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彼は焦るような気持ちでその光景を見ていた。
焦燥感、もどかしさ、心配、そういった感情が胸をせっつく。
人さらいたちを相手に、さまざまな武器を使い立ち回る少女。しかし、覚えのあるいつもの彼女の動きより、少し遅い。足を痛めていることが分かった。
(どうする……)
カインは自分の心に問いかける。
彼女を守る義務はカインにはない。そして主の命令もなしに誰かを守ろうなどという感情は、草は持ってはいけない。
ならばこの逡巡そのものが、草としてあってはいけない感情だということだ。
それでも、カインの手は腰に差した銀刀を握り絞めていた。
(まだ大丈夫だ……まだ……)
フィー王女はうまく立ち回っていた。
複数の男を相手にした場合、彼女の力では相手を倒すことは難しい。そこでうまく牽制しながら、距離を取り、時間を稼いでいた。
特に有効に作用しているのが、ガルージの作ったと思われる折りたたみ式の弓矢だ。戦場においては、飛び道具があるというのは大きなアドバンテージになる。
誰だって怪我をするのは嫌だし、小さな矢でも急所に当たれば死ぬことがある――となると必ず怯む。
相手は剣などの近接武器しかしていなく、防具も軽装だった。矢は十分な脅威になる。
しかし、同時にカインには分かっていた。
このままではいずれ捕まると。
矢はあと一本しかない。
彼女自身も持ってきた矢の本数では足りないことを自覚していたのだろう。狙いを定め、急所すれすれを狙い、敵の恐怖心を煽るような使い方に切り替えていた。
弓術はパルウィックから習ったのだろう。近距離とはいえ、かなり精度がいい。
いい加減に撃って腕や足に当てれば、相手は傷を負うことを覚悟で、開き直って近づいてくるかもしれない。逆に急所を直接狙えば二人は殺せるだろうが、相手も必死になり、なりふり構わずに近づいてフィー王女を殺そうとしてくるだろう。
傷を負わせず各自に恐怖心を与え、相手の動きを縫い止める。
この状況では一番有効な矢の使い方だっただろう。しかし、戦闘を開始した時点で残り二本では流石に少なすぎた。
もし、矢の本数がばれたら、相手は強引にでも畳み掛けてくる。そうでなくても、時間と共に恐怖心は薄れていく。
カインの予想通り、一発目の矢でびびっていた相手も、やがて強引に接近してくるようになった。少女たちを逃してしまい、相手にも増援が来るかもしれないこの状況で、睨み合いに近い状態を避けたかったのだろう。
剣の鞘を粗雑な盾にして近づいてきた。
十分な装備があれば、的にしかならない動きだったが、残念ながら矢をブラフとして使っているフィー王女の状態では正解だった。
フィー王女もすぐに相手の動きが変わったことに気づいたのだろう。残りの矢を、一番先頭の男の足に打ち込むと逃げ出す。しかし、いつものように俊敏な動きはない。
(私が出て行けば、あんな男たちすぐにでも倒せるのに……)
しかし、それでは自分が彼女を監視していることがばれてしまう。
そもそも、そんな命令は存在しない……。
つまりはできない。
だが、同時にカインの心の中で、ひとつの声が沸きあがる。
『ならば、見捨てるのか……あの子を……』
この半年間、一緒にすごしてきたあの子を――。無邪気に自分に笑いかけてくるあの子を――。いろんな技術を自分に教わりながら見習い騎士としてがんばっているあの子を――。ちょっとわがままで、たまにすごい性格になるけど、それでもとても良い子なあの子を――。
なんだかんだで、困らせられながらも、罪悪感を抱きながらも、フィー王女はカインにとってかわいい弟子だった。
あのときの、病院のベッドに横たわるフィーの姿がカインの目に浮かんだ。
フィーは徐々に追い詰められてしまった。
木を背に男たちに囲まれる。
『主から受けた命令は彼女の監視』
『あの子を助けないのか』
二つの声がカインの中でせめぎ合う。
近づいてきた男に、フィーが手のひらに隠していたナイフで斬りつける。
逆上した男は、フィーに刃を向けた。
(ヒースくん……!!)
その瞬間、カインの手は無意識に動いていた。
腰の剣を抜き、男の手に向かって投げ放つ。銀の刃が空気を切り裂き、フィーを襲う男の腕に突き刺さった。
男が腕を押さえ、悲鳴をあげる。
そして男たちの後ろから、ものすごい速さでこちらの方に近づいてくる気配があった。
ずっとフィーを見てきたから知ってる。彼女と親しい、この地方の領主をしている少年だ。剣の才気あふれる少年で、彼の腕ならば人攫いごときに負けないだろう。
実際その通りで、クーイヌは次々と人攫いたちを倒していく。
そうして見事にフィーを助けてみせた。
フィーも笑顔でクーイヌに近寄って、お礼を言う。
その光景を見ながら、カインは胸をなでおろしていた。
二人の視線が離れている隙に、武器をそっと回収する。カインは自分の武器をじっと眺めた。
何か決心できたわけでもない。ただ体が動いてしまった。
おまけに草としては失格の行動。だが、同時に心はほっとしていた。
(とにかく……あの子が無事で良かった……)
報告すべきなのか、自分はどうするべきなのか。
カインは自らの答えをまだだせなかった……。
王の執務室、ロイは今日も大量の書類の前でペンを動かしていた。
その前に人が立つ気配をする。
「ネーナか。珍しいな」
「はい、カインに定期報告の代理を頼まれましたので」
普段はカインが他の草たちの情報もまとめて報告していた。
しかし、今日はネーナがその役目を負ったようである。
「何かあったのか」
「いえ、少し時間が合わなかっただけです」
ネーナは簡潔に答え、首を振る。
彼女の長い黒髪がさらりと揺れた。
ロイはその髪が気になった。
長い髪というのはとにかく邪魔になりやすい。戦闘においてはつかまれる危険があるし、自らの視界を遮ることがある。草の任務においては間違いなく邪魔になるものだ。
注意すべきだと思った。
しかし、思いなおす。
(いや、草にもプライベートは必要だ。ネーナは仕事の成果も十分に良い。これぐらいなら許すべきだ)
正直言うと、ロイは草という制度をあまり好きではなかった。
それはその仕事や彼らの有り方そのものが、彼らの存在に多大な負担を強いているからだ。彼らの生き方は、普通の人間とは違いすぎる。
ロイにとって彼らも国民の一人だった。願うことなら、彼らも個人としての幸福を得て欲しいと思っている。
だから――その存在を前に迷った。
ロイが王位を引き継いでから、人員を増やさなかったのもそれが理由だ。
できることなら廃止したいとすら思っている。
しかし同時に、彼らの存在が国家運営において必要なのも事実だった。人員を増やさなかったことが、逆に彼らの負担を大きくしてしまった気もする。
暗澹たる心境だった。
ネーナの報告は聞き終えた。
ロイは彼女に問いかける。
「ここ最近の仕事において、何か問題は起きてないか?」
ネーナはロイをまっすぐ見て答えた。
「ええ、何も問題は起きてません、陛下。すべてが、順調です」
ご報告がおくれてすいません。感想欄や活動報告にご報告を寄せてくださった方もいますが、アーススターノベルさまの公式サイトから情報がちょっと公開になりました~。発売日は6月15日になると思います。いろいろ続報がある予定なのでよろしくお願いします~。




