聖妃の仕事
「あなたには失望しました、聖妃様」
冷酷な声で告げるのは、この国の皇太子。一応義理の息子になるのかな?私は彼の父である国王陛下の側室のうち、神殿関係枠である『聖妃』だから。
その陛下の一人息子殿は今、ほぼ同い年の義理の母である私に、随分と冷たい眼差しくれてる。
「失望した、とは穏やかではありませんね。一体、なんだというのです」
聞けば、その整った顔立ちを歪めて、今度こそ嫌悪の表情を浮かべる。
「この期に及んで、まだ白を切るのか!恥を知れ!」
本当に一体何の話だ。心当たりの一切ないのに、どうやって察しろというんだ。
さて。こんな状況に陥るまでの経緯を、順を追って話そうか。周囲のうるさい私への罵倒から現実逃避するために。
聖皇国主催の新年祭。
国王陛下が二ヶ月前から国境の魔物への対処の為に、遠征へと出掛けておられるので、私と第二妃の二人でこのパーティーを取り仕切っていた。
今は魔物の繁殖期。もしくは邪気が噴出し魔物が増える『黒の時』と呼ばれる時期だ。各領地も対処に大変だろうと、例年より参加者は少ないと思っていたが、存外参加者が多くてちょっと焦ったのは内緒だ。
原因は皇太子だったのが判明したのは、ついさっきだ。
皇太子は、親友で従兄弟の公爵子息の為に、自由参加である新年祭にわざわざ貴族の参加を促したらしい。
そこで行われたのは、茶番だ。
公爵子息は婚約者がいながら圧倒的に格下の神官見習の女に浮気して、婚約者の公爵令嬢が虐めを行ったとして婚約破棄、神官見習の女と婚約する旨を宣言したのだ。
恋に溺れて正常な判断力を失った公爵子息の、馬鹿な暴走だ。
公爵令嬢は前々から何度も思い直すよう公爵子息に呼びかけていた。聞く耳を持たず、彼女を邪険にし始めたため、私経由で神殿にもあの神官見習の女に不義密通をやめるよう訴えていた。
普通に考えてこんな馬鹿な契約違反を思い直させようと努力した公爵令嬢に、責められる謂れはない。だが、向こうに言わせると、公爵令嬢が行った、周囲に婚約者が目を覚ますように協力を要請した行為は「悪い噂を広めて神官見習の女を辱めた」行為らしい。
恥ずかしい行いをした方が悪いと思う。
それに、わざわざ人を呼んでまで公爵令嬢を辱める意味が分からない。
体調が良くない上に苦労して主催したパーティーで騒ぎを起こされて、私は大分苛ついていた。
「このような公衆の面前で、どっちが恥知らずだか」
横で「恋愛小説のクライマックスみたいねぇ」と呑気に呟く第二妃は感心してるのか馬鹿にしてんのか分からない。
主催者として苦言の一つも呈したいと口を開きかけた所で、皇太子がこっちを見た。
色々勝手をやらかしてるから、謝罪の一つも寄越すかと思えば。
「それと、聖妃様に申し上げたい事がございます」
そして冒頭に戻る。どこにも思い当たらない。
「やはり、心当たりはありません。一体なんだと?」
「彼女が教えてくれたのだ!聖妃は、この国を『黒の時』から完全に守る結界を張ることができるとな!」
彼女、とは公爵子息に寄り添っている神官見習の女だろう。彼女はまるで使命感の塊です!と言わんばかりの表情で私を睨んでいる。
「陛下が、兵士が、国民が『黒の時』に苦しんでいる中、貴女は陛下の寵愛に溺れ、聖妃の地位に固執し、自らの責務を蔑ろにしました!こんなこと、私には見過ごせません!」
そんな事してないし、この小娘は聖妃の責務の何を知ってんだか。年が五つも離れてない神官見習の女に心の中で文句を言っとく。
周囲の貴族も、事前にこの娘の説明を受けていたのだろうな。驚きはなく、口々に私を責め立てる。どの領地も、大なり小なり『黒の時』の被害を受けている。それを完全になくせるはずだったと言われた、そりゃ罵倒もしたくなるだろう。
「出来るんだろう?聖妃」
いっそ敬語もなくなったか、皇太子。だが、問われた事に関してはきちんと嘘偽りなく答えるしかない。聖妃は皆、そう誓約の魔法で自らを縛る事で聖皇室の人間となるのだから。
「出来ます。ですが」
「だったら今すぐやれ!それが貴様の罪滅ぼしだ!」
言葉を遮られて、やれと命令されるが、一応聖妃たる私に命令できるのは陛下だけなんだぞ?
