08_国道はこの世界で『脇の下』という意味です
ベレー帽の少し小憎たらしいお姉ちゃんは俺を見て言った。
「……まあ、いいや。お名前、どーぞ」
なんだよ。そんなに俺が選抜に参加するのが嫌なのか。
確かに、他の奴等に比べたら弱そうに見えるかもしれないけどさ。シモンズもあまり良い見た目ではないことだし、隣でミヤビは長い髪の隙間から大きな瞳をちらつかせているし。
戦士というよりは、商人と言った方がまだしっくりくるかもしれない。売ってるのはトイレ。そんなのは嫌だ。
「アルト」
「フルネームでお願いします」
「え? フルネーム? ……アルト・クニミチで」
「……ぶふっ」
何故、笑う。
「クニミチって、セントラルのスラングで『脇の下』って意味だよ。だっさ」
なにそれなにそのピンポイントなスラング。
イジメなの?
やっぱり俺、この世界には必要とされてないの?
「出身地は?」
「……ワノクニ」
「ワノクニね。……まあ、いいや他は。どうせ勝ち上がりゃしないし」
適当だなオイ。今、こいつのためだけに勝ち上がる意欲が湧いてきたぞ。ベレー帽のお姉ちゃんは俺に胸に付けるナンバープレートと一本の瓶に入った……液体? を渡した。
緑色で、何だか気持ちが悪い。
「……あれ? これは?」
「参加者用のポーションと、ナンバープレートね。ポーションは一度だけなら、どこで使っても良いから」
なるほど。一度は回復できるという仕組みなわけだな。
これが噂のポーションか……現代に来た異世界の住人がインタビューで言っていた。飲むかぶつけるかすると、体力が回復するらしい。
飲む方はともかく、ぶつける方はお世辞にも回復しそうだとは思えない。むしろダメージを受けそうだ。
俺は頷くと、ポーションを鞄にしまった。ベレー帽のお姉ちゃんは、俺を見て心配そうな顔をしていた。
「ねえ、脇の下」
「イジメか怒るぞ」
「悪いこと言わないから、装備くらい揃えてから参加した方が良いよ。ほんとに死んじゃうよ」
……一応、彼女なりの警告のつもりなのだろうか。
確かに、俺は現代から持って来たシャツとジーパンに、運動靴。とてもではないが、戦闘できるような格好ではない。武器も、サムライさんから貰った短剣のみだしな。
ふと、彼女の上に添えられた張り紙を見た。『武器・防具は、セントラル・シティで揃えること』。……なるほど。催し物だし、極端に相手が酷い怪我したらまずいもんな。
少し、装備を揃えなければいけないか。
「ミヤビ、この場所については詳しいか?」
「ええ、まあ。よくお買い物とか行きますし」
すげえ庶民的。
「案内してくれ。武器と防具を揃えたい」
「わかりました!! 任せちゃってください!!」
……不安だ。
俺はベレー帽のお姉ちゃんに手を降った。以外と愛想良く、お姉ちゃんは手を振り返してくれる。実は良い人なのかもしれない。
しかし、形式だけの参加とはいえ、こんなに適当で良いんだろうか。
……ま、いいや。ワノクニがちょっと有名になれば、俺の仕事は果たしているんだろうし。
ナンバープレートを胸に付けようと、俺は安全ピンを外した。安全ピンって。……無駄に普通だな。
書かれた番号は『666』。ナンバーオブ・ビーストとかいうやつだ。
平穏に終わってくれると良いんだけど。
「アルトさん、頑張ってくださいね」
「ん?」
「アルトさんが勝ってくれれば、一緒に冒険できるんです。私、楽しみにしてますから」
……若干、心苦しいような。なんだろう、この無類の信頼。
ついこないだ会ったばっかなのに。まあ、一応設定上はマブダチらしいからな。
円形のホール――コロシアムにしか見えないが――を歩いていると、賑やかな街並みが見えてくる。美しく飾り立てられた建物やオブジェクトを眺めながら、俺は武器屋のマークを探した。
ネットゲームの中に入り込んだような気分だ。……いや、大差ないのか。
そろそろ学校は中間テストだというのに。このなんとも言えないギャップが、おかしな世界を際立たせている。
「アルトさん、あれですよ」
おお、槍と剣のマークが交差している。あれが武器屋だな。短剣は売ってるんだろうか。何しろ、今の俺には短剣スキルしかないからな。
パラメータとか、どうなっているんだろう。HPしかないんだろうか。
俺はミヤビを店の前に配置すると、店に入った。前でお留守番させられるのは、どこか犬のそれを彷彿とさせる。留守番してるのはトイレだが。
「いらっしゃい」
「武器を探してるんだけど」
「へいへい、何をお探しで? ……ていうか兄ちゃん、随分と弱そうだな。そんなんで大丈夫か」
「いいんだ、記念参加みたいなモンだからよ。それっぽい武器、売ってくれ」
武器屋のオヤジは頷いて、弱い俺でも持てそうな武器を探して歩く。俺はオヤジが探している様子を眺め、使えそうなものはないかと物色した。
お、あれなんか良いんじゃないか。短剣、軽くて持ち易そうだ。
「オヤジ、あれは?」
「これかい? これは最近太刀筋が軽いと文句を言われて、値段の下がった短剣だ。扱い易いが、威力もないぜ」
「それでいい。いくらだ? 売ってくれ」
俺は鞄を漁り、財布を取り出した。多少高いかもしれないが、毎年親戚が馬鹿みたいに多くてお年玉が山ほど入る俺にとっては、出せない出費ではないだろう。
……それに、異世界の短剣なんて、これを逃したら二度と買えない一品かもしれないしな。
「百五十ゴールドだ」
……あ。
「……円じゃなくて?」
「はあ? エン? なんだ、それは」
しまった。そりゃあ、通貨なんて同じなわけないじゃないか。むしろ同じだったら驚きだ。どこまで浸透してんだよ円。海外ですら、全世界を考慮したら使われている事はそこまで多くはないだろうに。
言葉が通じるのもいまいち納得いかないが、そこはしっかりしているというわけだ。
まいったな。剣を買うという手段が潰れてしまった。……まあ、いいか。あまりに強そうだったから降参したってのも悪くな――
「百五十ゴールドね」
その世界の通貨を、何者かの白い指が叩き付けるようにカウンターに置いた。
俺は驚いて、隣に割って入り込んできた人間を確認する。水色っぽいドレス。しかも動き易いようにだろうか、ドレスの腰は腰布で縛ってあり、スカートの裾も長くない。
さっきぶつかった、金髪の美女じゃないか。
しまった、先を越されてしまったか。……まあ、どの道買えないので問題はないのだが。
「はいよ、お嬢さん」
「はいよ、お兄さん」
かと思ったら、その短剣は俺の元に転がり込んで来た。
……買ってくれたのだろうか? 美女を見ると、おおらかな顔で微笑んでいる。今のやり取りを見ていたということだろうか、それにしても一歩間違えなくても変質者状態の俺にどうして。
俺はその短剣を軽く振った。とても軽い。確かに威力は低そうだ。
まあ、どの道俺には重い剣なんか扱えないしな。
「……良いのか?」
「さっきはぶつかっちゃってごめんね。これはそのお礼」
「いや、どう考えてもあんな人通りの多い場所で踊っていた俺が悪い」
しかもアホな踊りを。
「ちょっと、話さない?」
……何だろう。