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第十話 天命握りし存在 VSハウンズ=ミカケラ

あらかじめ設定変更があります。

第七話のシュナの過去話を変更しました。アーバラクの軍隊には精霊術士がほとんどいないことになりました。

(このままでは全滅する、皆息絶える)

 絶望的観測、ではない。

 冷えた脳の回路がはじき出したその未来図は間を置かず現実になるだろう。

(…………んっ!!)

 攻勢に転じる部下の雄姿、爆散する肉片とはじけ飛ぶ鮮血……

 そして一瞬、垣間見える敵の隙----

 左足を前に、右足に力を。

 自身の挙動、踏みしめる大地の堅さと吹き荒ぶ風の影響……、己の内と外のあらゆる事象を把握し再計算する。

 世界の全てがデータと化したとき、

 導かれる最短のルートが目の前にひらける。

(最適解!!)

 疾風と化したチャチャが敵の懐に飛び込む。

 振り下ろされる二対の黒翼をかいくぐり突き立てた銀の刃が----

「鬱陶しいわ!!」

 いとも容易く弾かれる。

 弾かれ反転してきた力を利用、武器を体に引きつける。丘の傾斜は踏ん張りをきかすのに都合が良く、

 間髪入れず雷撃の如き二撃目をくり出す。

 ガキリッ!!

 鋼鉄に打ち込む感触の空しさが剣の柄を振動させる。

 刺すことも斬りつけることも叶わない。

(どうすればいい)

 とっさに膝を緩めて腰を落とす、

 彼の頭上を右の手刀が霞む速さでとぶ。続く左の張り手を躱す為に左足を引いて上半身を弓なりに反らせなければならない。

 敵の腕に引きずられた大気が顔面をなぞる。

 風に眼球をいたぶられるのはつらい、だからといって顔を背ければ……

 片目をつぶったチャチャは見る。敵の背後に黒い影、翼が振り上げられている。

(…………)

 初動から翼のたどる軌道を算出、

 振るわれる黒翼を紙一重で回避する。

 敵の黒翼はリーチがある。硬度があり力も出せる。

 しかし如何せん大きい。大きすぎるから敵自身の視界を遮ってしまう。

 敵に死角が出来る。チャチャはその事を予想してあらかじめ死角の出来うる場所に移動している。

 死角に潜り込まれたことを知った敵はどうするか。無論、死角をえぐるように攻撃する。

(よめる……)

 翼の殴打は予想した起動をたどってくれる。

 チャチャは流麗な体捌きで敵の懐に入り込む。

 終始敵に自分の居場所を掴ませず予測外の位置から出現する手本のような不意打ち、

 体を右にねじりつつ敵のがら空きの左脇に切っ先を向ける。

 左手のみで柄を持ち右の手のひらを柄の底部に添える。

 屈伸していた右脚部に力が巡る。足裏に感じる固い地面が彼を前へと押してくれる。

 柄から左手を離す。

 剣は落下しない。右の手のひらの中央が柄の底部をぐいと押し上げる。

 急速に伸び上がる体幹に連動して右腕に力が乗る。

 切っ先は一直線に敵の脇へ、皮膚と髪一本差まで近接したその瞬間、右腕、体幹、右足が完全に伸びて人体が一本の槍と化す。

「ったあああ!!」

 柄の底部に掌底が炸裂する。

 全ての力を一点に、ただ一点に、

 寸分狂い無く全力を伝達された渾身の刃は----

「…………」

 チャチャは呆然と見つめる。

 刃こぼれた愛剣、失われた切っ先が破片となって宙に舞う。

「安物使ってんなああああ!!」

「ぐ……」

(柔らかいところはないのか)

 敵が左脇を締めてくるのをいち早く察知する。

 指先で掴んだ柄を引き戻すと同時にバックステップで敵から距離を取ろうとしたが……。

「無ぅ駄ぁだよおおおっ!!」

 敵が一歩踏み込んでくる、それだけで空いた間合いがゼロになる。

 左翼のなぎ払うような一閃がチャチャのわき腹にめり込む。

 加速した意識の中で知る蹂躙の様相、

 肋骨がへし折れる感触、内臓が水風船のように破裂していく。

 青年の体が容易く吹き飛ぶ。土砂をはね飛ばしながら丘の上を転がる。

 斜面に投げ出された青年は立ち上がる気配を見せない。

「貴様、起き上がれ。やっと一撃だ、これで済むと思うなよ」

(どうでもいいが骨片が臓器に刺さった)