あぁ、内心とはいえ、口調が荒れてきたなぁ。
「・・・命を、かける覚悟が必要です。貴方にはあるのですか」
命懸けと言われて、皇太子が一瞬口ごもる。だが、小娘は黙らなかった。
「聖皇室の人間なら、当然です!国のため、民のため、人生を擲って命を懸けるのは当たり前じゃないですか!」
「聖皇室と関係のない人間は黙りなさい!」
随分軽々しく他人の命を賭けに出すとは、恐ろしい小娘だ。神殿の教育はどうなってんだか。
だが、小娘は胸を張った。
「私は先代陛下の庶子、つまり聖皇室の者です!」
ぱっかーんと口が開いたろうな、私。はしたないと笑いたければ笑え。
「うそ?」
「本当です。聖結界の能力もあります!」
聖皇室の中でも、聖皇室の血を濃く継いで魔力の高い者に発現する固有魔法・聖結界。小娘は証拠だと聖結界を発動した。確かに、間違いない。
「だからこそ言うのです。聖皇室の者として、命と地位惜しさに『黒の時』から国を守る大結界を張る事をしない貴女に!」
・・・小娘は、娘とはいえ十分成人した女だ。聖結界を張ることのできる聖皇室の人間。
私は、顔に喜色を浮かべないようにするのが精一杯だ。
罵倒も耳に入らない。
「どうなのだ、聖妃」
皇太子に促され、私は顔を上げる。よし、無表情になったはず。
「大結界を張る儀式には、陛下の許可が必要です。許可さえあれば、すぐにでも」
一週間後、陛下のご無事の凱旋を祝うのもそこそこに、謁見の間で大結界について貴族から陛下に追求があった。
「陛下も、ご存知だったのですよね?」
皇太子と公爵子息と婚約者の神官見習の小娘が貴族達の代表として陛下に詰め寄る。
陛下は頭を抱えた。
「それを、聖妃可愛さに行わずにいては、聖皇室として国民に申し訳ないと思わないのですか!」
「命懸けだとは聞いています。ですが、多くの国民の命と秤にはかけられないでしょう!」
陛下が内心イラッときたのが、斜め後ろで見てても分かった。勝手な事を、と誰だって思うだろう。「お前らは死ねと言われたら死ぬのが当たり前だ」と言ってるんだから。
「陛下」
呼ぶと、陛下が振り向く。
「それで、行うのですか。大結界の儀」
陛下は苦悩に満ちた顔をなさっている。美丈夫と呼ばれた陛下は、40代になってもカッコイイ。
「・・・・致し方ない。皇太子への教育を早めてから」
「陛下。そちらの神官見習の娘は、先王様の庶子なのだそうです」
「何?・・・・・そういえば、いたな。晩年の子だったから私も覚えがある」
やっぱり陛下は父親の庶子の存在を知ってた。何やらろくな思いがないのか、微妙に分からない程度に顔をしかめておられたが。
「聖結界が使えます」
「何!?それは本当か!」
「確認いたしました。そのうえで、聖皇室の人間として命も人生も懸けるのが当たり前と言っているのです」
陛下の顔に、隠しきれない喜色が浮かぶ。陛下も色々覚悟していたが、彼女のおかげで全部肩透かしになってほっとしているのだろう。
「分かった。そこの娘を聖皇室の者と認める!そして、一週間後に儀式を執り行おう。この後、皇太子とそこの娘と聖妃は私の執務室に来い。以上だ」
「陛下。彼女は昨日、公爵のご子息と婚約いたしました。彼も呼ぶべきです」
進言すると、あっさりと彼も呼ばれた。
場所を変えて、陛下の執務室。
こんな場所でいちゃつく馬鹿は処置なしと放置。陛下も微妙に苦い顔をしながらも、放置。
「まずは、この場でこれ以降話すことは、他言無用の誓約を受け入れてもらう」
それぞれが受け入れたところで、陛下に目配せされて私が話す。
「では、大結界の儀式について説明いたします」
小娘が私を睨んでくるのを真正面から見て、にっこり微笑んだ。
「そちらの彼女。その命、国のため民のため捨ててください」
「え?」
キョトンとした彼女は不安げに横の略奪したばかりの恋人に縋る。皇太子も訳が分からないという顔をしている。
「な、何故私が?」
「大結界は、聖皇室の方の血から聖結界の能力を儀式で抽出し、増幅の能力を持つ聖妃の血を適量混ぜて巨大かつ百年単位で効力を発揮する、というものです」
城を覆う程度の結界なら、陛下一人でも維持できる。聖王都を覆う程度なら、貧血覚悟で聖妃の血を使いつつ月一で張り直せば維持はできる。
だが、国を覆う程となると、大人の全身の血を一滴残らず使って聖妃も貧血覚悟で血を使わないと長持ちで高い効果を持つ大結界はできない。
つまり、聖皇室の人間を一人犠牲にしなければできないのが、大結界。
犠牲となる者にも条件があり、大人若しくは非常に高い魔力を持ち、聖結界の固有魔法を発現していること。
小娘、偉そうに演説してたくせに、顔色が悪いけどどうしたの?
