198.
SQEXノベルさまより3巻(最終巻)が発売予定です。
完成するかわからなかったため、この時までお話しはできてなかったのですが、4年間ずっと書き続けてきたもので、書籍版のストーリーを完結させるためのものです。
書き下ろし13万文字、本編からの流用1万文字、おまけ話2万文字程度の内容です。
完成までの経緯や内容などの話やWebの話の今後の展望を活動報告にて書かせていただいてます。もしよかったらよろしくお願いします。
クロウは18騎士隊の待機所で、ゴシップ紙を読んでいた。
紙面にはオーストルの貴族や貴婦人たちの惚れた腫れたの噂が書かれているが、読んでるクロウは内容にはあまり興味がなかった。ただ、クロウ自身貴族で、書かれている噂の真相などを知っていたりするので、「いい加減なこと書くな〜」などと、薄ぼんやり思ったりする。
要は暇つぶしだった。
読んでるのがゴシップ紙なのも、クロウの父や兄がいつも読んでいた新聞よりは、肩がこらない程度の理由しかない。
(暇だ……)
そう思いながら、もうゴシップ紙の表紙すら読むのをやめ、テーブルでだらけてると、
小さな足音と共に、待機所に人が入ってきた。
クロウはすぐに誰の足音か分かった。こんなに小さな足音は、ヒースしかいない。
たったったとヒースは、待機所の中に入ってくると、がさごそとガルージの机のある場所でしゃがんで、何か作業をはじめる。
自分には気づいていないみたいだった。
クロウは悪戯っぽい笑みを浮かべ静かに立ち上がると、忍び足でその背後に忍び寄ると——。
「わぁっ!」
と、大きな声をだして、小さな肩に両手を触れた。
しかし、クロウが期待した反応は相手から帰ってこなかった。
ヒースは落ち着いたまま、ガルージの工具を袋にひょいひょい入れながら
上体をえびぞりに逸らすように曲げ、顔を逆さまの状態にしてクロウと見合わせる。
「どうしました? クロウさん」
(こ、こいつ体やわらかいな……)
平然とした顔で、逆にクロウの方がちょっと驚いてしまったぐらいだ。
「なんだ、気づいてたのかよ」
「当たり前でしょう」
どうやら気づいてないと思ったのはクロウだけだったようだ。
「挨拶ぐらいしろよ」
「なんかだるそうにしてましたし、急いでたからあとにしようかなぁって」
冷たい後輩である……。クロウはちょっと寂しい気持ちになった。
しかし、めげずにヒースにたずねる。
「ところで何してるんだ?」
「サバイバル演習の準備ですよ。ガルージさんに協力してもらうんです」
サバイバル演習という言葉を聞いて、おおっ、とクロウの顔に喜びが浮かぶ。クロウは自信ありげに、胸を叩くと、ヒースに言った。
「それなら俺も協力してやるよ。なんでも相談に乗るぜ。先輩を頼るといい」
そんなクロウに、ヒースは必要な荷物を詰め終えたのか、袋の紐をしばって、それを背負って立ち上がるといった。
「クロウさんは口が軽そうだからダメです」
それだけいって、たったったとまた小さな足音で去っていった。
普段、世話してやっているヒースにすら無下にされたクロウは、ただただ時間を潰すためだけにお代わりをする。
他の騎士隊の手伝いに、ナンパした女の子とのデート、忙しい時は忙しい彼だが、暇なときはとことん暇だった。おまけにヒースの件で、心配ごとが多く最近はナンパもご無沙汰である。
暇になるわけだ。
そのままクロウがだらだらしてると、待機所に珍しい人間が現われた。この国の国王で、18騎士隊の長でもあるロイだ。国王の仕事で忙しい彼は、長といっても、この待機所には簡単に顔を出せない。
「おう、時間ができたのか?」
国王とはいっても、気の置けない関係であるクロウは、いつもの軽い調子で挨拶する。そもそも今のロイは、国王ロイではなく騎士イオールとして活動してるのだ。堅苦しい挨拶をした方が不自然に見えるかもしれない。
「ああ、なんとか仕事は終わらせてな。ヒースは来ているか?」
どうやらヒースのことが心配できたらしい。
ヒースの所属していた遠征部隊が、激しい戦闘に巻き込まれたと聞いた時は、クロウも肝を冷やしたものだ。しかし、帰ってくれば、あの調子である。
まったくあの後輩は、いつもやきもきさせてくれる。
「あいつならいつも通りだよ。さっきまでここに来ていて、俺のことなんて放っておいて、ガルージのところに遊びにいったさ」
そのクロウはため息を吐きながら答える。
