207.
大半の見習い騎士たちが脱落し静かになったサバイバル演習の舞台の森。
その森を見下ろせる高い崖の上で、おかっぱの少年が髪をかき上げていた。
「ふっ、みんな忘れてないかい? 東の宿舎の天才、このリジルのことを」
その横では、同じく長髪の少年が髪をかき上げた。
「そして同じく東の宿舎ナンバーワンの美形優秀有能見習い騎士ルーカのことを」
二人は森の中で罠に倒れ、判定役の騎士たちに運ばれる少年たちを見下した瞳で見つめる。
ルーカが肩をすくめながら口を開いた。
「やれやれ、情けないやつらだよ。騎士のくせに罠なんかで脱落するとは」
「ははははは、仕方ないさ。僕たちと違って彼らは凡人なんだから」
そういう彼らの髪は、いつもと違い土に塗れて若干くすんでいた。よくみると腕や顔に擦り傷もある。
やっぱり少しフィーの罠に苦労させられたらしい。
ルーカはキザな動作で、木剣を中空で一閃する。
「でもそろそろ、このおイタをした悪い子ちゃんにお仕置きをしてあげないとだね」
リジルもその言葉に頷いた。
「そうだね。僕も東北剣技試合のリベンジをさせてもらうよ」
***
それから数分後、フィーとゴルムス、ルーカとリジルは森の中で邂逅した。
フィーは驚いた表情をするわけでもなくつぶやく。
「あ、やっぱり生き残ってた……」
それにルーカがキザな動作で答えた。
「もちろんだよ。がんばって仕掛けたらしいけど、罠ごときで僕は倒せないのさ」
フィーはルーカの姿を見て、ため息をつく。
「まあ予想はしてたけどね」
フィーはそう言いながら、そのまま体を翻した。ゴルムスも同じ動作をして走り出す。
二人は別々の方向に逃げていく。
「おや、逃げる気かい? まあ確かに、ゴルムスはともかく君では僕たち相手には分が悪いだろうけど」
「どうする、ルーカ?」
「僕はあっちの悪い子ちゃんを追うよ」
そういうとルーカはフィーが逃げていった方向を指でさした。
「それなら僕も遠慮なく、あいつにリベンジさせてもらうよ」
リジルがゴルムスが逃げた方向へ走っていくのを確認してから、ルーカもフィーの逃げた方へと走り出す。
走り出してすぐ、フィーの背中が見えた。
「ふふふ、僕は東の宿舎で三番目に長距離走が早いんだ。逃げられないよ」
それを聞くと、フィーはその場で足を止めた。
ルーカは少し驚いた表情をする。
「おや、諦めるのかい。まあ懸命な判断かもしれないね。こうなってしまった以上、潔く僕に負けてしまった方がみっともない姿を晒さずに済むというものさ。君の狙いはわかっていたよ。クーイヌと僕たちを同士討ちさせて消耗したところで戦おうという三段だったんだろう。でも、そんな策略にのせられるような僕たちではないよ? 僕は実力だけじゃなく、頭脳まで兼ね備えた優秀な騎士だからね!」
ルーカは木剣を抜いた。
「東北対抗剣技試合のときのように油断はしないよ。華麗に僕が君を倒してあげよう」
そんなルーカの一人舞台を、フィーはなんともいえない表情で眺めていた。
その表情は、無表情に近いようでいて、じーっと細められたその瞳はルーカのことを少し疑うような表情だった。
「なんだい? その表情は? せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」
「いや……なんていうか、ここまで狙い通りに行動されると……少しいいのかなって思っちゃうような」
「狙い通り? ふふふ、強がりかな?」
フィーの言葉にルーカはまた髪をかき上げる。自分の勝利を信じて疑わない表情だった。
「う〜ん、そこでも大丈夫だけど、どうせならもう少し右に移動してくれる?」
そんなルーカに、フィーはよくわからない頼み事をした。
「ふむ、こっちかい?」
頼みごとの意味が理解できないながらも、ルーカはその言葉に応じて右に移動する。
「ちがうちがう。僕から見て右だよ」
「ああ、左ね」
ルーカはフィーの言葉に応じて、右に移動した分も含めて左に移動する。
「それで、これはどういうお願い事だい?」
