく可愛いのに勿体ないってぇ。今だけだかんねぇ、そんな風にツンツンしてて許されんのぉ」

「別にツンツンしてないし」

「じゃあさ、ちょっと会ってほしい人が居んだけど。ジュンくんのトモダチが紹介してくれって言ってるみたいでぇ」

「いいじゃん咲花、あたしらも間入ってあげるからー。とりま、みんなでカラオケデートねー」


しまった、と思った。

所属するグループの中で、自分だけが彼氏ナシという状況になったことを、最近知ったばかりだった。それまでは愛想と付き合いの良さから、フリーでもある程度グループ内で尊重されていた。

しかし今は違う。彼氏が居ないことでグループ内で見下されがちなことも、それが原因で自分が2軍落ちしかけていることも、ひしひしと感じていた。

学校内には目に見えないカーストがあり、咲花のように目立つ生徒は1軍、可もなく不可もなくな2軍、地味で華のない3軍に別れていた。

転落が始まったらあっという間だ。

見下され始めたのが原因で、無視やいじめに発展し、下手をすれば3軍落ちしてしまうかもしれない。

咲花は想像しただけでゾッとした。

そんな状態になれば、学校で生きていけない。

愛想を良くして少しでも心象良く保たなければならない為、ここではっきり断るわけにはいかない。しかし彼氏もほしくない。

咲花は腹を括って、苦しいながらも言い訳をした。


「実はさ、好きな人が居るの。まだ告ってないけど、ずっと狙ってるんだよね」

「えー、誰よー?はーつーみーみー」

「水くさいじゃん、そういうのもっと早く言ってよねぇ」


友人達は楽しそうに咲花をつついてくる。

ここで下手な相手を口には出来ないと密かに緊張しながら、話題性抜群で彼女達も納得しそうな男子の名前を出した。


「あのね、大志摩猶が、気になってるんだ」


1学期の途中から隣のクラスに編入してきた転校生、大志摩猶。

背はそこそこ高く痩せ型。優しげな顔立ちと話し方で、誰に対しても対応が丁寧だという。足が速いらしく、陸上部に所属したそうだが、短距離走でエースの自己ベストを抜く記録を打ち立てたとか。はっきりとイケメンな部類の男子生徒だ。

