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黒猫の赤い薔薇

作者: 紫生サラ

 名も無い緑の森のずっと奥。緑の木々に囲まれた色鮮やかな花の海。南風がサアーと走り、花の波が行き着くところに誰が置いたのか白いベンチがありました。 

 そこは長い毛並みの長いしっぽも手も足も真っ白な猫の特等席でした。

 とても美しいその白猫はとても美しい青い瞳で花を見ながら日向ぼっこをしながら白猫のもとやってくる森の猫達とおしゃべりするのが好きでした。

 白猫は森の猫ではありません。森の外の街に住む街猫でした。森の猫達は街の珍しい話を美しい白猫から聞きたがりました。

 白猫はみんなの人気者。

 ある時、森の黒猫がやってきました。

「あら、黒猫さんが来るなんて珍しい」

 三毛猫が言いました。

 黒猫はおとなしくて物静かで、おしゃべりが苦手でした。その上、三毛猫やトラ猫達に比べると黒い色は色鮮やかな花畑に少し不釣合いのように白猫には思えました。

 黒猫は白猫の輪に入りたくてやってきたのですが、お話をするのが苦手です。これといった特技もないし、どちらと言えば器用なほうでもありません。ですので、お話をするかわりに黒猫は一輪の花を持ってきて白猫にプレゼントしました。

「まあ」

 黒猫のもってきた花はこの花畑にはないもので珍しいものでした。しかし白猫は言いました。

「わたくし、花はバラの花が好きですの」

 そう言うと、白猫は黒猫にプレゼントされた花を捨ててしまいました。

 黒猫はがっかりすると、その日はその花を持って森へと帰っていきました。

 バラの花を白猫は街で見たことがありますが、黒猫も他の森の猫達はバラの花を見たことがありません。

 次の日。黒猫はまた違う花をくわえて白猫のところに現れました。

「いいえ、これはバラではないわ」

 白猫はそう言ってまた黒猫の持ってきた花を捨ててしまいました。黒猫はがっかりして森へと帰っていきました。

 また次の日。黒猫は違う花をくわえて白猫のところに現れました。

「わたくしバラがいいんですの」

 白猫は黒猫のくわえていた花を手にもとらずにつき返します。黒猫はがっかりしてその場に花を置いて森に帰っていきました。

 それから数日、黒猫は姿を見せませんでした。その間、白猫と森の猫達は楽しくおしゃべりして過しました。

「黒猫さんどうしたかな?」

 三毛猫がいいました。

「黒猫さんが持ってくる花は見たこと無い花ばかりだったね」

 トラ猫もいいました。

「でも、バラではなかったわ」

 白猫はいいます。

 白猫は花よりも黒猫のことが気に入らなかったのです。

 その次の日の事です。黒猫が一輪の花をくわえてやってきました。

 白猫は驚いていいました。

「それは、バラの花ですわ!」

 白猫は黒猫からバラを受け取ると空のような青い目を輝かせて喜びました。それは確かに真っ赤なバラの花でした。森の猫達の誰もがみたことのない美しい花でした。

 黒猫はうれしそうに微笑むとやっとみんなの輪に混じって腰かけました。

 黒猫はとても幸せでした。

 それから黒猫は白猫に会うために、毎日毎日バラの花をくわえてやってきました。

 白猫はバラの花を受け取ると黒猫がそばにいることを許してくれました。

 黒猫は白猫の事が好きでした。

 しかし、黒猫がそれを口にすることはありませんでした。ただ白猫がバラの花を喜んでくれるのが、黒猫にはうれしかったのです。黒猫にはそれで十分でした。ほかの森の猫達の輪の中で白猫から一番離れたところで白猫と赤いバラの花を見ているときが一番幸せでした。  