 チャチャはゴブリと血を吐き出した。血液が気道を塞ぐ、息が出来ない。不規則な心臓のリズムがやたらめったら鼓膜に響く。

(苦しいよ)

 死ぬことはない。再生の手段はあった。今も肉体の再構築は続行されている。だが……

(間に合わないな)

 四肢の痺れは深刻だ、体はまったく動かない。

 霞む視界に敵の屈強な足がうつる。

(…………え)

 敵の背後にふと黒い影が出現する。

 黒影が一歩を----

 その一歩が霞んで見えなかった。

 チャチャが瞠目する暇すらない。

 パァァアンッ!! と何か弾けるような爆音と共に今度は敵の姿が視界からかき消える。

 チャチャの肌を烈風が打ち据える。

 荒ぶる大気のただ中にふわりと浮いた少年の姿を視認できた。風を無視して一瞬空中に静止していた少年の体はすぐ重力に引かれて落下する。着地の際には音すら鳴らさない。一連の動作は戦闘の空気とは不釣り合いなほど身軽かつ華麗であった。

 シュナ=クレイは右手首を回しながら眉間に皺を寄せている。

「生きてやがる。しくじった、貫手を選ぶべきだった」

 シュナがチャチャの元に駆けよる。

「チャチャ、丘の向こうでシャクホウが悲鳴を上げている。あんたは術士達から直接治療を受けてくれ」

「奴は」

「二百メートルくらい先で起き上がった。硬化の精霊術は打撃にめっぽう強くなる。治癒術まで組み合わされたらほぼダメージが通らない」

「シュナさんっ、……うっ!?」

 シュナのすぐ後ろに転移した金髪の少女はチャチャの方を見て即座に目を逸らした。

「シュナ、首が回らないのだが、俺の傷はそこまでひどいのか」

「紅白そろって見えてる。ルッテリア、チャチャをフランヌのもとへ運んでくれ。そこらに転がってる他の班員も頼ん……」

 ルッテリアは両手で目を塞いだまましゃがみ込んで動こうとしなかった。

 シュナはルッテリアを小突いてみたが彼女は首をふるふると横に振るばかりだ。

「…………」

 埒があかないので、結局シュナが両手でルッテリアの目を覆いながら彼女の背後に立って小さな背中を押し、ルッテリアは左右の腕を交互に上下させながらチャチャの位置を探ることになった。

「お前たち、西瓜割りという娯楽を知っているか」

「あ、チャチャさんそれいいです。そのまま声を出し続けてください」

「あ~~、ガハッ!? ゲッホゲッホ!!」

「…………」

 血混じりの咳をくり返すチャチャの体に少女の手が触れた。

「シュナ」

「心配するな、あいつは俺が殺す。硬いだけなら手立てはいくらでもある」

「気をつけろ、奴は脇の下まで硬化する。援軍は」

「広範囲攻撃が厄介だ。俺のマギカを貫通するほどだからダルマ班では即死する可能性がある。正直一人の方がやりやすいけど……、状況に応じて送り込んでくれ。ダルマはいない、選定判断はあんたに任せる」

「了解、した。……シュナ?」

 チャチャが怪訝な顔をしてシュナを見つめてくる。

「ん、どうした」

「いや表情……、何でもない。熱くなってイビリアの時のように疲弊するなよ」

「要らない心配だ」

 チャチャとルッテリアの姿が同時にかき消える。



 シュナは動き出す。正体不明の敵の元へ。

 一つは怪我人の集合している場所から戦闘域を遠ざけるため。

 もう一つは敵が地面に足をつけている今の状態で戦闘を始めたかったため。敵が浮遊しながら光槍を

放ってきたのは記憶に新しい。

(チャチャ班と戦ってるときは飛んでなかった、何故だ。大規模な精霊術を使用したから……、いやダメージの回復に専念していた線が強いか。ううん、それとも……)

