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「え、これ、百合根?何でこんなとこに、って、ちょっと、」
小さなゴルフボール位の大きさのそれは。
土にまみれ、わずかに血がこびりついていた。
「小さな穴があいてるわ……まるで何かが噛んだ跡みたい」
まさか。
『にぃ、にぁ、にぃ、にぁぁ』
まさか、そんな。
『にぃ、にぁ、にぃ、にぁぁ』
必死な鳴き声が、頭の中に木霊する。
「竜一、どうしたの、顔真っ青よ!?早く布団に」
「桜」
「ちょ、え、何、そんな真剣な顔して」
「動物が薬草を使う事はあり得るか」
「有り得るどころか常識よ。彼らは本能で薬草を見つけて食べ……まさか、これ」
小さな歯型。
土と血。
見えない姿。
「雪だ」
「雪だ、って……これ、百合根よ!?近所に育ててる奇特な人なんていないわよ!?
こんな大きさまで育てるのに数年はかかるし、それこそ天然物なんて山にしか」
「行ったんだ、裏山に」
何処だ、何処に……
縁側に這いつくばり、百合根が置いてあった場所を調べると、
土と血にまみれた足跡がてんてん、と、縁の下に続いていた。
「桜、縁の下は探したか」
「もちろんよ、覗きこんで探し……ちょっと!?」
部屋に駆け戻り、懐中電灯を持って縁の下に潜る。
探して、探して、ようやく。
「雪!!!!!」
縁の下の奥、家屋の中央部分にいるのを見つけた。
綺麗な毛並は泥だらけで、前足の爪は全部はがれていて、血まみれだった。
抱き上げて懐に入れ、あまりの冷たさに身震いする。
『にぃ、にぁ、にぃ、にぁぁ』
馬鹿だった。
『にぃ、にぁ、にぃ、にぁぁ』
俺は、本当に、馬鹿だった。
何で気付かなかった。何で気付けなかった。
ここまで俺を思ってくれる『家族』が、傍にいたのに!!!!!
「桜!!!雪が、雪がっ」
「雪!!こんな、酷いっ……すぐ病院に運ばないと」
「助かるのか、雪は、死なないと、桜、桜っ」
「落ち着きなさい!!!」
頬にばちんと痛みが走る。
「すぐに病院に運ぶわ、あんたそのまま助手席に乗りなさい。どうせ留守番してろって言っても無理でしょ」
「あ、あぁ」
桜は狼狽えるだけの俺を助手席に叩き込み、3人に留守番を頼み、即座に病院へむかってくれた。
ハンズフリーで病院に電話連絡をしていたんだろう、着いた途端に院長先生が飛び出してきた。
それからの事は、あまり覚えていない。
寒い中、寝間着だけで床下に潜っていたのが祟ったのか、病院で意識を失いなんと救急搬送されてしまったらしい。
らしい、というか、動物病院の手術室前で意識が途切れたので、後で桜に聞いた。またすごく怒られた。