その答えにロイは珍しく安堵した表情を見せた。
「そうか、無事なようでよかった。できれば、もう少しはやく様子を見に来てあげたかったが、仕事が終わらなくてな」
ロイは本当にヒースのことを心配している。クロウはふと、ヒースの本当の性別を思い出して、ロイが女性を心配してることに、不思議な感情を覚えた。
「戦いのせいで、心理的な傷などを負ってなければいいのだが……」
いくら戦う訓練をしても、実戦で心の傷を負ってしまうものはいる。それは騎士にとっても、なかなか厄介な問題だった。
そして心の傷は周囲から見ても、なかなか分からないのが厄介だった。
しかし——。
「あいつなら大丈夫じゃないか? とりあえず、聞こえてくる限りは、いつも通りだぞ。北の宿舎で仲間たちと楽しくやってるようだし」
「ちょっとまて」
クロウの言葉は妙なところで止められた。特に違和感があることをいったつもりはないが。一体何が引っかかったのか。
ロイの謎の制止にクロウは首をかしげる。思い当たる理由がなく、クロウにとっては、ロイの方が不可思議だった。
そのロイが口を開く。
「ちょっと待て。なぜヒースが男性用の宿舎で暮らしている。女の子だぞ」
国王ロイは妙なところに引っかかってしまった。
いや、そうじゃない。
クロウは慌てて考えを修正する。引っかかった部分は正常だ。異常なのは、ロイがそこに引っかかりを覚えられたことだった。
ちょっと混乱してクロウが黙っていると、ロイがいった。
「何を落ち着いている。女の子が男子の暮らす宿舎に入ってるのだぞ。生活にかなりの不自由があるはずだ。困らないはずがない。場合によっては、身の危険を感じてるやもしれん」
「俺はお前がそのことに気づけたことに驚きだよ……」
クロウの口から本音がぽろりとこぼれる。
「何のことだ?」
ロイはクロウの言葉の意味がわからず首をかしげた。
しかし、よく考えてみると、考え不足だったのは間違いないかもしれない。ロイがヒースを女の子と知ったのはもっと前のことだ。
ヒースから聞いていた報告と、彼女の性別を付き合わせれば、もっと早くに気づけていたことだ。迂闊だった。
自分なりにヒースの生活に関しては、気を遣っていたつもりだった。フォローや助言もしてきたつもりだ。しかし、そもそもの生活の基盤に問題があったことは、
「あのなぁ……俺だっていろいろあるの……! あいつ、俺が騎士隊での生活に口を出そうとすると目に見えて警戒するんだよ。まぁ……俺が騎士やめさせようとしたことが原因だろうけどよぉ……。とりあえず、無意識に毛を逆立てた猫みたいになるの。だから、あいつから言われねぇと何も言えねぇよ」
クロウはクロウでヒースとの関係に頭を悩ませてるのだった。
「しかし、このままでいいはずがないだろ」
「いや、あいつ図太いし、別に困ってないんじゃねぇの。本気で」
ヒースのふてぶてしさや、日頃の態度を見ると本気でそう思うクロウだった。
「正気か、クロウ。ヒースはすでに年頃の女の子だぞ。問題を感じてないはずがない。いや問題を感じてないとしてもだ、周りがフォローしてやらなければならないだろう」
なぜ、この男はこんなタイミングで正論をぶちかますのか。
なぜ、こんな男に女関係で正論を吐かれなければならないのか。
クロウは親友とはいえ、さすがに不条理な気持ちになった。
「あのなぁ、俺はあいつが騎士団を続けることに反対してたんだぞ! それを残したのは、ロイ、お前の判断だろ。どうにかしたいっていうならお前が自分でどうにかしろよ。俺はしらねーからな!」
クロウはイラッとした気持ちのまま、突き放すようにそういった。
「むっ……」
ロイは目を見開き、ちょっと驚いた顔をしたが——。
確かにクロウの言うことは正論だと解釈した。自分は無意識にクロウに頼りすぎていたのかもしれない。
ロイは表情をキリッとしたものに変え、高らかに宣言した。
「わかった。この問題、私が何とか解決してみせよう!」
そんなロイの宣言を聞いて、すでに嫌な予感しかしないクロウだった。
売り言葉に買い言葉で、突き放しすぎたのかもしれない。
「あ、ああ……でも、あんまりがんばりすぎるなよ……ほら、国王としての仕事も忙しいだろ? それにたぶんヒースも嫌がるからさ……」
クロウが何をいってるのかは分からない。なぜヒースの問題を解決するというのに、嫌がるというのだろうか?
