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フィールの護衛任務を終えたあと、フィーはクロウのもとに戻ってきた。
妹はずっと部屋でトマシュ王子に寄り添い続けていた。密かに天井から護衛をしていたフィーはついぞロイの姿を見ることはなかった。
クロウのもとに戻ってきたフィーに、クロウが案の定といった顔をして笑いかけた。
「わけがわからないって顔をしてやがるな」
「はい」
フィーの事情は知らなくても、国王とデートに出かけたはずの王妃がずっと別の男性に寄り添っている光景を見れば、当然に疑問に思うのを予想していたのだろう。
もどってきた部屋には椅子がふたつ準備されていた。ひとつはクロウの、そしてもうひとつは……。
「まあ座れ。複雑な事情なんだ。話せば長くなる。でもこの任務に参加させた以上、俺たちはお前にも話すことにした」
クロウから事情を話してもらえるらしい。
そう理解したフィーは、クロウの前の椅子に座った。
「まずこの話はロイが信用できると思った人間にしか知らされてないことだ。だから外部には漏らさないでくれ」
「ロイ陛下ですか?でも僕会ったことありませんよ」
そう返した瞬間クロウが一瞬、やべぇ……、という表情をした。
「イ、イオールはかなりロイ陛下から信頼されてるからな。イオールがヒースについては大丈夫だといったから、お前も大丈夫だ」
「なるほど」
フィーは納得した風に頷いた。
クロウさんが何を隠してるか知らないが、それがどうでもいいとおもえるほど妹の話のほうを聞きたかったからだ。
「もう察してるかもしれないが、フィールさまとロイ陛下は恋仲で結婚したわけじゃない。もともとフィールさまはトマシュと恋人同士だった」
それはよくわかった。
ずっとベッドで目をあけない青年を、じっと悲しそうに見つめ続けるフィールの表情を見れば。
「二人は結婚したいと思っていた。でも、まわりが二人の結婚に反対することは目に見えていた。デーマンの国王はフィールさまをできるかぎりの大国に嫁がせたいとおもっていたからな。トマシュのような小国の王子では首をふるだろう。
だから二人の関係は秘密にしてあった。それでもいつかまわりに認めさせて、二人は結婚したいと思っていたんだ。
しかし、フィールさまは厄介な人間に目をつけられていた。ルシアナ聖国のグラーシ王だ」
ルシアナ聖国とは東の方に位置する大国だ。その国力は強大で中央の大国オーストルと並ぶと言われている。
そしてあまり評判がいい国ではなかった。オーストルやデーマンなどの国がプラセ教という自然信仰に近い宗教を持つのに対し、ルシアナ聖国はユーニル教という一神教の宗教をもち、その教義が密接に国家の運営とかかわっている。
その性質は侵略的な気質が強く、近年は世界は平和で大きな戦争は無かったが、彼らが他国とおこしたいざこざはいくつもあり、いずれ大きな戦争が起こるとすれば東から起こると言われていた。
「授業でならったかもしれないが、オーストルなどが国教としているプラセ教では、フィールさまのような特殊な力をもった人間は巫女として尊敬を受ける。ただあくまで人より凄いと思われる程度だ。それでもかなりのものだけどな。
でも、ルシアナ聖国などが信じるユーニル教では、そういう傾向がもっと強い。常人にない力を持った人間は聖女、聖人と呼ばれ崇められ、そういう人間を国に迎えれば繁栄を呼ぶと認識されている。王妃などにすれば国王の権力がぐんと高まるわけだ。
フィールさまが結婚できる年齢を迎えたことで、そういう人間が動き出してしまった。
あとからの調査でわかったことだが、いままでほとんど出席のなかったデーマン周辺のパーティーに、その時期ぐらいからグラーシ王が出席していたらしい。そしてフィールさまはグラーシ王から求婚されたと言っている。断ったらその場では引いたらしいけどな。
ルシアナ聖国って国は、他国にいろいろと間諜を放っている。特に田舎の小国なんかはやられ放題の状況だ。そこからフィールさまとトマシュが付き合っているという情報も漏れてしまったんだろう
よりにもよってグラーシ王はフィールの想い人であるトマシュを殺そうとしたみたいだ。事故にみせかけた暗殺でな」
フィーはクロウの話を黙ってじっと聞き続けた。
「トマシュは子供のころオーストルに留学してきていてな。こいつが変な奴で、大国の王子であまり人を寄せ付ける雰囲気じゃなかったロイに気軽に話しかけて友達になっちまいやがった。
俺とロイ、トマシュの三人でよく遊んだりしたもんだ。トマシュはロイの親友のひとりなんだ。
命を狙われていると悟ったトマシュは、ロイに手紙を送った。『もし僕に何かあったら、フィールを守ってやってくれ』って……。
ロイもその手紙を見て急いで俺を含めた配下を送ったけど間に合わなかった。トマシュは馬車の事故に見せかけて殺されかけた。なんとか一命は取り留めたが意識はまだ戻らない」