 飛行しながらの遠距離攻撃を断念したのは何故か。

 あの翼は本物なのか。

 そもそも奴の正体は、空中に現れた黄髪の女は何だ。

「分かるわけがない」

 景色が後ろへと高速で流れてゆく。湿気を含んだ朝の空気が冷たく肌を打ち据える。

 敵の姿がみるみる近づく。

 翼持ちの男はシュナの出方をうかがっている。

「人間風情が……っ!」

 そんなつぶやきが風に乗ってシュナの元に届く。

 シュナは構わず攻勢を開始する。

 疾走しながら右腕を後ろに引く。

 腕の筋肉が瞬間的に怒張する。込めた力の全てを乗せて右腕が霞む速度で振り切られる。 

 握っていた石ころは急激な加速に耐えきれず砕け散った。破片群がそのまま散弾と化して敵に襲いかかる。

 先制の一撃を敵は両翼を盾にすることで防ぎきる。

(足を晒して顔を護る)

 シュナが更に加速する。人間として異質すぎる速度は常人ならば耐えられない。体の前面を打つ大気が鉛のように重く感じられる。

 そのまま敵の正面に突進をしかける。

 彼は敵が回避行動をとると予測した。筋力の圧倒的な差は初撃で十分に見せつけてある。人間砲弾と化したシュナと組み合って再び吹き飛ばされるような愚行は犯すまい。

 果たして、敵は回避行動を取った。

 しかしそれはシュナの意表をつく方法だった。

 敵の周囲で蛍火のようなきらめきが乱舞する。

 同時に響くバチィィッ! という鞭打ちに類似する破裂音。

 シュナは驚きに目を見開く。

 突如として敵の姿が視界からかき消えたのだ。

(幻影、いや転移か!? ……うっ!?)

 頭上に黒い影を感知する。警鐘を鳴らす本能、背筋に冷たい電気が走る。

 すくい上げるように振られた黒翼がシュナの首をへし折ろうとする。

 減速は間に合わない。とっさに顔の前で腕をクロスして顔面を保護する。

「くぅっ!」

 衝突と同時、予想を上回る衝撃が両腕を押す。精霊術で何か細工しているのか。

 シュナは歯を食いしばって両足に爆発的に力を込めた。

 敵は地に足をつけていない。ならば黒翼を押し切るのは容易いと考える。同時に翼を掴んで本体を投げ飛ばすことまで視野に入れる。

 その思考が裏目に出る。

 鞭打ちの音がすると同時シュナの視界を覆っていた黒翼が瞬時に消滅する。脚部に溜められた力が行き場をなくして暴発する。

 バランスを崩したシュナは勢いそのまま前方に投げ出され、草を巻き込みながら尋常でない速度で地面を転がった。

(転がれた、幸いだ。危うく斜面に突き刺さるところだった)

 すぐさま体勢を立て直し周囲を伺う。

 敵の姿は見え----ないが、

 シュナはうなじに不自然な風圧を感じた。

 思考を放棄して前方へ身を投げ出す。

 直後えげつのない風切り音が響く。背後にちらついていた黒影はシュナが振り向く間に風に吹かれた火の粉の如く消え失せる。

(野郎、首ばかり狙ってきやがる)

 細胞活性型のウィザードと交戦経験があるのかと疑いたくなる。

(しかし転移の間隔が早すぎる、俺の動きを予知するような動きをするし。本当に術士なのか)

 シュナは敵の出現を待つ。警戒レベルを最上位に、感覚を強化して不穏な変化の全てを拾い上げようとする。

(…………?)

 敵がいっこうに姿を現さない。シュナの頬を一滴の汗が伝う。

(もしやフランヌ達の方に転移したか)

 シュナは聴覚を最大限に強化して仲間達の消息を確かめようとするも、

(っ!!)

 衣服のはためく音、おそらく敵のもの。音の聞こえる方向は----

 シュナが上空を見上げたとき敵の構築陣はすでに完成している。

「二度使うことになるとはなあ!!」

 気温が急激に上昇していく。シュナを照らす白光が輝きを増し空の青さを丸ごと塗り替えていく。

(きたか)

 シュナはすっと腰を落とした。

 瞬間、彼の姿がかすむ。

 彼のいた大地が弾け飛ぶ。大量の土砂が爆散する様子はあたかも砲弾が着弾したようだ。

 急速に増大する負荷に体が千切れそうになる。足をつける大地が柔らかすぎて鬱陶しい。実際は硬いはずだがぬかるみを駆けている気分になる。

(さっきよりも光熱波の規模が小さい。俺がお一人様だからか)