「うん、そこがベストだと思う」
ルーカの立ち位置を見て、フィーは顎に手をあてると何か納得した表情で頷く。
そんなフィーの手のひらに、スルスルと紐が一本落ちてきた。
「なんだい? その紐は?」
「うん、ルーカバスター発動」
フィーが紐を引っ張るとガコンと何か重い音がした。
「へっ……?」
次の瞬間、ルーカの周囲が一気に暗くなる。
なぜか、ルーカの周囲の光が塞がれたからだ。なぜ塞がれたのか、ルーカの目には見えていた。
横から、斜めから、上から、全方位360°から自分に襲いかかってくる無数の罠の姿が。
ルーカバスターとは何なのか。命名者であり発案者のフィーのインタビューを載せるとこういうことである。
『えっと、だって、こういうたくさんの罠を仕掛けたらルーカより実力が上の人は気づいちゃうでしょ? でもルーカより実力が下の人ならもっと簡単な罠で倒せる。だからこの罠はルーカ専用にしか使えないんだよね』
ルーカを倒すためだけに作られたハンマーやら、縄やら、投網やら、木の矢というありったけの仕掛けが、罠の中心にいるルーカにむかって襲い掛かる。
優秀で有能な彼にそれをくぐり抜けられる技能はあるのだろうか。
「ギャァあああああああああああああああ!」
なかった。
無数の罠の洗礼を受けボロボロになって倒れたルーカを見てフィーは頷いた。
「よし」
***
一方、フィーとルーカの戦闘(?)が行われた森の反対側では、リジルが真剣な表情で木剣を構えてゴルムスと向き合っていた。
「思い出すね、あのときの試合を?」
「そうかい?」
リジルの言葉に、ゴルムスは気のない返事で応じる。
「あの試合で僕が君に不覚を取ったのは事実だよ。でもあの経験を乗り越えて、天才の僕はさらに強くなった」
リジルは木剣を振りかぶり、ゴルムスへとうちこむ。
受け止めたゴルムスの木剣とぶつかり、森に高い音が響く。
確かにリジルの打ち込みは、あのときより鋭さを増していた。
「油断していると、今度は君が恥をかくことになるよ?」
鍔迫り合いをする二人の木剣がギシギシと音を立てる。
力はゴルムスの方が上、だがリジルにはここ数ヶ月でさらに磨いた技術とセンスがある。
実力は互角、そうおもってリジルがゴルムスの表情を見ると、ゴルムスはにやりと笑っていた。
「……⁉︎」
「油断なんてしたことねぇさ。お前らが簡単に勝てる相手じゃないことぐらい、俺もあいつもよく知ってたんだよ」
「どういう意味だい?」
その答えは、ゴルムスからではなく、リジルが背中を向ける茂みからかえってきた。
「うん、だからルーカを手早く処理する方法をずっと練ってたんだよ?」
そこから現れたのは長槍をもったフィーだった。
「え、えっ……?」
真剣な表情だったリジルの顔が困惑に変わる。
一方、ゴルムスとフィーは同じような笑みを浮かべていた。
「お前らが強いのは戦う前から百も承知だ」
「えっ……ちょ…」
「だからこうして挟み撃ちにしてね」
「ちょ……ま……騎士道は……?」
「二人でボコるってわけよ!」
「ギャァあああああああああああああああああ!」
ゴルムスとリジルの実力は伯仲していた。
なのでフィー後ろから襲い掛かられるとどうしようもなかった。本当にどうしようもなかった。
前と後ろからボコボコにされてリジルは地面に倒れた。
「よし」
「勝ったな!」
フィーとゴルムスはリジルとルーカに勝利し、ガッツポーズをした。
※いろいろとお詫び
前回か前々回更新のフィーが他の見習い騎士たちを同士討ちさせる描写があったのですがなかったことにしてください。1年経って、自分もやっぱりあれはナシかなぁって思ったので。この作品を読み返すことができない誠心状態で、修正することができないので、読者さんの頭の中でうまく整合性つけてください。
あと今回のリジルとルーカと戦う描写、前回すっかり忘れていて、でももしかしたら書いたことの方を忘れてるかも知れなくて、これもちょっとわからないので、以前書いたものと重複した展開を書いてたらすみません。