意味はわからなかったが、首を振って覚悟を持って答える。
「任せてくれ。数日以内に、解決策を編み出してみせる」
理解はできないが、何か不安を抱えてしまったらしいクロウを安心するために放ったロイの言葉。それはさらにクロウを不安の渦に突き落とすのだった。
***
その後、公務が終わってからも、夜遅く資料をめくっているロイの姿が文官たちによって発見された。
「へ、陛下。さすがに働きすぎではありませんか……」
ロイがワーカーホリックなのはもう今さら過ぎることだが、今まで以上に仕事にのめりこむ姿に、部下たちも不安を覚える。
ロイは資料から顔をあげると、文官に答える。
「いや、これは私用でな。仕事ではない。一時的なものだから、心配しなくても大丈夫だ」
私用だ、そういわれても、もともとプライベートまで仕事が侵食するお方である。文官の懸念は何も晴れてなかった……。
しかし、文官が何も言う間もなく、ロイはまた資料に目を通し始め——。
「ふむ、こういう制度もあるのか……」
——などと呟く。
その私用といいつつ、何かの仕事に没頭し続ける有様に、文官も何も言えなかった。文官が挨拶をして去った部屋で、ロイはひとりで資料をめくり続けた。
***
数日後、フィーはたいちょーに呼び出しを受けた。
「どうしたんですか? たいちょー!」
どうしたんですか、と言いながら、第18騎士隊の集会所に入ってくるフィーの表情はにっこにっこだった。純粋にたいちょーに会えるのが嬉しかったのだ。
「お前に話があってだな」
「話ですか? なんでしょう」
首をかしげるフィーに、イオールが堂々と宣言した。
「女性騎士団を作ろうかと考えている」
「女性騎士団ですか……?」
そんな話をなんで自分にするんだろうと、フィーは首を傾げた。
イオールは若干早口になりながら、この一週間ほどの研究成果を、フィーに語って聞かせる。
「その通りだ。オーストルに女性騎士団は存在しないが、他国には女性騎士がいるところもある。簡単な聞き取り調査を行ったところ、この国で騎士になりたいと考えている女性はあまりいない。しかし、オーストルでは女性が騎士になるのは一般的でないから、なろうという考えが出てこないケースもあるはずだ。もし、女性騎士団が存在し、その存在が定着していけば、女性でも騎士になりたいと思う人間が増えていく可能性は十分にある。だからまずは、女性騎士のいる国から、留学者を受け入れる。以前からオーストルの騎士団と交流したいという要望はかなりあった。来てもらった彼女たちには、貴族の令嬢などの護衛任務についてもらおうと思う」
フィーはなんかすごい計画だと思った。
それこそ、国家レベルの規模の。
そんな規模の提案ができるなんて、たいちょーはすごいと思った。きっと王様レベルの権力を持った人にコネクションがあるのだろう。さすがたいちょーだ。
「女性騎士の存在が認知されれば、オーストルでの認識も変わり、やがて自国の女性からも騎士になりたいと志す者が現れはじめるだろう。おそらく、そこまでくるのには、年単位での時間がかかるだろうが、留学者と共に活動していけば、女性騎士団としての規模を保ちながら、徐々に増やしていくことが可能なはずだ」
そこまで計画を説明し、イオールは仮面の下から優しい声でフィーに言う。
「ヒース、お前もこの女性騎士団に自国からの初めての志望者として参加してみないか。今の生活環境にはいろんな不安があるはずだ。我が国初めての女性騎士として、お前の名前も上がるだろう。どうだ、受けてくれるな?」
これならフィー(ロイにといってはヒース)も、まわりの環境を心配することなく、騎士として安心して過ごしてもらえるはずだ。きっと満足してもらえるだろう。
イオールはそんな確信をもって、彼が女性に向けるものとしては信じられないほど優しい瞳をフィーに向けた。
その優しさはフィーにも伝わ——。
——るわけがなかった。
フィーは毛を逆立てた子猫のような形相になり、ぷるぷると震え、涙目でイオールを睨んでいた。
「でていけっていうんですか……?」
「は……?」
イオールにはなんでこんな反応になったかわからない。
「たいちょーがこの部隊に居ていいって言ったのに、たいちょーは僕が邪魔だったんですか!? たいちょーの嘘つき! 裏切り者!」
フィーは完全に怒って、ロイにしがみついて暴れだした。
「まて! ヒース! そういう話ではない!」
「じゃあ、どういう話だっていうんですかぁー! なんで! そんなっ! 体よく追い出そうとしてるんでしょー!」
「違う! お前のことを思ってだな!」
「僕はこの部隊にいたいって思ってるのに、なんでなんで!」
「待て! ヒース! とにかく落ち着くんだ! それから話を聞いて——」
「なんで隊長までぇええええええ!!」
もはや、話になる状況ではなくなってしまった。
ロイの何が悪かったか。
細かく言えばいろいろあるかもしれない。相手に相談しなかったとか、ひとりよがりだったとか。しかし、一番悪かったのはタイミングだった。
クロウに騎士隊にいることを拒否され、もともとフィーはそれがトラウマ気味だった。
しかも、その後には遠征先でトラブルに巻き込まれ、友人にケガをさせ無力感を味わったところである。
元気に振る舞い、サバイバル訓練へ向けてがんばろうとしていたけど、実際のところ、心の奥底ではストレスが溜まっていた。
それをロイが思いっきり突いてしまい、一気に噴出してしまったのである。
女性と、というか人と話すとき、大事なのはまずタイミングである。
どんなに意見が正しかろうと、タイミングを間違えば、聞き入れてもらえないどころか、逆効果にすらなる。
女性経験の多いクロウは、その辺をなんとなく感じ取れていた。
しかし、経験ゼロどころかマイナスを蓄えているロイは、思いっきりその地雷を踏んでしまったのである。
一時間後、暴れるフィーにボロボロにされたイオールが、クロウのいる集会所に現れた。
「ヒースの説得に失敗した」
「だろうな」
クロウはお茶を飲みながら、関わらなくてよかったと、冷や汗を垂らしながら思った。




