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初日の見回りを終えて、砦にもどってくる。
時間はもう夕方ごろになっていた。
「ふう、かなり汗かいたぜ」
「休憩もあったけど、ずっと歩いたもんね」
上着をパタパタさせながらのスラッドの言葉に、レーミエが同意する。
その言葉通り、見習い騎士の少年たちは多かれ少なかれ、みんな汗をかいていた。
何度も休憩を挟みながらとはいえ、太陽の見える間はずっと歩いていたのだ。そりゃ汗もかく。
「夕飯の食堂が空いているのは夜の9時までだ。明日からも歩き回るんだ。ちゃんと食べておけよ。それから汗をかいたなら温泉があるぞ。こっちは入りたい放題だ」
兵士たちを解散させた部隊長が、フィーたちのもとへ来てそういった。
「温泉ですか!?」
少年たちの目が輝く。
温泉はフィーも聞いたことがあった。
火山のある場所の地下から熱いお湯が噴き出してくるんだとか。それを少し冷ましてお風呂として入るらしい。
入ると健康になる効果もあったりして、温泉がわく場所は王族や貴族のリゾート地になったりもするときく。
フィーは行ったことが無かったが。
お風呂そのものがぜいたく品だから、基本的にフィーたちの生活は水浴びが中心だ。あとはサウナに行ったり。
でもやっぱり、たまに入る暖かいお湯は気持ちよくて好きだ。
「あれ、でもここって火山地帯じゃないですよね」
レーミエが首を傾げていった。
「そういえば一度だけ行ったことあるけど、あのときみたいな変な匂いはしないな」
フィーも聞いていた。温泉地帯は、独特な匂いがするんだとか。
でもこの砦についてからは、そんな臭い嗅いだ記憶が無かった。
「ああ、火山がないところにもたまにお湯がわくらしい。すごく珍しいんだけどな。砦は娯楽がすくないから、許可をもらって、兵士たちが優先的に使えるようにしてもらってるんだ。どうせ商売になるほどのお湯はわかないらしいしな」
「へー」
そういうものもあるのかと、少年たちは感心した。
「よし! じゃあ早速行こうぜ!」
スラッドがそういったとき、フィーはくいくいっとクーイヌの袖を引っ張った。
やっぱりフィーもせっかくだから温泉に入りたかった。そのためには……。
(やっぱりどうせなら温泉に入りたい! クーイヌ、お願い!)
そう、目線で伝える。
クーイヌはちょっと困った表情になると、誘ってきたスラッドに言った。
「あの、俺はもうちょっとあとに入る……」
「僕もそうする」
以心伝心。
フィーの気持ちは言葉がなくてもクーイヌに通じるようになっていた。
フィーからクーイヌへの完全一方通行だが。
「そっか、じゃあレーミエ行こうぜ!」
「う、うん」
特に不審に思う様子もなくスラッドたちは温泉があると教えられた方向に走っていった。
「ありがとう」
耳元で小声でだけどお礼を言っておく。
「しばらく温泉の方は人多そうだし、先にごはん行こっか」
砦には食堂もある。
兵士たちが見回りにでるような早朝は開かないが、砦の警護の兵士なんかはそこで朝、昼までたべたりするらしい。見回り担当と警護担当は一ヶ月ぐらいで入れ替わるらしい。基本的に歩き通しの見回りより警護の方が人気あるらしいけど、あの部隊長さんなんかは見回りの方が好きだって言ってた。体が鈍るんだとか。
二人で食堂に向かう。
食堂は砦の一階、西側だ。
昨日もお世話になったけど、大きな砦だけあってかなりの人数をまかなえる大きな食堂だ。見習い騎士たちの使ってる食堂の10倍ぐらいは広いかもしれない。
食堂は混雑していたけど、みんなが温泉に行っちゃったせいか、席はまだ残っていた。
バイキング形式で好きなものを取ると、最後に取ったおかずの数だけ食堂のおばさんに食券を渡す。独特な形式だけど、砦で生活するとみんな食べる量が違うから、量が一律だともの足りない人がでたり、逆に量を自由にすると食べ過ぎる人が出てくるから、こんな制度にしたらしい。
食券は一品ごとに一枚で、月の初めに支給される。フィーたちもこの砦に来た初日にもらった。
よっぽど無茶をやらない限り使い切らないらしいけど、中には月の半分ぐらいで使い切って、周りと取引するものもいるらしい。