咲花の幼なじみと仲が良いらしく、時々一緒に登下校している姿を見たことがあった。

その為隣のクラスの生徒だが、全く知らない仲ではない。出くわすと幼なじみが声を掛けてくるので、間接的に猶とも会話をしていた。


「え、マジでぇ?咲花ミーハー」

「うっそ、意外!ウケるー」

「でしょ?ウケるよね」


自分のことなのに他人事のように、ウケるわーと同調しながら、咲花は友人達の食いつきに安堵した。

これで彼氏候補を押し付けられなくて済む。

デートに参加しても、無理やり付き合う羽目にはならないだろう。


「ねぇ、告っちゃいなよー。咲花なら絶対大丈夫だしー」

「もったいないよぉ、早く言って楽になっちゃいなぁ?」


無責任に囃し立てられ、これは面倒なことになったと再び冷や汗が流れた。

彼氏なんかほしくないのだ。

付き合うとなったら当然、一緒に遊ぶだけでは済まされず、不純な交遊も求められたりするだろう。

咲花はそうなった場合、絶対に相手を嫌悪して逃げ回る自信がある。

しかしこの雰囲気は、告白することにしなければ収まらないような、やけに熱心な空気だった。

空気なら、読まなければならない。

空気が読めない、場の空気を悪くする、などということは学校生活を穏便に送る為には、あってはならないことだった。


「えー、じゃあ言ってみよっかなぁ」

「超がんばってー」

「結果すぐラインしてねぇ」


やっと納得した友人達が離れていく。

りょ、と手を振り、顔では明るく笑いながらも、心はどんよりと沈む咲花だった。

しかし結果的に、この時の判断は間違っていなかった。


気乗りはしないが、早いところ告白しなければ友人達にせっつかれると思い、咲花は幼なじみを通して猶を呼び出した。

どの教室に行くのも遠回りになりがちなことから、あまり人が通らない西棟の端にある階段、その3階の踊り場で待つこと数分。

突然の誘いにも嫌な顔1つせず、猶は呼び出しに応じてくれ、告白にはあっさりと「いいよ」と了承をしてきた。


「じゃあ今日から晴れてカレカノってことで、よろしくね」

「うん、よろしく」

「なんて呼べばいい?」

「好きに呼んでいいよ、特にこだわりはないから」

「じゃあ、ナオくんで。あたしのことも好きに呼んで」

「なら咲花ちゃんって呼ぶよ」


猶は穏やかに微笑み、互いの連絡先を交換すると「部活があるから」と、その日はさっさと引いていった。

本当に付き合う気になったのか、首を傾げたくなるほど素っ気ない立ち去り方だった。


それからというもの、咲花の地位は回復された。

2人が付き合うようになると、その話題は瞬く間に全校へ広がり、理想の美男美少女カップルとして羨望と憧れの目を向けられることとなった。

猶は終始穏やかで、何かを強要してくることもなかった。

咲花の生活や内面に踏み込んでくるようなことはなく、時々一緒に下校したり、定期的にデートをしたり、咲花のグループの集団デートの呼び出しに応じて現れ、彼氏としてそつなく振る舞ったりしていた。

それはまるで、淡々と彼氏の義務を果たしているだけのようにも感じられた。

しかし咲花にとっては、そんな猶の態度は有難いばかりだった。

過剰に接触してこようともせず、男子特有の欲みたいなものを一切感じさせない。

馴れ馴れしい態度をとってくることはないが、咲花を放置してないがしろにしているわけでもなく、1人の人として尊重して扱ってくれいてるような、彼の隣にいることを居心地よく感じる何かがあった。

軽薄なイケメンではなく、誠実なタイプかとも考えたが、そんな一言では言い表せない、どこか陰のあるミステリアスな雰囲気もあり、奥深い。人気が高いのも頷けると思った。

付き合いが夏休みを挟んで3ヶ月目に突入した時、咲花ははたと気付いた。

猶が迫ってこないので、信じられないほど清い関係を維持していたのだが、考えてみればキスすらもまだであると。

それは年頃の男女が付き合うとなったにしては、随分気長で有り得ない現象だった。いかに草食だったとしても、手を出して良い対象が目の前にいて、何もしてこないことなどあるのだろうか。

まして咲花は美少女である。今までも何度か告白は受けてきたので、自分がそれなりにモテる自覚はあった。

にもかかわらず、猶は何もしてこない。

彼は咲花のことが好きではないのだろうか。

では、一体何故付き合ってくれているのか。

不思議に思い訊ねると、回答はすぐにあった。


「だって咲花ちゃんは、ぼくにそういうこと求めてないでしょ」

「どうしてそう思うの?」

「咲花ちゃんは男という存在そのものを信用してない。だけど彼氏というアクセサリーは欲しい。だからぼくに声を掛けてきたんでしょ?」


ギクリとした。それは全くその通りで、言い逃れのしようのない図星を指されたからだ。

迂闊なことを聞いてしまった、と後悔したが、こんなことで猶のような便利な存在を失うわけにはいかない為、慌てて言い繕った。


「確かに、他の男子は信用できないけど、ナオくんは別だよ!ナオくんは何か違うなって思ってたの、ずっと。だからね、あたし、ナオくんなら、キスも出来ると思うのっ」


なんてことを口走ってしまったのかと、自分で言った台詞にかえってパニックになった。

これではまるで、そういう真似をしてほしいと相手にねだっているみたいではないか。

しかも2人きりで歩いているとはいえ、ここは屋外。今は下校途中なのだ。

近くに誰も居ないか見回し、駅に向かう道遥か前方に何人か人影を確認できただけで、幸い2人の会話が聞こえる距離には誰もいなかった。

羞恥で涙目になる咲花に、猶は優しく微笑んで頭を撫でてくれた。


「大丈夫だよ。こんなことで別れたりしないから。いつまで居られるか解らないけど、ここに居られる内はこの関係を続けるよ」


咲花は安堵すると同時に一抹の不安を覚えた。

それではまるで、猶はどこかへ行ってしまうみたいではないか。

万が一彼が居なくなってしまったら、咲花はその後どうしたらいいのだろうか。


それから猶は咲花との約束を守って、在学中は理想の彼氏で居続けてくれた。

非の打ち所のない、自慢の交際相手。

誰もが羨む完璧なカップルというアイコンを、学校内における最大限の安心材料を、咲花は手に入れたのだった。


しかしその関係は唐突に終わりを告げた。

猶が通学途中に交通事故に遭い、帰らぬ人となったからだ。

2学期半ば、文化祭を目前に控えた10月のことだった。


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