82_真実とは儚く残酷です
扉を開くと、内装は何一つ変わっていなかった。見覚えのある店内。ホラーコーナーの横にアダルトビデオのコーナーが有る所まで、完全に再現されていた。
俺は適当なビデオに触れる。
感触はあるが重量などはなく、まるで霞を掴んでいるようだ。俺達も店も、確実にどこかに『立っている』のに、ここに配置されている者達には重みが無いように見える。
それは……そう、例えるなら夢のようだ。
「アルト……妾、少し怖くなってきたぞ……」
モンクが泣き言を言った。
そうか。モンクはまだ、俺の存在について詳しく知らなかった。地球にも来たことは無いんだろうから、知らなくても仕方ない事か。
俺はモンクの頭を撫でた。
「元の世界に、帰れるのかな……」
「大丈夫だ、モンク。きっと帰れるさ」
「うん……」
すっかりモンクはただの子供だ。まあ、元からただの子供なんだけどな。
俺はそのまま店内を進み、レジ前に立った。懐かしい感覚だ。
――俺の知らない『ある日』、このレンタルビデオ屋は地球に存在しなくなってしまった。まるで大地はそこだけ縮まってしまったかのように、無くなってしまった。
それが、今ここにあるのだとしたら。
「おっちゃん!」
俺は呼んだ。店内に俺の声が反響する。
モンクが俺の手を握る力を強めた――……
――返事はない。
駄目か……
俺はレンタルビデオ屋を出た。
「一体、何処なんだ、ここは……」
「もけー……」
モンクとキューティクルが辺りを見て、そう言った。
何かが、違う。それは、俺が初めてミヤビに出会った時から、ずっと感じてきた。その違和感の正体に、少しだけ近付いている気がした。
俺は、何かとんでもない事を忘れている。
思い出せ。
『二つの世界』、『ギャグみたいなRPG』、『二人のシンマ』、『十個の呪い』、『四種の神器』、『ルナ・セント』、『三大魔導器具』、そして『トーヘンボクの悪魔』……
この場所は、一体、どこなんだ?
俺にはどうして、十個も呪いが仕掛けられている?
俺自身は、どうしていつまでもレベルが上がらないんだ?
ミヤビは、シモンズの事を『三大魔道器具の一つ』だと言った。そして、それは『トーヘンボクの悪魔』を倒すためのものだと。
俺は、ミヤビの『台車』だった。
……うーん。
何か、辻褄が合わない。ピースが足りない。
二つの世界を結び付ける何か……
「……あれ?」
遠くに見えるのは……あれは、トゥルーじゃないか?
俺の視線に気付いたのか、モンクが同じように目を丸くした。
「あれは……巨乳女!」
せめて名前で呼んでやれよ。
俺達はトゥルーに近付いた。トゥルーは目を閉じ、空間に浮遊している。
「おい、トゥルー! トゥルー!!」
俺は呼び掛けるが、トゥルーは目を覚まさない。すぐ近くには、ケントさんの姿も見える。その奥には、ルビイさん……今までに戦ってきた、スケボー少年やナルシスト男、スッゴイデッカイ・ゾウの使い手、実況の姿まで!
「ぎゃあ!!」
モンクが素っ頓狂な声を出した。見ると、そこには目を閉じたモンク・コーストの姿が――……
――本物か? ……いや、本物のモンクはここに居るのだから、これは偽物かもしれない。
しかし、どう見ても本物に見える……人形だとは、とても思えない。
何なんだ、これは……じゃあ、ここに居るトゥルーや他のみんなも、『別にもう一人』居るってことか……?
待て。
別にもう一人?
――――それって、どこかで。
「こ、これは、一体、なんなのだ……!!」
モンクは、その目を閉じている『モンク・コースト』に触れた。
瞬間、モンクはまるで、それに吸い込まれるように、消えてしまう――
「モンク!?」
手を伸ばしたが、間に合わない。
浮遊し、自身で光を放っていた『モンク・コースト』の光はおさまり、モンクは静かに目を開いた。
まるで自分が信じられないといった様子で、自身の両手を見詰めていた。
「モンク……大丈夫か?」
俺は、声を掛ける。
モンクは虚ろな瞳で、俺を見上げた。その頼りない表情の向こう側には、何かの感情が渦巻いているのが分かった。
ぽろりと、
その頬を、涙が伝った。
「アルト……アルト・ワールドロード……? どうして、私はこんな所に……」
――――え?
「やっと見付けた……!!」
激しいパワーを感じて振り返ると、真っ暗な空間の中に一人、淡く光を放つ存在が浮かんでいた。俺はその存在を見て、思わず目を見開いた。
ワドリーテ・アドレーベベ!?
「駄目よ!! まだ、『ビーハイブ』とも、『トーヘンボクの悪魔』とも決着を付けてない!! 今の貴方が、真実を知る訳にはいかないの!!」
ワドリーテ・アドレーベベは俺に向かい、右手を振るった。その右手に、光が集まっていく――……
「ちょ、ちょっと待てよ!! 俺達は何も――」
「とんでけ!!」
それは、一瞬の閃光。
俺とモンクとキューティクルは、その――謎の空間と呼ぶに相応しい――空間から、再び飛ばされた。




