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第十一話 胎動、白亜の勇者 アーバラク中央軍

更新遅れてすみませんでした。年が明けてからなかなか忙しくて……

前回までのあらすじ--護衛任務中、黒翼を生やした悪魔じみた敵の襲撃でダルマ、ツムギ班が半壊。単独で敵と交戦したシュナ=クレイは敵の精霊術に巻き込まれ、志半ばにして命を落としてしまう


今回は現在サヴァンの軍勢と交戦中である東の宗教国家アーバラクの話です。エリーはヘンゼルウェーブ傭兵団の団長でザンシュ=クロードの上司になります。登場人物が多いので忘れられてないか心配……

「エリー、様だ」

「ん、うちの女房が何だって……エリー様だっ!」

「エリー様じゃないか!」

「号外っ、号外ぃっ!」

「皆の者っ、白亜の勇者様がかけつけてくださったぞああ!!」

 兵士たちが怒濤の歓声を上げる。

 烈風を巻き起こしながら降下する翼竜の背中に白銀の鎧を纏った女が見える。揺れる竜の背にあってその姿勢が乱れることはない。彼女は竜の手綱を握りながら鉄兜を脱ぎとり、束ねた白亜色の髪をほどきながら眼下の兵士群に花びらのような微笑を向ける。その振る舞い一つ一つがため息が出るほどに美しい。

 着地した翼竜が足踏みをしながら体の向きを変える。腹の底に響くほどの地鳴りがする中、注目の的である竜騎兵のもとへ駆けつける男がいた。

「エリー様、ご無事で」

 青い髪にエメラルド色の瞳をした少年はエリーに手を差し出した。エリーはその手を借りて高すぎる鞍上から大地に降り立つ。

「セイク、また会えて嬉しいです。エルメラス将軍はいずこに」

「幕舎にて会議を。私がご案内いたします。調教班っ! この翼竜を格納しておけっ!」

「長旅につき合ってもらったのです。労ってあげてください」

「だ、そうだ! 丁重におもてなせ!」

 二人が幕舎の方角へ歩き出す。兵士たちはエリーのもとに群がろうとしたが、彼女の前をいく少年の鋭い眼光がそれを寄せつけない。一時は皆残念がって肩を落とすわけであるが、それでもエリーが手を振りながら激励の言葉を投げかければたちどころに元気を取り戻してしまう。勇者をたたえる歌が響き、軽やかな踊りに合わせて手拍子や足踏み、指笛に腹太鼓まで雑多な音が空の彼方まで突き抜ける。

 祭りのような喧噪の中を抜ける。もう周囲に兵士達はいない。見張り役の衛兵が散見される程度である。そこは階級の高い者以外入ることを許されないエリアであった。

「エリー様、戦況についてどこまで聞き及んでおられるのですか」

「首都ナバロでは堅門砦が落ちたという情報しか……。あとは可及的速やかに中央軍へ合流するよう命じられただけです。半ば追い返されるような応対をされました」

「巫王が床に伏せっておいでなのです。仕方がありません。戴冠の儀が執り行われるまでナバロは揺れ続けるでしょう」

「時勢が時勢です。早急に安定してほしいものです。……それでセイク、砦の件について」

「はい。堅門砦の陥落は事実です。はじめにシュトロウム卿が戦死なされました。それから軍は砂糖が溶けるように瓦解していき……」

「そうですか……。つらいことです」

「地縛型マギカのいくつかは回収に成功しましたが、シュトロウム卿のマギカ『雷電』は土地の束縛性が強く回収には至っておりません」

「それで、私が呼び戻されたわけですか」

「はい。私見ですが砦の奪還作戦は近いうちに必ず。エリー様にもお力をふるっていただくことになるでしょう」

「無論です。この身はそのためにあるのですから」

 二人はやがて木組みに布を垂らした幕舎の前にたどり着いた。青髪の少年が垂れ幕の奥に声をかける。

「セイク=レナードであります。白亜の勇者をお連れしました」

 わずかなざわめきを聞いた後で「入りたまえ」と声がかかった。

 垂れ幕をめくった先はうす暗がりに閉ざされていた。二、三個葉巻の火が煙を上げているのが見える。木製のテーブルを囲む顔ぶれはエリーもよく知る軍の上役ばかりだ。エリーを見て浮つく様子の者も逆に軽蔑するような視線を送る者もいる。

 そうしたように様々な人間がエリーに対し何かしらの反応を見せる中、一人だけ無反応をつらぬく者がいる。山と見まがう巨体を椅子にうずめるその人物は手にした木の枝の先端で卓上に広げた地図をなぞっていた。男は目を閉じているが、すべる枝の先端は主要な軍路や自軍の陣地などを正確に指し示している。