 横目で敵の姿をとらえる。光槍の範囲外まではまだ遠い。

 そのときシュナの予想外の事が起こる。

「え……」シュナは呆気にとられた。

 空を埋め尽くす構築陣が一気に消滅したのだ。根源を絶たれたため気温の上昇も打ち止めになる。

 そうやって取り戻された青空にぽつんと浮かぶ敵影……が二つ。

 男のそばに寄り添う影があった。鮮やかな黄色の頭髪がシュナの視線を釘付けにする。

「一転攻勢、差し違えてでも殺す!!」

「小賢しい!!」

(あの女……)

 急には止まれないため、シュナはとりあえず円弧の軌道を描きながら自身の体に制動をかける。

 減速する最中、シュナは見た。

 女の周囲に蛍火のような光が乱舞していた。その光がみるみる増殖し----

「燃え尽きな!!」

 展開された構築陣から赤く煮え立つような炎の束が放出される。灼熱の炎はうねりをあげながら男を呑み込む。炎は男を呑み込んでなおどう猛な竜の如く明け色の空を駆け巡る。

 と、長く伸びた炎の中ほどから突如黒い影が飛びだした。影はしばらく上昇するとその場でぴたりと停止する。見上げる女の悔しげな表情をよそにして、折りたたまれていた黒い翼が威厳を示すように展開される。空中で優雅に浮遊しながら男は依然として無傷だった。

(やはり炎で硬化は突破できないか)

 自身の光熱波を受け流すほどである。これに関してはシュナの予想の範囲内だった。

(しかし今回は転移しなかったな、なぜだ。単純に危険と判断しなかっただけか)

 十分減速したと判断して未だ大地を駆ける体を本格的に止めにかかる。

(理由が分からないから何とも言えないが、混戦になれば奴の足が止まる可能性……、いやしかし飛ばれていては……)

 シュナが戦略を立てていると、頭上で男が動き出した。

 男は女のもとへ急降下する。本当に一瞬の出来事で、そのあまりの速さに女は対応できない。

 力のままに黒翼が振るわれる。袈裟斬りに似た一撃をまともにくらい、女は地上へ一直線に落下する。思わず耳を覆うほどの轟音、衝撃に大地が軋み大量の土煙が舞う。

 シュナは女の元へ走り出していた。追撃をかけるつもりなのか、男が女の落下地点めがけて再び降下していたためだ。男は急接近するシュナには目もくれない。女に夢中で気づいていないのか、好都合だった。

 土煙に飛び込んだのは男の方が早かった。

 シュナはさらに加速する。景色がゆがみ耳元で空気が悲鳴を上げる。

 煙に突入する。

 煙の奥に影が浮かぶ。シュナの前方ななめ上、翼の生えたシルエットが見える。

 敵がシュナに気づいた。

(気づいたところで……)

 速度を維持したままシュナが跳び上がる。右半身を前に、腕をたたんで肩を突きだす。

 激突の瞬間、生じた甚大な衝撃に意識が飛びそうになる。放たれた衝撃波で土煙が割れた。巻き起こる烈風の中心であらわになる敵の表情は苦痛と憤怒に満ちている。

 シュナの勢いが勝り、二人は地面すれすれを矢のような速度で滑空する。

 砕けた肩の骨を強制的に再生させつつシュナが動く。

 依然として肉薄した状態でシュナは右手で敵の右手首を掴んでひねり上げた。そのまま彼は左手を振りかぶる。

 加減などしなかった。敵の肘の裏側に音速を超える手刀がたたき込まれる。

 溶けかけのチョコレートに刃を入れたときに似ていた。にゅるりという柔らかな感触とわずかな抵抗を感じた後で、手刀を形作っていた左手がすっと空を切る。男の腕が完全に断ち切られていた。

 男は目を見開き口を限界まで開いていた。

「あ、ああっ!? 嘘だろっ!!」

 男は肘から先を失いながら黒翼を振るってくる。右翼の一撃は両足でしのぎ左翼の一撃を両腕でさばく。だが残された左腕の反撃はどうすることも出来なかった。

「かはっ!?」

 思いのほか胸を激しく殴打され息が詰まる。シュナと男の距離が離れた。そのまま二人は異なる軌道をたどって大地を派手に転がる。

 シュナは転がりながら起き上がると勢いそのまま男の元へ直行した。一瞬でトップスピードに達し、背後には小規模の竜巻すら巻き起こっている。ここで攻勢の手を緩めるわけにはいかなかった。転移され安全圏で治癒されると厄介だ。