 そんな毎日が続いたある日、パタリと黒猫が姿を見せなくなりました。

「今日は黒猫さん来ないね」

 トラ猫が言いました。

 けれど白猫は少しも気にしませんでした。

 黒猫はくるはず。今日はたまたまこなかったに違いない。そう思いました。

 しかし黒猫は次の日も現れませんでした。

 白猫は少しイライラしました。

 黒猫はその次の日も現れませんでした。

 白猫はもうベンチで座っていられません。

「もう、黒猫はどうしたの! なんでバラを持ってこないの!?」

「本当にどうしたんだろう?」

 三毛は心配そう言いました。

「みんなで様子を見に行こう」

 トラ猫が言いました。すると、そこにいた森の猫達は「そうだそうだ」と声を揃えました。

「……仕方ないわね」

 森の中に入った事の無い白猫は森の中になど入りたくはありませんでした。しかし、みんなが言うので仕方がありません。

 白猫も森の中へと入り黒猫を探します。

 森の中は街で見たことが無いものばかり、大きな木がたくさん、葉っぱがたくさん、花や木の実がたくさん。聞いたことのない動物の声、歩きなれない道に白猫は悪戦苦闘です。

 それでも黒猫は見つかりません。

 森を奥へ進み、生い茂る木の枝やツルで森の猫達ですら歩きにくくなってきた頃、三毛猫が一輪の花を見つけました。

「あ、これは、黒猫さんが最初にもってきた花だ」

 それは、黒猫が白猫に初めてプレゼントして捨てられた花でした。

「こんなところに?」

 白猫は驚きました。よく見れば、その花はとても美しい色合いをしているではありませんか。

 それからさらに進み、道はとても険しく、辺りも少し暗くなってきました。日の光があまり差し込んでこないのです。

 白猫は帰りたくて仕方がありません。街猫の白猫には森の奥は怖く怖くて仕方が無いのです。すると、今度はトラ猫が一輪の花を見つけました。

「この花、黒猫さんが、持ってきたことある花だ!」

 それは確かに、黒猫が白猫にプレゼントして突き返された花でした。

「こんなところから?」

 白猫にもわかりました。その花はとても珍しい花だったのです。ここに来るまでのあいだに見ることがなかったのですから。

 白猫はとても驚きました。その花に近寄れば、とてもいい香りがするではありませんか。

 猫達はさらにさらに進んでいきました。三毛猫もトラ猫も、どんな森の猫達も入ったことがないくらい名も無き森の奥の奥。

 そこは森の中に浮かんだ孤島のようにぽっかりと開けて、光が差し込んでいる場所でした。名も無き森の奥の奥、暗くて歩きにくくて、誰も近寄らないようなそんな場所にあのバラの花がひっそりと咲いていたのです。

「黒猫さん!」

 三毛猫が黒猫を見つけました。

 バラの木のそばに黒猫が倒れているではありませんか。猫達が近づき見ると黒猫はひどい怪我をしていました。

「黒猫さん、黒猫さん、大丈夫!?」

 トラ猫がいいました。しかし、黒猫は答えません。黒猫は一輪の萎れかけたバラの花を手にしたまま倒れていたのです。

 三毛はバラの木と黒猫がもっているバラの花を見て気がつきました。

 黒猫が持っているバラの花には棘がありません。黒猫は白猫が怪我をしないようにバラの棘を丁寧にとってから渡していたのです。

 棘のないバラをもらっても、白猫はそれに気がつきませんでした。実は白猫はバラを遠くから見たことはあっても、それがどんな花なのかを知らなかったのです。

「黒猫、どうして寝ているのですか?」

 白猫は言いました。白猫は黒猫のもとに近づき、黒猫を起こそうと体をゆすります。

「どうして私の元にこないのです?」

 白猫の長くて白い毛並みは黒猫に触れるたびに赤くなりました。きれい好きな白猫はそれでもかまわず黒猫をゆすりました。

「あなたがこないと私に誰が花を贈ってくれるのです?」

 きれいな白猫はすっかり赤く、黒くなりながら黒猫の傷を舐めました。

 森の猫達はそんな白猫を初めて見ました。

 泣いている白猫の姿を。

「その萎れたバラを私のもとに届けるのでしょう? 目を覚ましなさい!」

 森の猫達は白猫にあきらめるように言いました。黒猫はそれほどにひどい怪我だったのです。ピンク色のバラの花を赤く染めるほどに。 

「もう戻りましょう、白猫さん。もう戻らないと夜になってしまう」

 三毛猫が言いました。夜の森は、今よりもずっとずっと怖いのです。ましてや、こんな奥の奥の暗い所では何が起こるかわかりません。そんなことは白猫もわかっていました。しかし、白猫はかたくなに黒猫のそばを離れようとしませんでした。

 森の猫達は仕方なく、黒猫と白猫を置いて帰っていきました。

 バラの木と黒猫、黒くなった白猫を残して。


   ※

 

 名も無い緑の森のずっと奥。緑の木々に囲まれた色鮮やかな花の海。南風がサアーと走り、花の波が行き着くところに誰が置いたのか白いベンチがありました。 

 昔、そこには長い毛並みと長いしっぽ、手も足も真っ白な美しい猫の特等席でした。

 でも、今は誰の席でもありません。白猫はあれから一度も現れなかったからです。

 ある満月の夜に、長い毛並みと長いしっぽ、手も足も黒い子猫がバラをくわえてやってくるとベンチのそばにそのバラを植えていきました。

 誰もいない夜の事。それを知るものは誰もいませんでした。しかし、やがて森の猫達はあの白猫と黒猫を思い出すようになりました。

 今では、白いベンチにバラの木が寄り添い、見事なバラが咲いているのですから。


                                            おわり

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