兵士たちも美味しそうに食べる食堂の隅っこで、フィーとクーイヌも座って食事をする。
「おいしいね」
男所帯だから肉料理が多いけど、山地のせいか山菜と一緒に焼いてあったりもして食べたことがない味の料理もあった。でも歩き回った空腹のあとにはなんでもおいしい。
「はい、師匠のもとで修行してた頃、食べた料理を思い出します」
「そっかぁ、そういえば山で修行してたんだっけ」
山の料理というのはこういうものが多いのかもしれない。と、フィーは思った。
「クーイヌのお師匠さまかぁ。すごい人なんでしょ? 一度会って見たいなぁ」
「あの……もしよかったら……次は……」
何かいいよどむクーイヌにフィーは首をかしげる。
その時、遠くから声が聞こえてた。
「おーい、黒き疾風!」
声のした食堂の入り口の方を見るとコニャックがいた。
そしてこちらに向かって手を振っている。聞き覚えがない呼び名だけど、誰を呼んでるかはなんとなく分かった。
彼はこちらに走ってくると言った。
「黒き疾風、ポーカーやらないか?」
やっぱりクーイヌのことだったらしい。
「黒き疾風ってなに……」
クーイヌが聞き返す。
「なにってお前のあだ名だよ。東北対抗剣技試合ですごい活躍したって噂は聞いているぜ」
なるほど、それでそんなあだ名がついたのか。
「……まあいいけど」
クーイヌ的にはOKなあだ名だったらしい。
まあ、フィーも似合ってるとは思う。
「それで今からポーカーやらないか? 1対1の男の勝負だ!」
「ポーカーってことは、なにか賭けるの?」
フィーはたずねた。
やったことがあれば分かるかもしれないけど、ポーカーは何かを賭けないとほとんど意味がないゲームだ。どんな難易度の高い役をがんばって揃えても、ボーナスなんて存在しないからだ。
あるのは相手に勝ったか負けたかの結果だけ。
2ペアで勝っても、ロイヤルストレートフラッシュを揃えて勝っても勝敗は一緒なのである。
だから例えばお金を賭けるようにする。
こちらに強い役が揃えば強気でたくさんお金を賭けることができる。でも相手がもっと強かったらそのお金を全部取られてしまう。そこで初めてゲームとして、読み合いと駆け引きが生まれる。
「もちろん賭けるさ。これをな」
そう言ってコニャックが取り出したのは、フィーたちがさっき使った食券だった。
「えぇ……やめときなよ……誰か食事抜きになったら洒落にならないよ……」
フィーは顔をしかめて言った。
普段なら馬鹿騒ぎに乗る側のフィーだったが、砦での任務中はまじめに過ごすつもりだった。
そうでなくとも、見回りで体力を使うのだから、日々の食事をかけの対象にするのはリスキーすぎる。下手したら、訓練に支障をきたす可能性もある。
「けっ、女顔は度胸がねぇな。黒き疾風、お前ならそんなことは言わないだろ?」
「いや、俺も……」
フィーはいい子のクーイヌなら普通に断るだろうなと思っていた。そして案の定、断りの言葉を述べようとした。しかし。
「おいおい、賭け事ぐらいできねぇと、女にモテねーぞ」
その言葉を聞いてクーイヌの言葉が止まる。
クーイヌは何故か逡巡するように、こちらをしばらくじーっと見た。
そして固い決意をした表情で、コニャックにいう。
「やる……」
(えぇ……)
フィーは心の中で呟く。
(そんなにモテたいもんかねぇ……)
***
クーイヌは賭け事が弱い。
感情が素直だからだ。
基本的な表情が無表情でクールっぽいから誤解されやすいが、嬉しいときもびっくりしたときも感情が素直にでる。
そんなクーイヌだが、案の定というか、ポーカーは負けていた。
現在、30枚ほどの負けである。
でもがんばった方だと思う。表情がおもてにでやすいクーイヌにしては、ポーカーフェイスもがんばっていた。役を揃えるのだって、特にミスはなかったと思う。
それなのに負けてるのは、相手の方が上手だからだ。
(ま、勝負を挑んでくるだけはあるよね……)
コニャックはポーカー慣れしていた。というよりは、誰かに教わったことがあるらしく、プロ同士の勝負でも使われるような技術を使っていた。
それはリーディングと呼ばれるものだ。
相手の表情だけじゃなく、細かい仕草や癖から感情を読み取る技術。
相手の感情が読めるだけでそんなに違うものかと思うかもしれないが、違うのである。
