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 参加するはずだったお茶会に出られなくなってから、フィーとアベルは落ち込んでしまったリネットを慰める日々を送っていた。フィー(とアベル)の励ましもあってか元気を取り戻し、最後の日には仕事に戻っていった。

 アベルも足の怪我が治り、その後後宮をでていった。これで万事元通り。フィーももとの生活に戻れる―――はずだったのだけれど。


 8日目になってもフィーは後宮をでられずにいた。

 その理由が―――。


「フィーさま、遊びにきました!」


 お昼、ちょうど見張りたちがいなくなる時間、やってきたのは足の怪我が治り後宮から脱出できたはずのアベルだった。


(うーん……また来ちゃった……)


 そう、すっかり見張りの時間を覚えてしまったアベルが、後宮に遊びにくるようになってしまったのである。フィーにとっては、いつまでも後宮を出て行くことができない。

 だから困ったことだった。


 そもそもまさかまたやってくるとは思わなかったのだ。リネットが帰った6日目、後宮の片づけをしていて良かったと思った。


「へへ、今日もお勧めの雑誌買ってきましたよ!」


 ここ三日間、アベルは街に行って毎日お勧めの雑紙をフィーに買ってきてくれる。後宮での時間つぶしにということらしい。


(あ……これも読んだことがあるやつだ)


 ちなみにアベルが買ってきてくれるのは、いままでも全部スラッドに借りて読んだことがあるやつだった。


「それめちゃくちゃおもしろいんっすよ」

「あ、ありがとうございます……」


 無邪気な顔で勧めてくれるアベルに、フィーはちょっと苦笑いしながらそれを受け取る。

 それからいつもアベルは見張りが門の前に来て、またいなくなるまでの間を後宮に滞在しフィーと話していく。

 話の内容はフィーも知ってるこの街の様子とか、フィーもよく知ってる見習い騎士たちの話とか、それからアベル自身のことについても。

 それは非常に困ったことだけど、でも同時に思う。

 もしアベルがあのとき……後宮で人生に絶望していたとき来てくれていたら、それはとても嬉しいことだったろうなぁと。

 こうやってアベルと出会えたことも、フィーが見習い騎士をやっていたからこそで、そんなことは有り得ないのだけど、でもこうやって後宮に会い来てくれる人がいたら、一緒に笑って話してくれる人がいたら、きっともしかしたら後宮に留まっていても幸せに笑って過ごすことができたかもしれない。


 でも薄情な話だけど、もうだめなのだ。もっと幸せに暮らせる場所を見つけてしまったから。そこにはクロウさんがいるしたいちょーがいる、クーイヌ、コンラッドさん、ゴルムス、たくさんの人がいる。アベルだってそこにいる。

 もうもとの後宮での生活に戻ることなんて考えられない。

 だから言わなきゃいけない。自分を思ってここに来てくれる優しい、アベルに。


 ちょうど見張りのいなくなる頃合、いつものようにテーブルに座り、お茶を飲みながらアベルと会話していたフィーは、彼の方を向きながら言った。


「あのね、アベル……」

「どうしたんっすか? フィーさま」


 楽しそうな笑みを浮かべて、アベルが笑う。はじめて会ったときは、アベルがこんな風に笑うなんて知らなかった。知らなかった、苦いのが苦手で紅茶は砂糖を5杯も入れないとと飲めないなんて。知らなかった、意外と話上手で彼から街の話を聞くと行ったことがある店でもまた違って見えることに。


「アベルも見習い騎士なんでしょ……。そういう立場なら、わたしに会いに来るのは良くないことだと思うの……。きっとこういうことを続けるのはアベルのためにもならないから……」


 アベルの目が見開いた。

 いままで楽しく会話してた場に沈黙が流れる。フィーは気まずくて少し顔を逸らした。

 動揺した顔のアベルがガタッと席を立つ。


「そ、そうっすよね。俺、なにやってたんだろう。ついついフィーさまが笑ってくれるから調子にのっちゃって……。め、迷惑かけちゃったみたいで……」

「迷惑なんかじゃ―――」

「本当にすいません!」


 フィーが何かを言う前に、アベルは走り去っていった。さっきまで彼がいた席は空っぽになっている。

 寂しいと思うのは、きっとわがままなのだろう。


「わたしも後片付けして後宮をでないと……」


 フィーはそれを紛らわすようにひとり言を呟いた。

 ようやく後宮の片づけをはじめたフィーだったが、その耳に数分後、駆け足のような足音が聞こえてくる。見張りたちではないと思う。彼らはいつものんびりと歩いているから。

 窓から見つからないように外を覗くと、後宮の方へ走ってくるアベルの姿が見えた。相当ダッシュして来たらしい、オレンジ色の髪も、そばかすの残る頬も汗だくだった。


「アベル!?」


 フィーは驚いて慌てて玄関に向かう。

 フィーがアベルを扉の前で迎えると、アベルは両手で何かを差し出した。


「これを!」


 それは花の苗だった。白くて素朴で、でも綺麗な花。フィーの故郷にも咲いていたマーレッタが、小さな小瓶の中で綺麗に揺れていた。


「花壇に花がなくて寂しいって言ってたろ? だから何か買ってこようって思ってて。でもなんか照れくさくてなかなか渡せなくてさ。ごめん、迷惑かもしれないけど、これで…………最後だから」


 確かにフィーは言ったのだ。

 後宮でアベルと過ごしているとき、何気ない会話の中で。何もない花壇の方を見つめて、「ちょっと寂しい」と……。


 フィーは両手で大事そうに花の苗を受け取り、嬉しそうにアベルへと笑った。


「ありがとう。大切に育てるね」


 その顔を見てアベルは少し顔を赤くしたあと、顔を逸らし「それじゃあ」と言って駆け出していった。

 その背中を見送り、フィーは小声で呟いた。


「うん、またね……」





 アベルは王城の庭を走りながら、心の中で呟いた。


(ちくしょう…!)