 男は男で翼を使用して無理矢理に体勢を整えていた。彼は急接近するシュナを視界にとらえ、焦ったように腕を振るった。大地を走る彼の周囲に白い光が乱舞し始める。転移か飛行か、どのみち結果は同じだ。

(させるかよ)

 第二のマギカが発動する。

 男の真上に突如巨大な炎が出現する。

 男はまさに大地から飛び立とうとしていたらしく、ろくに回避行動も取れずシュナの生み出した獄炎を頭から浴びた。

 悲鳴がシュナの耳に届く。おそらく眼球がカリカリに焼けたのだろう、シュナの予想によれば顔面は常時硬化の範囲外だ。突然のことに対応できなかったと見える。

 男は地上に足をつけたまま炎の中でもがいている。精霊術を維持できなかったようだ。

 シュナはにやりと笑った。

(素晴らしい目くらましだ、温存してきた甲斐がある)

 シュナは炎を消滅させた。同時に体をわずかに減速しておく。

 男が片手で目元を押さえながらうめき声をあげている。男の周囲に光が乱舞していた。シュナは気にもとめない。すでに間合いに到達していた。

「病みつきになりそうな悲鳴を上げる」

 男がはっとシュナの方を向く。

 シュナが男の目の前に躍り込む。視界がきいていないのだろう、乱暴に振り回されるだけの黒翼を避けるのは造作もなかった。そのまま男の片方だけの腕を掴み、先ほどと同様に肘の裏を狙い手刀をくり出す。

 残された唯一の腕が切断される。

「あっはっはっ!! 手足をもがれたバッタになれよ!!」

「なぜだっ!! この俺がなぜっ!?」男の表情は苦痛と驚愕に彩られている。

 シュナの戦略は実に単純だった。硬化の精霊術には弱点がある。硬化の種類にもよるが、この手の術式は一般的に体の駆動部、つまり関節などを硬化することが難しい。自分の動きまで制限することになってしまうからだ。このことから当然、各関節には硬化の裂け目とも言うべき弱点が生まれる。シュナはそこをついたに過ぎない。

 と、治癒のたまものか男は視界を取り戻したらしい。黒翼は今度こそ正確にシュナ目がけて振り下ろされる。

 シュナは半歩下がってその攻撃をやり過ごす。拳が届く範囲外に出てしまうがシュナは慌てなかった。

 シュナがさっと右手を前に突きだす。本来なら届かないはずのその手は千切れた男の腕を握手するように握っていて----

 べちゃりと、血まみれの切断面が男の顔に押しつけられる。

 己の血によって再び視界をつぶされた男は目をこすることさえ叶わない。肘から先は失われ二の腕はすでに血まみれだった。

 敵に生じた隙に乗じてシュナは男の背後に回り込む。

 くるりと独楽のように一回転しながら右手を引き絞る。狙いは左翼の付け根、翼を動かす起点が硬いはずがない。

 回転力を上乗せした抜き手が背筋に突き刺さる。温かくぬめりを帯びた血潮を感じる。

 そのまま一気にあばらをこじ開けて----彼の右手は脈打つ心臓を探り当てる。

 臓物の表面に指を立てればそれは小さな鉄の処女となった。

 文字通り命を握られた男は絶望の眼差しで背後を振り返る。

 シュナは冷徹な黒目で敵の表情を見つめている。

「に、人間……が」

「さよならだ」

 拳に力が巡る。暴れる心臓を力尽くで握りつぶす。

 背中に刺さった腕のふちから大量の血が噴き出した。男の体がびくりと痙攣する。

 シュナは男の尻を前へと蹴り飛ばした。そのとき男の片翼を付け根からえぐり取ることを忘れない。硬化の精霊術はとっくの昔に解除されていた。

 手にあまる翼を頭上に放り投げてマギカで燃やす。

 火のついた羽が降り落ちる中、シュナは怪訝な表情をしていた。

「こここんこん、な、ずじゃじゃ、じゃじゃじゃごぼっはあっ……」

 男は背中の穴に血を泉のようにたたえたまま伏せっている。そのまま芋虫のようにずりずりと大地を這って前に進んでいる。

(まだ生きるのか。見上げた生命力だ、俺かよ)