例えば自信がある、自信がない、だけ分かっても、自信がないときに賭け金をガンガン釣り上げれば、相手は降りてくれる。勝てるのだ。
クーイヌがいくら感情を隠そうと無駄なのである。
これではいくらやっても勝てない。
「はっはっは、黒き疾風も大したことねぇな」
必死な顔のクーイヌが23度目になる敗北を喫したとき。
「はい、選手交代」
フィーはパンと手を鳴らし、周囲の注目を集め、クーイヌの椅子に割り込んだ。
「ヒ、ヒース……」
「なんだよ、チビ。一度逃げたのに、やるってのか?」
「そうだよ」
フィーは静かな声で応じる。
正直、モテたいからって今回の勝負を受けたことはどうかと思う。
そもそも女の子が見てないし。
でも、クーイヌにはお世話になっている。いや、それよりも大切な友達だ。困ってるのを見過ごせない。
それにこれだけの技術を持ってるのに、隠して勝負を挑んだコニャック側への怒りもある。
「ヘッヘッヘ、いいぜ。ボコボコにされても泣くなよ!」
結果からというと、ボコボコだった。
相手が。
コンラッドさんから教わった技術で、相手に嘘の感情を読ませて騙し、大勝負を仕掛けさせ。そこで勝ち、精神が崩れかけたところを、容赦なくボコボコにした。
大勝ちだった。
ポーカー勝負を見にきていた見習い騎士たちがざわつく。
そんな視線の中、フィーはクーイヌに手元にある大量の食券を渡す。
「はい」
「えっ……」
「えっ、てクーイヌのために勝ったんだけど。受け取ってもらわないと困る」
「あ、ありがとう……そのコニャック、返すね……」
クーイヌは負けた分だけ取ると、コニャックに残りの食券を返した。
それからフィーの方を見て気まずそうに謝る。
「その……ヒース……ごめん……」
そんなクーイヌの頬をフィーはつねった。容赦なくつねった。
「別にモテたくてがんばるのはいいけど、クーイヌががんばるべきなのはこういうことじゃないでしょ! クーイヌにはクーイヌの得意なことがあるんだから、それでがんばりなよ!」
「ご、ご、ごめんなさい!」
割と涙目になって、本気でクーイヌも謝った。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
言いたいことも言ってスッキリした顔のフィーはその場を去っていった。
***
「ふう、やっぱりお湯って気持ちいいね」
「う、うん……」
「あ、ごめん。クーイヌはまだ入れてなかったよね、やっぱり先に入ってもらったら良かったかな」
砦にやってきて二日目。いろんなことがあり、ようやく温泉に入ることができた。
23時を過ぎると、温泉には誰もいなくて、フィーも入ることができた。クーイヌには見張りをしてもらっている。
「いや、いいよ……」
見張りをやってもらうんだから、クーイヌに先に入ってもらって、フィーが後から入ろうかなと思ったけど、譲ってくれたのだった。
本当にクーイヌには感謝してもしきれない。
暖かいお湯で汗を流すのは、極上の気持ちだった。
早くクーイヌと変わってあげたいけど、なかなかお湯から出れない。
「それとも一緒に入る?」
ガルージさんから新素材でできた、水に入っても大丈夫な服をもらった。あれを着れば、クーイヌと一緒に入れるはずだった。
それならばこんな交代制にしなくていいから、時間が短縮できる。
「いや! いいから! 本当にいいから!」
クーイヌは見張りをがんばってくれるらしい。その情熱がどこから来るのかはわからないが、本当にありがたいことだと思う。
「ふう、堪能したー!」
フィーはたっぷり温泉を楽しみ、さすがにこれ以上待たせると悪いから、お湯から出て体を拭く。
そしてクーイヌの待つ更衣室に戻って服を着替えると、ずっと入り口を見張ってくれているクーイヌに声をかける。
「交代だよ〜。ありがとう。今度は僕が待ってるから」
「いや、もう部屋に戻って寝てていいから……」
そういうとクーイヌは温泉に入っていった。
そういうわけにはいかないでしょう。
友達なんですもの。
フィーは笑顔で風呂場の椅子に座って、クーイヌのお風呂を待つ。
クーイヌが火照った顔を夜風で冷まし、お湯に浸かって精神を沈め、戻ってきた頃には、すやすやと椅子で眠るフィーがいた。
「え、えぇっ……」
その姿にクーイヌが絶句した。