 自分が情けなかった……。

 少し考えてみればわかることだった。彼女は冷遇されているとはいえ王の妻。

 それが若い見習い騎士と会っていたらどうことになってしまうのか。

 自分はまだいい。王の妻に好意をもってしまった馬鹿な見習い騎士として自業自得の罰を受けるのだから。でもフィーさまは違う。自分を助けて優しくしてくれたせいで、無実の罰を、そして謂れのないそしりとさらなる冷遇を受けることになってしまう。


(ちくしょう……!)


 自分の力のなさが恨めしかった。

 フィーさまが寂しい思いをしなくて済むように……。そう思って怪我が治ってからもフィーに会いに行っていた。でも、それは迷惑にしかなってなかった。自分はただの見習い騎士。しかも落ちこぼれの……。

 フィーさまを助けようと思っても、何もできやしないのだった……。


 そして本当はきっと分かっていた。

 全部言い訳で、ただ会いたかったのだ……。後宮で寂しい思いをしている優しいあの子に。あんな日陰に追いやられても誰も恨まずに生きている綺麗なあの子に。


 自分の無力さが、愚かさが、身勝手さが、この現状が悔しくてしかたなかった。


 そんな走るアベルの耳に侍女たちの会話が飛び込んできた。ヒースと良く話している侍女たちの声だった。


「あークロウさまに会いたい会いたい会いたい!」

「あんまりしつこくしてると、優しいクロウさまでも嫌われちゃうかもしれないわよ」

「そうそう、ほら、あんなところに閉じ込められちゃった側妃さまみたいにはならないように気をつけないと」

「バカな女よね。他人の結婚話に割り込んだって嫌われるってわかりきってるのに」

「そういうことやる時点で性格悪くて嫌われても当然よねぇ」


「うるせぇ! 相手のこと何も知らないくせに悪口いってるんじゃねぇよ! 性格悪いのはお前らだ! 不細工ども!」


 アベルは大声で侍女たちに叫んだ。

 それから走り去る。


「な、なにあいつ」

「いきなり怒鳴って何なのよ」


 呆然として侍女たちは呟く。

 走り去ったアベルは心の中で呟く。


(なんでみんなフィーさまのことを悪く言うんだよ……)


 思い出してみれば侍女たちだけじゃない、北の宿舎の人間たちの間でも、騎士たちの間でも、フィーさまの話題がでるときは悪い噂ばかりだ。


(あの子のこと何も知らないくせに……)


 優しい子なんだ……。

 後宮に侵入してきた自分をかばってくれた。足の怪我を優しく治療してくれた。料理の腕はあまり上手くないけど、一生懸命、自分やリネットのために作ってくれた。何も考えずに会いにきた自分に、優しく迎えてくれて、最後はバカな自分のために将来を思って注意してくれた。

 あんな状況に追い込まれても、ひねたり誰かを貶したりしようとせず、まわりの人間を思いやって、誰のことも憎んだりせずに生きている。

 リネットが泣いたときだって、慰める役にまわっていた。本当は悲しくないわけがないのに。寂しくないわけがないのに。


 きっとあの厚化粧は、涙のあとを隠すために違いないんだ……。


(誰もあの子のことを知ろうとしない……! どんな子か知ろうとしない……。 そのくせ悪口ばかり……! ちくしょう……!)


 その足がふいに止まり、その口が呆然としたように呟く。


「俺だって一緒じゃねぇか……」


 ヒースのことを貧民だからって騎士隊にふさわしくないと思った。

 むかつくからって相手のことも知らず性格が悪いって思い続けた。そしてずっと悪口ばかり言っていた。どんな相手かも知らずに、ただ馬鹿にして見下して憎み続けていた。

 ずっとずっと……。


 夕暮れの風が汗にしめった頬をなでる。


 ふと手のひらを見ると、花びらが一枚残っていた。白くて綺麗な彼女と良く似た、一枚の真っ白な小さな花びら。


 アベルはあのとき言えなかった言葉をひとり呟く。


「いつか君を、この場所から連れ出して見せるから」


 それはひとりの未熟な見習い騎士が、孤独に囚われたお姫さまのために誓った約束。

 言葉にできず、伝えられもしなかった、彼しか知らない約束。


ちょっとポエミィすぎたかと反省。


書籍化について新たな情報が発表できることになりました。活動報告にも記載しているのですが、イラスト担当の方が決まりました。くろでこさまという方です。まだこの作品についての何かをお見せすることはできないのですが、ツイッターアドレスからくろでこさまのイラストに飛んでみるともはや期待度が高まりまくると思います。

是非見に行って欲しいです。

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