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まず正直言って、デーマンにとってはオーストルの王ロイさまからの求婚は寝耳に水といったことであった。
確かにフィールはもてた。可愛いし、性格もいいし、頭もいいし、そりゃもてる。デーマンの周りの国の王子たちなんてもうぞっこんである。
しかし、それでも田舎の小国家の王女、上手くやって地方の大国と言えば聞こえがいいけど、領土だけが無駄に広い田舎大国に嫁ぐぐらいが狙いどころだと国の人間は思っていた。
それが世界中心のど真ん中もど真ん中。オーストルの国王を射落としたのだからもう大変。
「フィールを我が正妃として是非にと」
その手紙が来たとき、デーマンの国王、フィーとフィールの父上は調子に乗りまくった。ええ、それはもう。十段がさねぐらいの勢いで。
そしてあろうことか、大国の王に要求を突きつけたのだ。
「フィールを正妃にという話はとても嬉しく光栄な話ではありますが。ですがしかし、フィールはとても人気があってですねぇ。それはもういろんな、ほとんどの国の王家から縁談が舞い込んでいるのですよ。だからですねぇ、こちらとしても、その、それなりのメリットがないと、ですねぇ?」
嫌な方の田舎物全開のいじましい口調で、鉱山権やら宝石やら直球で金品までを要求したデーマンの王の要求は、「無礼な!」と断られると思いきや、あっさりと承諾された。
これで逆に焦ったのが、フィーたちの父親である。
もっとでっかい要求しても通ったんじゃなかろうか。くそみたいな考えである。
しかし一度要求が通ってしまった以上、もう要求する理由が存在しない。さすがにこちらがひと睨みされただけで吹き飛んでしまう大国に、追加の要求をする根性も王にはなかった。
そこで考え出した理由がこうだ。
「フィールを妃にするというならば、フィーも同時に娶ってもらわなければなりません」
確かに婚礼によって国家の繋がりを強くするという風習では、一国から二人妃を出すというのはおかしい話ではない。下衆な言い方をすると、一方はもしものときがあったときの予備というわけだ。
だが、実際に実行されてきたかというと、ほとんどされてこなかった風習だ。
それをなぜにいまさら持ち出してきたのか。
ひとつはフィーが絶望的にもてなかったこと。
結婚してもほとんどメリットなんてない田舎の小国の王女である。婚礼の話なんて女の魅力で王子たちを落とさないかぎりやってこないのだ。
(まあつまりはわたしの王女としての札の価値はブタだったというわけだ……)
そしてその狙いがどこにあったかというと。
「わが国のなけなしの王女ふたりを嫁にだすのです。できれば結納金を弾んでいただけたらと」
自分で妃をもう一人押し付けておきながら、ずうずうしいことを言い出したデーマンの王の要求はあっさりと通った。
どれだけフィールに惚れているのだ、ロイ陛下。
相場の10倍ぐらいの額×2人分+αという結構な金額を手に入れてデーマンの王もさすがに満足し、鼻高々となった。
次の日、切れたフィーはデーマン王の顔面に膝蹴り入れ、その高くなった鼻を文字通りへし折ったのだった。
フィーはその場で近衛隊という名の田舎騎士たちに捕まり、拘束され、そのままオーストルに輸送されることになった。
そしてその輸送されてきたまさに荷物を、あちら側も迷惑物よろしく取り扱って、離宮に放り込まれ今日に至るというわけだった。
ついでにフィーとフィールの名前が紛らわしいと言う人もいるかもしれないから、ここでそれについても話そう。
それはフィーとフィールがまだお腹の中にいたときの話だった。
デーマン国王は双子だとわかり、ふたつの名前を用意していた。
そしてついに双子が生まれる時となった。
最初に泣き声とともに出てきたのは赤ちゃんの女の子。それを産婆に渡され掲げ上げたデーマン王は、もっともらしい顔で言った。
「田舎の小国とはいえ、お前は格式高きデーマンの第一王女。お前にはそれにふさわしい名を用意した。お前の名はフィー――」
そのとき、もう一人の赤ちゃんが出てきた。
最初の赤ちゃんと違い、静かに生まれてきたのに、不思議とその子に全員の目が引き寄せられた。
「お……おおお、これは……」
その姿をみたデーマンの王が、感嘆の声をあげた。
「見たこともない美しい赤子だ!しかも、不思議な光をまとっている。これはきっと奇跡の子に違いない!この子にふさわしい名を授けよう。よし、お前の名前はフィールだ!我が王家に伝わる最も高貴なる女性の名前だ!」
その後、その赤ん坊、フィールのあまりに美しきこと、そして赤子ながら感じさせる聡明さ、まとう雰囲気の高貴さに王も王妃も夢中になり、最初に生まれた方の子が六ヶ月近く彼らの脳内から存在を忘れられた。侍女たちがちゃんと世話をしていたので、特に命に別状はなかったが、王が名づけを行うタイミングもとっくにすぎており。
とりえあず出産に立ち会った書記官が、王の途中までの発言を書きとめていたことにより、姉王女の名前はフィーとなった。
ちなみに第二王女につけられるはずだった名前は、フィールが生まれた感動でとっくに王の頭からは綺麗さっぱり忘れさられていた。