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113 番外 割と似たもの二人

 フィールとリネットがオーストルについて間もないころ。

 リネットはロイから手渡された紙を愕然とした顔で見ていた。


「あの……ロイ陛下……なんですか……。これは……」

「君に頼まれていたこちらの侍女の中で信頼がおけるもののリストだ」


 それはフィールさまの世話役になる侍女を選ぶために、オーストルの国の人に頼んでいたものだった。


 知り合って間もないオーストルの国王は、封建的な国から来たリネットから見ると奇異な存在だった。

 まだ若い―――とはいっても一国の王としてはということでリネットより年上の男性だが―――オーストルの王は、リネットのところにも普通に出向いて話しかけてくる。

 普通、王と話すのには謁見という形式を経る必要があったり、大仰な儀礼が要求されたり、かなりの手間がいるものだ。デーマンでリネットが王と話せる機会を持てたのも、フィールの側仕えという王族のプライベートな空間で働く侍女だったからに過ぎず、あくまでリネット個人で王と話すというならば、相応の手続きが要求されただろう。

 しかし、この王は城のどこでも歩き回り、平気で用があれば話しかけてくる。下手をすれば下っ端の文官たちよりいろんな場所に出現する。

 フィールさまを護衛する第一騎士隊の人間に王への質問を預けたとき、本人が直接出向いて答えにきたのは仰天したものだ。


 政策はどちらかというと改革的で、身分制度に関係なく人を登用したり、新しい制度を取り入れたりしているというのは聞いてた。

 だが、本人までまさかこんな感じだとは思わなかった。

 その姿は王というよりは、立ち上げたばかりの商会を足しげく自分で見回って切り盛りしている実業家の青年のように見える。

 伝統だけは一応あるデーマンで、王族に仕えるように教育を受けたリネットとしては、奇異に映る存在だ。


 そんなロイが用意した、オーストルの中で信頼がおける侍女のリストについて「なんですかこれは」とリネットが聞き返してしまったのは、それが何かわからなかったからではない。

 その中身が問題だった。


 並んでいるのは侍女たちの名前と簡単な年齢と経歴、そしてひたすら並ぶ『×』の記号だった。

 ずらっと並んでいる名前を見下ろして行くと……。


「全員、赤くバツがついてませんか?」

「そのとおりだ」


 あっさりと肯定され、リストを握るリネットの手がぴくりと震えた。


「なんですかと聞いたのはリストが何かわからなかったからではありません!なぜ全員バツがついてるかと聞いたんです!」


 他国の王に言えば無礼討ちにされそうな言葉だが、リネットは遠慮も投げ捨てて王に言った。

 理由はこの王が気にしないからで自分でもどうかと思うけど、まるでこの王がビジネスパートナーのようにこちらに話しかけてくるのだから仕方ない、とリネットは思うようにしていた。


「一応、経歴上問題のない侍女たちをリストアップした。時間が許す限りで身元の再調査もした。だが、いまいち信用ができない」


 そう言いながら、ロイはリストを指差し小さな円を描いた。


「特にここらへんからきな臭い気配がする」


 そのやたらと真剣みが篭もった声に、リネットの毛が逆立った。


「そんなものフィールさまの傍に置かないでください!」

「無論だ」


 それにロイが冷静な声でこくりと頷く。

 その冷静な声に、リネットは少々ヒステリックな声で叫び返してしまった。


「なんでこれだけ侍女がいて、信頼できる人間がひとりもいないのですか!」


 そう叫びながらリネットは思い出していた。この王の噂を。

 女嫌いであると。

 まさかこのリストはそのせいなのだろうか。


 そんなリネットのロイを責める言葉は、逆に眉ひとつ動かさなかったロイにそのままそっくり返される。


「確かに君の助けになるリストにならなかったことは申し訳なく思う。しかし、それは君も同じだろう」


 そういいながらロイは彼が手に持っていた紙をこちらに見せた。

 リネットの表情がぎくりと苦しそうな顔に変わる。


 それはリネットが今日、ロイと顔を合わせてから渡した、デーマンからやってきた侍女の中で自分が信頼できる人間のリストだった。

 そのリストにならべられた名前には、ひとつも丸がついていない。


 そうなのだ。

 思わずロイを責めるような言葉を吐いてしまったが、実のところリネットも同じ穴のムジナだった。


 リネットは侍女たちと軋轢を産んで問題が起きた子供のときの事件以降、まわりの侍女たちの間にあった溝を埋められていなかった。その結果、フィールさまの世話をする侍女を選ぶにあたって、誰一人推薦できなかったのである。

 それは完全に自分が悪い……。


 リネットは汗をだらだら流しながら黙りこくってしまう。

 そんなリネットの様子にはまったく構わずロイは言葉を続けた。


「実際のところ信頼できる女性が二人いる」

「じゃあその方たちを―――」


 それを聞いて喜びかけたリネットの声をロイはばっさりと切った。


「しかし、ひとりは高齢でね。私の乳母をやってくれていた女性だが腰を悪くしてしまって、たまに手伝うくらいならできるが、長期の仕事は無理だろう。もう1人はいま身重で、さすがに手を貸してもらうわけにはいかない」


 結局、だめという話だった……。

 リネットは嫌な予感にためらいながら口を開く。


「じゃ、じゃあ……」

「正直、私たちは君の能力を高く評価している。侍女としての知識、技術、どれをとってもわが国の侍女では敵うところがなく、そればかりかこの時代では絶滅しかけていた毒物への対処技術も身につけている」


 近年は国家間での交流が盛んになり、それと共に世界は平和な方向にいきはじめていた。国家間の陰謀などのきな臭い話は徐々に減少しはじめていたのだ。

 特に毒殺などの陰湿な事件はほとんど起こらなくなり、毒物による暗殺が起こったのは、少なくとも表ざたになったものではもう80年以上前の話になる。

 それと共に王族の傍で仕える侍女たちにも、そういう技術の需要がなくなってきていたのである。


 リネットはそういう古い技術を有する、いまや数少ない侍女だった。


 正直な話、リネットはフィーさまの傍に仕えたいと思っている。

 自分たちの結婚話に舞い込まれ、この国に巻き添え的に押し込まれてしまったフィーさまは大変な状況であるはずだ。それを支えたい。

 しかし、恋人を殺されかけ落ち込み、本人も命を狙われているフィールさまを放っておくわけにもいかない。


 だからリネットはロイが選んだ信頼のできる侍女に助力してもらい、時間を作って両方の世話をする計画を立てていた。しかし、その計画はいま脆く崩れ去ろうとしていた。

 ロイの女性不審、そしてリネット自身が積み重ねてしまった周りとの不和によって。


「フィール王女の日常を世話する侍女の役目は、暗殺をする上でも一番の格好の位置だ。ここにわずかでも信頼のおけないものを置くわけにはいけない。

 当面の間、フィール王女の世話は君の独力でなんとかしてほしい。こちらもなるべくフィール王女が式典などにでる回数は少なくするつもりだ。暗殺の危険を減らす上でもそちらのほうがいい。

 君ならできると信じている」


 このロイという国王は女性嫌いで有名だが、しかしあからさまに嫌がる様子を見せるのは、女性に言い寄られたときぐらいだ。

 仕事上では事務的ぐらいには話すし、有能であれば見込んで登用したりする姿さえ見せる。

 リネットについてもそちら側に置かれたらしい。


 そしてロイによってリネットはフィールの世話の一切合財を押し付けられたのである。デーマンにいたころすら他の侍女のサポートがあったのに、それもなしだった……。



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