「今まで大結界の儀式をしなかったのは、聖結界を使える聖皇室の者が陛下と皇太子殿下しかおられなかったから」
二人とも多くの政務を抱えた身で皇太子殿下は未熟だ。
「本当にギリギリな状況になってしまったら、私は皇太子の教育を早めて自分の命を捨てるつもりだった」
「増幅の能力を持つ私との子を成す試みも、その一貫です。私達の子なら、量を補う程の質を持った子が生まれるかもしれない。赤子のうちに儀式に捧げられる質の子が」
本当は皇太子を産んで死んでしまった第一妃の代わりに子を成すのが第二妃だが、なかなか子に恵まれず、第三妃である私にまで順が回ってきた。
子を捧げよとは、随分覚悟のいる事だったが、その覚悟も無駄になった。
「ですが。大人で、聖結界が使えて政務に影響しない聖皇室の人間がいるなら、そちらの方が確実です。貴女、一週間以内に身辺整理をしなさい」
命じると、小娘はゆるゆると首を横に振る。さっきまで散々命懸けで民を守るのは当然と嘯いていた威勢はどこへやら。
「わ、私は・・・彼と結婚して、公爵夫人になって、子供作って・・・これから、これから幸せになるのに・・・何故私が・・・」
「国のため、民のため命を懸けて人生を擲つのは、聖皇室の人間として当然の事。嫌だなんて恥ずかしい事、言わないわよね?
だから。貴女、その命捨ててくれるでしょう?」
小娘は、真っ白い顔で気絶した。
一週間後、聖皇国を大結界が覆った。死体も残れない程、その体から血の一滴までも絞り尽くされた少女の無惨な遺体は、婚約者の公爵子息に見送られて聖皇室の墓に国葬された。
それから半年経って、国内での『黒の時』の完全終息が確認された。
「公爵子息は、あの子に操を立てて弟に跡継ぎを譲ったそうです」
「そうか。優秀だったからな。何か功績を立てたら一代貴族に取り立てよう」
陛下は、何でもない事のように言った。優秀ではあったかもだが、盲目になりがちだと思うけど。
「息子も、教育をもっと厳しくせねば。聖妃には迷惑をかけた」
結構なバカやらかした皇太子は、陛下の説教の後、謹慎。その間に今までの倍の速度で勉強のやり直しらしい。
「いいえ。あれのおかげで、この子を捧げずに済んだのですから」
私の腕では、小さな赤ん坊がすやすやと寝息を立てている。
あの儀式の後で存在が分かり、今日産まれた小さな我が子。愛らしい娘だ。
「聖妃。愛おしい聖妃。お前との子が無事で嬉しく思う」
「私もです、陛下。愛しい私の旦那様」
陛下と口づけをかわし、私は幸せを噛み締める。
この国は、犠牲の上に成り立っているのだ。
聖妃・5年前に神殿から嫁いできた。国王と二十近い年齢差があるが、ナイスミドルな国王を愛している。他の妃との関係も悪くない。
国王・妃全員を立場を慮りつつも平等に愛したアラフォー。
皇太子・視野の狭い正義漢。
公爵令嬢・その後、皇太子と結婚。男女8人の子を授かる。
色々後悔。説明文多過ぎじゃね?