06_今夜はバナナ鍋です
さて。
巨大羊こと、スリーピング・シープを無事に撃退し、その日の訓練を終え、現代の世界へと戻ってきた俺達であるが。
途方もない一日が終わり、俺は修行の成果を経て――特に、そんなにすぐには人は強くならねえんだってことを理解した。
どこぞのチートみたいにはいかねえらしい。誰だよ、ベータテストからやってりゃ大丈夫とか言ってる奴は。
少なくとも引き篭もりの俺は、三種類はMMORPGのベータテストに携わっている。
ミヤビパパことサムライさんは、羊撃退後に俺に言った。
『あ、セントラル・シティの戦士選抜は三日後だから。勝たないとワノクニから出してもらえないから、死んでも勝ってくれ。アルト君、ワノクニ町興しの未来は君に掛かってる』
もう、本当に俺にとってはどうでもいい。土産でも売ってろ。
やはり、俺はこの世界に来る意味はあまり無かったようだ。
この様子だと、どうせ俺以外にも今のおかしな世界の変化について記憶を持っている奴は居て、誰かが世界を元に戻すんだろうし。
ぶっちゃけ、三大魔導器具がトイレットな世界で勇者にはなりたくない。
サムライさんは、ワノクニからも戦士が出ないと国の存続がどうのとか言っていたが。誰か他の奴見つけて、そいつを出せば良いんじゃないのか。
トーヘンボクの悪魔のことは――俺に掛けられた呪いも、世界復興と同時に戻るんだろうし。
「ただいまー」
俺の母さんこと国道日空さんが、すっとぼけた声を出して帰って来た。
俺はミヤビのみかん箱に台車をくっつけてやったので、ミニカーみたいにごろごろ転がしながらミヤビが母さんのもとに走って行く。
「おかえりなさい、日空さん!」
「あらあら、ミヤビちゃん。お久しぶりねー」
俺の知る限りでは、母さんがミヤビに会ったことはない。これも、記憶の改変という訳か。
一体、この世では何が起こっているんだろう。
俺は腕を組んで、母さんを見ていた。母さんはミヤビの頭を嬉しそうに撫でている。
トイレから出てきた少女と旧友だったかのような顔をして対応するマイマザー。
「有人も、おかえりなさい」
「……ああ、ただいま」
まあ、この不条理な感じも別に嫌いじゃねえんだけどさ。
テレビでは、相変わらずゴ○ラみたいな怪物が日本を直撃したみたいなニュースがやっている。謎の戦士たちがそれを撃破するとかなんとか。
異世界に行けるのは、限られた人間だけ。それは誰かがインタビューされて、答えていたが。
彼らは戦士選抜で勝ってきた人間なのかな。
「今日はバナナ鍋よ」
「ああ、やっぱいいわ。腹減ってない」
母さんの料理の腕も、世界の変化と共に変わってくれれば良かったのに。
「むう……やっぱりシモンズの中じゃないと落ち着きませんね」
お前はどれだけトイレ近いんだよ。
三日後、か。ミヤビには言ってなかったが、俺は不登校児だ。学校があると言って逃げてきたけれど、実は学校に行くのも苦痛なんだよな。
初めはサボってやる、くらいの勢いだったのに。気が付くとどんどん行けなくなって――……
やめよやめよ。明日、説明すればいいや。
「あれ、有人さん。四角いのがブルブルしてますよ」
携帯電話と言うんだよ、トイレ娘。
俺は黙って携帯を開くと、電話の主を見た。
――今日もか。
「よう、月子」
「……あ、有人? ……元気?」
「元気だよ。どうした」
「……あの、明日、学校」
「行かない」
金島月子。不登校になる前に少し話したクラスメイトだ。どうしてか分からないが、俺が不登校になってから毎日のように電話をしてくる。
内気なので、それ以上は何も突っ込んで来ないことは、ありがたいが。
「有人さん、明日は何時から訓練開始ですか?」
部屋に戻ろうとする俺に、ミヤビは聞いた。
俺は少し悩んだが――……
「……明日は学校だから、終わったらな」
「はいです! 気をつけてください!」
……結局、説明できなかった。
まあいいや。不条理にも俺の元へ現れたトイレ娘。どうせ、この世界が元に戻れば消える存在だ。
新真でも誘ってゲーセン行って、戻って来たら訓練すればいいだろう。
一応、サムライさんの訓練を少しだけ受けてしまったし。
ゲームだと思って。戦士選抜で一発KOされれば、もう何を言われることもあるまい。
「ええ!! マジで!! お前、異世界行って来たのかよ!!」
次の日のことだ。
新真小次郎は某有名なファーストフードハンバーガー店で、俺に言った。
異世界といえば空想上の世界、少なくとも現実に影響を及ぼすようなものではなかったはずで、特撮戦隊が街の平和を守る訳でもないのにとても身近な存在となっている。
まるで異世界のバーゲンセールだな。
「すげえじゃん、有名人じゃん」
一体どこからが有名人なのかと問いたいが。
貴重なサボり仲間なので、俺は新真にだけは打ち明けることにしたのだ。
間違っても、謎の戦士云々で騒がれるような事にはなってはならない。俺弱いし。羊に殴られて一発KOされる程度には弱いし。
武術はふんばり剣術だし。サムライさんには悪いが。
「絶対に誰にも言うなよ。学校の奴等にも」
「ああ、分かってるよ。有人、そういうの嫌いだもんな」
どちらか言うと、かっこ悪い事の方が問題だ。
新真が物分りの良い奴で助かった。
母さんが広める分にはもうどうしようもないので、世間様にはあとで口止めしておこう。
「しかし、有人がなあ。驚きだ」
「まあ、そういうことだから。今日もちょっと異世界行って来るから」
「おお、がんばれがんばれ。世界の謎を解き明かしてこい」
自分で言って、妙な気分になった。ちょっと異世界行って来るから、かあ。
さっさと誰かがトーヘンボクの悪魔とかいうの、倒せば良いのに。
「よーし、それじゃあ始めるかあー」
第一声、俺はミヤビに聞こえるように、そう呟いた。
戦士選抜とやらに参加して死なないためにも、ある程度戦えるくらいにはなってやるか。
ミヤビは学校の終わる時間までは把握していなかったようで、今日もトイレに入ってニコニコしている。
ああ、シモンズね。
「どうでもいいけどお前、髪切れよ」
「いえ。髪を切ると魔力が落ちてしまうのです」
なるほど。そういう話があったのか。通りで、サムライさんも妙に髪が長いと思った。
「ワシはただの趣味だ」
……そうですか。