 男は副官に注意をうながされてようやくエリーの方に目を向けた。皺と体毛に埋もれかけた藍色の瞳がエリーをじとりとのぞき込む。獅子すら萎縮すると噂の凄みある視線をエリーは静かに受け止める。

 しばらくして、男は伸び放題の白髭をいじりながらふっと笑みをもらした。

「白亜の勇者よ。急な呼び出しに応じられたこと、感謝します」

「お久しぶりですエルメラス将軍」

「皆、あなたを待っていました。どうぞ席についてください」

 エリーが席に着く。それを見たエルメラスの深みのある声が響く。

「それでは会議を再開しよう。と言っても、もうほぼ議題は出尽くしたがね」

 エルメラスは枝で地図上のある一点を指し示す。

「エリー君、我々中央軍は堅門砦における戦で手痛い敗北を喫しました。二日前のことです」

「はい。シュトロウム卿が戦死なされ雷電のマギカを失ったと聞いています」

「ふむ。では、いかなる敵に、いかようにして苦汁を飲まされたかは耳にしていますか」

「いいえ」

「……ウィズナム、これを彼女に」

 エルメラスの副官がエリーに一枚の紙を手渡す。エリーは眉をひそめた。

「何の絵でしょう、これは」

「それが新たに確認された敵の姿です」

「てき……敵? これが? ですがこれは……」

「うふうううう。けっけ。まるで人間、だろう?」

 大量の煙が卓上に吐き出される。新たな声の主はエリーの隣に座る男だった。男はエリーの肩に手を回すとエリーに顔を近づける。鳶色の瞳や丈夫そうな鷲鼻をエリーは冷ややかに見つめ返す。煙草は嫌いだった。

「だが、そいつはモノホンだぜ。俺だってこの目で見たんだ。そいつが何匹も集まって馬鹿にでけえ構築陣編み出してよお、雷飛ばしたシュトロウムと相打ちになったんだ」

「構築陣? 敵が精霊術を使用したと言うのですか」

「ん? 俺は嘘は言ってねえ」

 エリーはエルメラスに眼差しを向ける。

「コーラスの話は事実です。そのものらは宙に浮き光を統べて戦います。さて……」

 エルメラスはいったん下を向いてゴホンと咳をし、改めてエリーを見つめ返す。

「エリー君。君に依頼したいことがあります」

「はい、何なりと」

「では、現在我々中央軍と交戦中のサヴァン、これの戦力を確認してきて欲しい」

「戦力の、確認?」エリーは首をかしげた。「不可解な言い方をなされますね。殲滅してはいけない?」

「殲滅抹殺、大いに結構。しかしエリー君、目的を見失ってはならない。君にはあくまで調査を依頼したいのです。敵がどの程度の戦力を保持しているのか、彼らの有する戦法の種類に至るまで。我々は情報を望んでいる」

 この言葉を聞いてエリーの疑問はますます膨らんだ。招集がかかる以前に彼女が参加していた戦線はここより南西の方角に位置する戦線であるが、そこはここ数日サヴァンに押されに押されていた。正直、危機的な状況と言える。戦線が瓦解していないのはエリーが兵士達を奮い立たせ、自ら先陣をきってサヴァンを駆逐していたからだ。

 その情報が今いる中央の戦線まで届いていないとは考えにくい。恐らく耳に入っているだろう。

 なのにエルメラスはこうして彼女をはるばる呼び寄せて、その上で偵察の任務を与えようとする。

 彼女は内心こう思った。

(それって私じゃなくてもいいような……)

「君の疑問は最もです。しかし我々には君以外の偵察を出すに渋る理由がある」

 エルメラスにはエリーの疑心が透けて見えたらしい。彼は言葉を続ける。

「サヴァンとの開戦から早一ヶ月経ちます。戦況は芳しくはない。エリー君、ここが重要なところだが、その主たる原因は我々が消耗していることでもサヴァンの戦力に衰えが見られないことでもない。原因はただ一つ、サヴァンが学習していることなのです」

「学習?」

 エルメラスは枝を使って卓上に置かれた地図の一点を指し示した。サヴァンとアーバラクとの戦線は大きく三つに分けられる。一つは数日前エリーが参加していた南西の戦線。一つは現在彼女たちが滞在する中央の戦線。もう一つが中央から北に位置する北方の戦線。

