89_スリーピングシナイ・シープですか?
ふわりと俺は谷に浮き、俺を追い掛けてきたスリーピング・シープが足を踏み外して谷に落ちた。馬鹿め。俺を捕まえようなんぞ、一億と二千年早いわ。
さて、転がっていくミヤビを止めなければ。俺は風を操り、急降下。ミヤビに追い付いた。
「おおおおお――!? おおおおお――!!」
……なんか、あれはあれで楽しそうなんだが。助ける必要、あるんだろうか。
いや、下まで辿り着けば激突するんだし、やっぱり助けなければならないよな。
そうこう言っているうちに、谷底が見えてきた。つい先程までは谷底が見えないと思っていたのに、真っ直ぐに降りると早いものである。
ミヤビはそのまま、滑り降りて行って――
「ふおおおお――――!!」
谷底は暗い……いや、なんか白いぞ。コースターのように走って行くミヤビは、曲がり角をガリガリと曲がって、終点に差し掛かっていた。
なんだ……? 地面があるなら、白くはならない筈なんだが……。あれは、
……やばい。
「と、止まれミヤビ!! お前、そのコースはやばい!!」
「あ、アルトさん!! 空飛んでます、すごいですねー!!」
「バカな事言ってる場合じゃねえんだよ!!」
もふもふとした白いものは、大量のスリーピング・シープだ。スリーピング・シープたる由来が、ここに来て分かった。普段、谷底で一箇所に固まって寝ているのだろう。ミヤビはまさに、そのスリーピング・シープに直撃するコースを辿っていた。
迂闊だった。ミヤビとの距離はまだ少しある。先に回り込まなければいけなかったのに。
まあ、今の俺ならまだ間に合うだろう。俺は急降下し、ミヤビのドキドキトロッコ・パニックを正面に構えようと移動した。
よし、このコースならミヤビを受け止めることが出来――……
「おおおおお――!!」
俺は坂道の上に捉えていたミヤビを目で追い掛け、斜め上へと視線を移動させた。
曲がり角で柵が崩壊し、ミヤビは谷底へと飛び出したのだ。
斜め上へと移動した視線が、やがてミヤビの移動に合わせて下に落ちる。
俺は笑顔を貼り付けたまま、微動だにしなかった。
「って、ええっ!? あ――――!!」
今更ミヤビが下の状況に気付き、顔色を変えた。シモンズに乗っていたから分からなかったのだろう。ミヤビは一直線にスリーピング・シープの群れに向かって。
もう、間に合わねえよ。
俺は、目を閉じた。
「ゴギャエエエエエ!!」
――なんだ、今の声は。羊か。
「んめえ!?」「んめえ――!!」「メエエエエ!!」「ハワイユー?」
最後のはどいつだよ。
恐ろしい音がして、ミヤビはおそらく大量のスリーピング・シープを踏み付けた。ミヤビは台車から投げ出され、シモンズごと宙に浮いていた。
俺は宙を駆ける。
ミヤビを回収するために。
「おらっ!!」
「あ、アルトさん。助かりました」
「礼を言うのはまだ早そうだぜ……」
俺はそのまま落下していった台車を見る。どうにかシモンズとミヤビは回収できたが、台車はそのままスリーピング・シープを攻撃した。
連鎖的に目を覚ました羊達は、空を浮いている俺達を見て身体を起こし始める。
……この数は、やばい。十や二十じゃない。百体くらい居そうなんだが。
俺はミヤビを抱えて、羊の居ない地面に降り立った。羊達は依然として、俺達を睨んでいる。どこかに、先ほど落ちた羊も居るかもしれないねー。
「……あ、あれ? お怒りですか?」
「当たり前だろーが!!」
俺はそのままシルケットとシーフィードを呼び出し、身体に風を纏った。両手に魔力を集めると、すぐにその魔法を発動させた。
「<エアロブラスト>!!」
暴風が巻き起こり、何匹かの羊が吹っ飛ぶ。だが――数が多すぎて、こんなもんじゃ相手にもならない。
俺は羊を吹っ飛ばす事で道を開け、全力ダッシュで台車を引っ掴んだ。そのままミヤビの下まで戻り、シモンズを台車に乗せると羊に背を向ける。
羊達はなんか、メエメエ言いながら結託を始めていた。
「逃げるぞミヤビ!!」
「はいです!!」
開けた谷底を台車を押し、俺とミヤビはスリーピング・シープの群れから逃げた。俺達が逃げたと知るや否や、スリーピング・シープの群れは俺達を追い掛けて来る。当たり前だ。
「お前の魔法でどうにかならんか!? 炎とか氷とか電気とか、色々使えただろ!!」
「つ、使えますけど……」
ミヤビは俯き、黙ってしまった。走りながら俺は、それを見て思う。
「――リスクが、あるんだな?」
俺は言った。ミヤビは俺の言葉に驚いて、顔を上げた。
シモンズから魔法を発動させることは、ミヤビはして来なかった。それには、何らかの理由があるのではないか。
「――はい」
「分かった。今は言わなくていい。……俺はどうしたらいい?」
「……どうにか、逃げ切ってください。泉まで向かえば、私もシモンズが使えます」
「任せろい!!」
俺は台車を押すスピードを上げた。どうにか、スリーピング・シープから逃げる方法を考えなければいけない。
あの数では、勇者の輝きの力を持ってしても、相手にするのは難しそうだ。後ろで聞こえる大量の足音を聞きながら、俺は漫然とそう思う。
ならば、俺の武器はたったひとつだ。
頭を働かせろ――!!
「ミヤビ!! 泉はどこにある!?」
「谷底の最深部、だったと思います!!」
「了解!!」
俺は振り返り、羊の群れを見た。……こいつら、意外と強かったよなあ。
「ちょっと待て羊共ォ!!」
左手を突き出し、羊の群れに制止を掛ける。何事かと、羊は怒りながらも俺の言葉を聞いた。
スリーピング・シープか。羊と言えば、アレだな。
――俺は、不敵な笑みを浮かべた。