 シュナは引導を渡すべく爆炎のマギカを解放しようとする。

「……ん?」

 異常はその瞬間に発生した。

 突如男の体が輝きだす。雪よりも細かな白い粒子が男を中心に広がっていく。それはシュナすら包み込む目に見える光のドームとなって----

 危険を感知したシュナが背後に飛びすさると同時、術式が発動する。

 シュナの視界が真っ白に染まり----突如として雲を抜けたように視界が晴れ渡る。

 シュナは眉をひそめる。彼の視線は己の右腕に注がれる。

 右手の指先が消滅していた。

 シュナはまた遠方に目を走らせる。視線の先で今し方目にしたような光がドーム状に広がっている。照明弾が炸裂したような様相の膨大な光は今度も突然煙のようにかき消えてしまう。その中央には殺し損ねた男が倒れふしていた。

(転移……)

 男の周囲に再び光が乱舞し始める。一度目の転移は失敗したが、今度は果たして……。

 シュナの胸が強く鼓動する。無意識にギリギリと歯を噛みしめる。血潮がたぎり首の後ろが火にさらされたように熱をもっていた。未知の怒りを前にして冷静さはあぶくのように弾け飛ぶ。

(逃すか、お前は害虫だ)

 みなぎる殺意に縛られた瞳をして、彼は衝動のまま一歩を踏み出す。

「いけないっ、少年! 近づいてはならない!」

 背後からかかる声に気づくことなくシュナは駆け出す。止められる者などいなかった。

 男を囲む光が一際強さを増す。

 シュナが光芒の中へ飛び込んだその瞬間、術式が発動し----


  ☆  ☆  ☆


(ああ……)

 天蓋付きのベッドに体を横たえたまま、男は声を聞いていた。彼の中を出入りする精霊達を通じて彼だけに聞くことの許される声を聞いていた。

(ああ、そうだったか。あの少年が……)

 男は病に伏していた。急な病変で、声が出なくなったのはつい一昨日のことだ。

 生死の淵をさまよう彼は精霊の声と共に人間の声も聞いていた。巫王ふおう様、お気を確かに……そう言って男の顔をのぞき込むのは彼の取り巻きの重鎮だ。彼のベッドの周りには布によって面を隠した神官達が生命の舞を踊っている。部屋の隅にはさじを投げた医者が肩身狭そうに立ちすくんでいる。

(アーバラクは……)

 盤石を築いてきた己の国もこれで終わりか。妻子も、民も、みな……

(……皆、どうでもいい)

 全てがとてもちっぽけな些事に思える。

 歴史の日向に君臨してきた男は、ただ舞台の日向に上れないことを悔やんでいた。

(カテリナはどうして私を選ばない。私ぞ、私なのだぞ……)

 この身が病魔にさえおかされていなければ……

 夢うつつの状態でアーバラクの巫王は憂う。

(ああ、私の大陸が泣いている)


  ☆  ☆  ☆


 綺麗な球状にえぐり取られた大地の底で白い光がまたたいている。先ほどの爆発のような光に比べればほど優しい光は治癒系精霊術の光である。

 アザブラの面々はクレーターの縁に立ち並んでいた。その面持ちは重い。呆然とする茶髪の少年とその隣に寄り添う亜麻色の髪の少年。男二人組はうつむきながら沈黙し、しゃがみ込んで手で顔を覆う金髪の少女の肩を黒い鎧が抱いている。さんさんと照る太陽とは対照的に空気はまるで葬式のように沈み込んでいた。

 クレーターの底でパキンと乾いた音がする。灰色の髪の少女は用済みになった精霊器具を投げ捨てて己のそばに積み上げられた新たな精霊器具を装着する。そうして再び治癒に没頭し始めた。

 彼らの頭上を猛禽類が飛んでいく。その高らかな鳴き声が大気にわびしく響き渡る。

 体の前半分が欠落したただの肉塊に光が当てられてどれだけ時間が経過しただろう。いくら術をかけたところで飛び散った脳漿や半分だけの臓器は再生などしない、少女の行いは明らかに無益であった。それでも治癒は続けられる。

 少女の肩は震えていた。大地にこぼれた雫は二、三ではすまない。

 彼女の傍らで立ちすくむ金髪の青年はそんな少女を痛々しそうな目で見つめている。

「フランチェスカ、シュナはもう……」

 返事はない。聞き入れられない声はむなしく大気に吸い込まれる。

 陽が高く昇ってなお、少女の手元から光が絶えることはなかった。

年内の更新はこれで最後です。

半年書いてきたのを読み返して成長してないのを実感してます。詰め込みすぎて訳分からなくなってたらすみません。構成力不足で申し訳ないです。

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