 エリーは眉をひそめる。エルメラスの指し示したのは北方の戦線よりさらに北上した場所であった。そこはすでにカミュナ帝国との国境ですらない。雪嵐に閉ざされた極寒の土地ではないか。

「そんなところに何があるのです」

「サヴァンが出没した」

「まさか」

「本当のことです」

「そんなはずはありません、私は知っています。サヴァンの軍勢は人の密集する場所を目指して侵攻します。現に大きな防衛戦の背後には人口の密集地が存在している。サヴァンがそのような北方の極寒の土地に侵攻するはずないでしょう」

「すでに被害が出ています。彼らはここから南下して、北方の小都市ハゼルを襲撃しました。そして軍勢はハゼルを占拠したまま動く気配を見せません。軍内部ではこの新たな軍勢に戦力を投入するか決めあぐねている」

 エリーは理解に苦しんだ。サヴァンの行動原理は『人を喰らう』の一点張りのはず。それが人口の少ない地方都市を襲撃し、あげくその場にとどまったままこちらの出方をうかがっている?

 らしくない。サヴァンらしくない。

 エルメラスは諭すような口調でエリーに語りかける。

「エリー君、現実です。サヴァンは学習してきている。まだまだお粗末なものだが、それでも戦争のやりかたというものを理解し始めているのです」

「……ひとまず呑み込みましょう。すると敵の目的は……」

「戦線を更に拡大し、我々の戦力を分散させることにある。包囲網とまではいかないでしょうが……。おそらく北方の都市を占拠した勢力は囮の役目を担っています。釣り針についたエサと同様に我々を誘っている」

「…………」

「エリー君、始めに見せた新種のサヴァンのことですが……」

「カミュナの精霊術をサヴァンが習得したと推測なさるわけですか」

「ご明察。そしてこの精霊術は非常に厄介です。敵はこれを単なる攻撃手段にとどめず攪乱や揺動にも利用している。事実、堅門砦はそうやって落とされた」

「なるほど。では偵察を出し渋る理由は……」

「敵が精霊術を使用するようになって、敵情把握の任務は酷く困難になりました。偵察向きのマギカを所持する人員は慢性的に不足しています。戦況が変化する中でこれ以上情報を手に入れるために貴重な人材を手放すわけにもいかない」

「大筋は把握しました。隠密行動が可能で、かつ新種のサヴァンと単独で交戦できるであろう私が適任であるわけですね」

「はい。無論、白亜の勇者たる君を偵察任務のためだけに呼び寄せたわけではありません。堅門砦の奪還は中央軍の当面の目標です。情報が出そろい次第、我々は行動を開始する。そのときは是非とも力を貸していただきたい」

「この身はアーバラクのために。全力を尽くします」

「任務の詳細は追って話します。今は長旅の疲れを癒やしてください」


 ☆  ☆  ☆


「将軍さんよ」

 人気のない幕舎の中に男の声が響く。

 幕舎に残っているのは二人だけだった。一人は中央軍の頭たる将軍エルメラス。もう一人は最近中央軍に配属された傭兵隊の隊長で、コーラスという男だ。先ほど会議中にエリーの隣に座していた鳶色の瞳の男である。

 エルメラスは相変わらず自分の椅子に座している。対してコーラスはエルメラスのすぐ側に立って、老人の顔をのぞき込んでいた。

「まだいたかコーラス。思考の邪魔だ、失せなさい」

「やだね。俺は将軍さんに聞きたいことがあるんだよ」

「何です」

「エリーを呼び寄せたあんたの腹づもりについてだな」

 エルメラスがコーラスの顔をちらりと見る。

「会議中に説明がありました。思い返しなさい」

「嘘ばっか言うんじゃないよ。スパイしかできない有象無象とS級のマギカを持つ象徴的存在、どちらが重要かは明白だろう」

「…………」

「他の奴らは何も言わないけど、よそ者の俺は気になってしょうがない」

 エルメラスは岩のように押し黙ったまま答えようとはしなかった。

 コーラスは一つため息をつくと幕舎の出口に足を向けた。

「しかしあの華奢なのが白亜の勇者ねえ……。信じらんねえぜ、剣持った人間からいい匂いがするなんて」

 そんな言葉を残してコーラスは幕舎から姿を消した。

「若者よ、分からないだろうさ。知らせるつもりもない。私は忙しいからな」

 小さな笑い声が閉ざされた幕舎に響く。

 木の軋む音がした。エルメラスは背もたれに体を預けて幕舎の天井を見つめていた。

「足音は近い。時代を造る戦争が来る。運命にあらがえぬ者たちに構っている暇はない」

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