81_刹那の夢、です
行けども行けども、道は砂漠なり。そんな表現が似合う『迷いの森』ならぬ『迷いの砂漠』の夜のこと。行き倒れの俺とモンクは、すっかりやつれた顔で星空を見つめておった……。
「モンク、あれ、何に見える?」
「……ローストビーフ」
「じゃあ、あれは?」
「ローストチキン」
「あれは?」
「ロースとカルビ」
「絶妙な変わりネタ仕込むねお前も……」
既に水は底をつき、我々は明日の行動資源もなく、ぼやけた指先で空をなぞっておった。そこには金銀財宝のように輝く星々が、我々を見詰め返し
「そうだモンク!! 星を頼りに進めば良いんじゃないか!?」
「どうやって」
「知らないのかよ、目当て星とも言われる、方角の変わらない星があってだなあ……」
……そこには金銀財宝のように輝く星々が我々を見詰め返し、そして我々はどれがその星かも分からずに窮地に陥っておった。
諦めて再び寝ることにしようと砂地に背を向けて倒れると、何故か自分の身体が砂に呑まれて行くように感じたのじゃ。
我々はそんなことにも気付かない程に、すっかりと疲れ果て
いやこれヤバくね!? 気付かなかった!!
「おいモンク、ちょっと滑り落ちてないか!?」
「何をバカなことを」
「いやちょっと気付けって!! おあああああ!!」
砂漠の真ん中に渦を巻いて、謎のブラックホールのようなものが産まれている!! ぐるぐると俺はそこに吸い込まれて行き、モンクも同じように吸い込まれて行った。
そんな状況にも関わらず、モンクは割れ関せぬと言った顔で眠り始めてしまった……ってお前大丈夫か!? 目を覚ませ!!
思ったよりも疲労していたのだろうか!? モンクの体調など俺には知る由もないが、とにかくこの状況はヤバすぎる!!
ずるずると俺は空間に飲み込まれ、モンクはついに砂漠に顔を埋めてしまった。
やばいやばい!! こんな所で死ぬ訳には!!
這い上がろうと手を伸ばすが、健闘虚しく右手を残して視界は塞がれ――――
……
俺は、勇者の装備を構え、長い廊下を直進していた。おどろおどろしい燭台は骸骨の形をしていて、それは俺達に対する挑戦状なのだと認識していた。
俺の右手側には、ルナ。左手側には、シンマを連れていた。
燭台は俺達が廊下を通る瞬間に合わせて火を点ける。ボッ、ボッ、という炎が燃え上がる音だけが、辺りに響いている。
「闇の声を聞け。汝らが追い求める形ばかりの平和は、万物において有害な因子になり得るということを……」
――廊下の向こうでは、誰かが喋っている。
「行くぞ、アルト」
シンマが俺に合図し、俺はそれに頷いた。
俺はルナに目配せする。ルナはそれに応じると、両手から蒼い光を放出し、俺達に支援魔法の加護を与えた。
<フェアリー・ウインド>。妖精の風を用いて、メンバーの速度を強化する魔法だ。
やがて最深部に辿り着くと、骸骨の燭台は円形に灯って行き、そこに空間を生み出した。
――魔王は俺達に背を向け、両手を広げて何かを呼んでいる。
「二百八十五年前、魔族が猿共との戦争に勝ってさえいれば、世界は平和であったものを……!!」
魔王は、振り返る。俺達は剣を、武器を手に取った。
中央の、そいつ。
泣いているのだろうか。
顔がよく見えない――……
「アルト!! アルト!! しっかりしろ、アルト!!」
声が聞こえて、俺は目を覚ました。どうやら、砂漠の朝が来たらしい――夢だったのか。俺は起き上がり、辺りを見回した。
――あれ?
「大丈夫か、アルト? 随分とうなされておったぞ」
「もけー?」
隣に居るのは、モンクとキューティクルだ。それは間違いない。俺達は砂漠の渦に飲み込まれて――……
飲み込まれたのか?
それさえ、定かではない。
それに、一体どこなんだ、ここは。真っ暗な世界に、そこら中に散りばめられた人やモノ。まるで、世界から置き去りにされたモノのような空間だ。
人は見えるが、誰一人として目を開いていなかった。眠っている――……ように見える。
「……どこなんだ、ここは」
俺は立ち上がり、その異様な光景に喉を鳴らした。
「分からん。まさか、迷いの砂漠にこんな場所があったなんて……」
モンクは少し、怯えているようだ。無理もない、俺達が立っている場所さえ、何処なのか分からないのだから。
「アルト、大丈夫か……?」
「何がだよ?」
「砂漠の渦に飲み込まれたというのに、何事も無かったかのように眠っていたから……」
「え……? 眠っていたのはお前だろ?」
「アルトだ!」
……話が噛み合わないな。もしかして、俺とモンクはそれぞれ別の幻覚を見ていたのかもしれない。
とにかく、ここが何処なのか。それだけでも、把握できれば。
――ん?
浮遊する人やモノの向こうに、見覚えのあるものが通り過ぎた。俺は思わず振り返り、『それ』をまじまじと見詰めてしまった。
おいおいおい、マジかよ……!!
俺は『それ』に駆け寄る。この地面、どこかを踏み抜けば落ちたりもするのか? 如何せん、全てが真っ暗闇で何が何だか……
「アルト!! 危ないぞ!!」
言いながらも、モンクは俺に付いて来る。キューティクルも同じようにしていた。俺は『それ』を目の前に立ち止まり、思わず見上げてしまった。
モンクとキューティクルは俺が何を思い、そのオブジェクトに近寄ったのか分からないようだった。モンクは俺の手を握り、ぐ、と力を入れた。
「なんなのだ……?」
俺は覚悟を決めて、浮遊する『それ』の扉に手を掛けた。
その――レンタルビデオ店に。