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87_賑やかなる風の神、シルケット・シーフィードです

 目の前にあった巨大なブラックホールは校舎に当たるのを避け、少し遅れてミヤビが魔法を解除した。俺はそのまま風の流れの通りに舞い上がり、校舎の屋上に立った。

 俺の身体には何か、意思のある空気のようなものが纏っている。剣の姿をしていたイ・フリット・ポテトとは違い、こちらは実体を持たないのだろうか。

 いや。俺はいつの間にか首に掛けられている、ネックレスのようなものを手に取った。


「やっと、見付けた」

「ずっと、探してたんだよ」


 意思を持った風は、俺の周りをぐるぐると回った。やがてそれは、小さな双子の姿に変わっていく。

 緑色の髪の毛。紫の瞳を持った子供だった。翼が生えている訳でもないのに空中を浮遊し、笑い声を響かせていた。とても懐かしいのに、名前が出て来ない。俺は戸惑ってしまい、双子の言葉に身を任せた。

 よく見れば、その双子には猫のような耳が付いている。髪は長く、指は白い。女児のようだ。


「……勇者の輝き、か?」

「そうだよ。ぼくは双子のシルケット」

「ぼくは双子のシーフィード」


 これが、勇者の鎧か――……。風は俺の身体にまとわり付いていた。ただそれだけなのに、奇妙な力を感じる。

 イ・フリット・ポテトの剣は、俺の能力に合わせて威力が変わっていたが。彼女らも、そうなのだろうか。

 しかし、それにしても――この能力は、自由だ。

 俺はふわりと飛び上がるように、屋上から宙に浮いた。

 変幻自在に空を飛び回る。風力も重力も自由自在、ある程度のスピードを持つことが出来、隙もない。

 なんて楽なんだろう。


「シルケット、シーフィード。この力は、どこまで開放できる?」

「今のままなら、ここまでだよ。マスター」

「強くなるなら、もっと力を使えるよ。マスター」


 やはり、そうなのか。つまりは、俺の能力がセーブされているこの状況では、空を浮遊する程度の力しか出せないということだ。

 俺はミヤビの下に降り立った。

 ミヤビは何かに反省しているような顔で、項垂れていた。俺はミヤビに近付き、その頭を撫でた。


「どした、ミヤビ」


 ミヤビは何も言わずにいた。数秒の沈黙があり、俺はミヤビと会話する事を諦め、ミヤビの台車を手に取った。

 分かったような、分からないような。要するに、この世界はどこかが本物ではないのだろう。

 地球とトイレの世界を往復し、やがて二つの世界は合体した。俺は暗闇の空間にも訪れ、そこでは二つの世界から溢れてしまったものがいくつも転がっていた。

 本物じゃないんだ。

 どちらかの世界が。

 あるいは、その両方ともが。


「……膨張した魔力は全てを飲み込み、そのうちに世界から姿を消します」


 ふと、ミヤビがそんな事を言った。

 俺は台車を転がし、校舎から出るための道のりを歩きながら、ミヤビの話を聞いた。

 セントラル・シティに突如として現れた校舎を、煌々と太陽が照り付ける。

 ――きっと、もう『夜』は来ない。

 そのような、予感がしていた。何故なら、俺達がセントラル・シティに訪れてからけっこうな時間が経つというのに、何も変わっていないからだ。

 とりあえず、この場所から離れよう。

 俺は、そんな事を考えていた。


「でも、信じて欲しいです」

「何を」

「……私、を」


 頼りない表情で、ミヤビは言う。校舎を出ると、物珍しそうな顔で俺達をセントラル・シティの通行人が見ていた。

 それでも、俺は気にせずに歩いた。


「ミヤビ。お前が何を隠しているのか、俺に話す気はないか」


 ミヤビは、ただ黙っていた。

 その様子に、どういう訳なのか焼け付いて焦げる血の臭いを思い出してしまう。

 この世界には、ブラフが多過ぎる。

 安定していない。


「……今は、まだ」

「そうか」

「……ごめんなさい。でも、いつか、必ず」


 謎の廊下を歩いていた記憶では、俺の隣にはルナと、シンマがいた。ムサシでも、コジローでもないシンマ。本当の名前を、なんと言っただろうか。

 二人のシンマ。一人になったシンマは、俺に付いて来いと言った。

 ――どちらを信じるべきかなんて、分かり切っているじゃないか。

 俺は立ち止まった。


「『トーヘンボクの悪魔』を倒したら、必ず話します。……だから、それまでは」


 その時には、全てが終わっているんじゃないのか。

 ふと、そのような疑問が俺の頭をかすめた。

 ミヤビはすうと透き通るような瞳で、不安そうに俺を見ている。

 俺はミヤビに、


「俺は、お前の言葉を信じない」


 そう言った。ミヤビの瞳が一瞬、水滴の落ちた水面のように頼りなく揺れる。

 俺は、ミヤビに笑い掛けた。


「お前を信じるよ」


 何を言われたのか、分からないようだった。俺は再び歩き出し、台車を転がしてセントラル・シティの出口を目指した。

 どうして、そんな事を思ったのかは分からない。

 でも、あの日突然、俺の家のトイレから顔を出したミヤビが、俺に助けを求めたような気がしたのだ。


「この先、何があるかは分からない。……でも、俺にとっちゃお前を信用するしかないんだ。この世界に連れて来たのは、お前だからな」


 それに、少なくとも悪い奴ではないと、俺は思った。

 ミヤビは救われたと思ったのかどうなのか、唐突に身体の力を抜いて、シモンズにもたれ掛かった。

 そして――


「……ひっ。……うえっ」


 なんか、泣き出した。


「お、おい! 何故泣く!?」

「……だっふぇ……もう、ダメかと思っ……ふえっ……」

「ああもう、ごめん、ごめんな。びっくりさせたな」

「ほんろれふよっ……」


 悪い奴には見えないだろ、こいつ。

 なんとなく、協力したくなるんだよなあ。


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