68_気が付けばモンクです
森の中に居た。夜中のようだ。
モンク・コーストは豚みたいな魔物を丸焼きにして、俺の隣でもさもさと貪っている。辺りに人の気配はなく、時折ギャアギャアと謎の生命体が鳴き声を上げていた。
ミヤビも、タマゴも居ない。俺は着の身着のまま放り出された様子で、何も持っていなかった。
いつも身に着けている、小さな肩掛け鞄もない。当然、『勇者の血』もなくて――……
まあ、あの鞄には勇者の血は入っていない。それを考えると、まだ救われているか。
「……モンク、俺は?」
「倒れていた。事情は分からん」
モンクは黙々と魔物を貪っている。褐色銀髪ロリに助けられるなんて、どんな境遇だろう。
こいつ、本当に食ってばっかだな。服装も簡素で、白い薄手の布にタンクトップ。戦士選抜のように男を意識した格好ではない分、小さな身体に斧が目立つ。
その隣には、何かが積まれているカートがあった。
「お前、こんな所で何してるんだ?」
「ん? 妾は商人だからな。今は、ユキグニからセントラル南に向かって、『マリンスノー』を運んでいる最中なのだ」
そういえば、カートの中は青く光っているような。淡い光だが。あれが、『マリンスノー』なのか……。
「どんなモンなんだ?」
「売れる」
「……そか」
まあ、商人にそのアイテムの詳細など求めても、仕方が無いかもしれないが――ってそんな事はないだろ。いち商人なら、自分の売ってる商品の説明くらい出来るようになりやがれ。
モンクは俺に、魔物の丸焼きを骨ごと一本寄越した。え、これ食うの、俺……。
「ぶふぉー」
……なんか、変な声出してるんだが。腹壊しそう。
「スッゴイデッカイ・ブタの丸焼きだ。精力がつくぞ」
「……あ、ああ。ありがとう」
まあ、ただの豚なら大丈夫……だろう。たぶん。
俺は一口、その豚にかじりついた。……うまっ。意外と美味い。
「ここは、どの辺になるんだ?」
「ユキグニの南に位置する、イバラの森という名の森だ。抜けるには結構な熟練度が必要だ」
そ、そうなのか。意外にも俺、ものすごい所に落ちたんだな。タマゴやミヤビは大丈夫だろうか……。
モンクが見付けてくれて、本当に助かった。
「セントラル・シティまでは?」
「……セントラル・シティと南セントラルと言えど、治めている国王も国も違う。セントラル・シティに向かいたいなら、南西に歩く必要がある」
「ワノクニまでは?」
「わからん? 行ったことない」
……サムライさん、可哀想に。まあ、セントラル・シティまで辿り着く事が出来れば、俺もワノクニまでの帰り道は分かっているしな。
俺は立ち上がると、モンクに礼を言う事にした。
「ありがとうな、モンク。助かったよ」
「ま、待て待てい!! 妾は小僧がどうしてこんな所に居るのか、分かっておらんぞ!!」
モンクは俺の袖を掴むと、断固聞くまでは離さんという姿勢でいた。
……うーん。でも、説明のしようがないしな。俺にもよく分かっている事ではないし。
どう説明しようか。
「……みちづれにきました?」
「はあ?」
間違えた。
何でいつかのミヤビみたいなこと言ってんだ、俺。
「……まあ、ちょっと魔法で飛ばされたみたいなモンだよ」
「なっ!! まさかそれは、『ビーハイブ』にか!?」
「……まあ、あながち間違ってもいないような」
「なんて奴だ……。妾の友人にまで手を出すとは……」
いつの間に友人になったとか、そんな空気の読めない台詞は発言しない事にした。
モンクは豚を食べ終わると、毛布を一枚、俺に投げて寄越した。
「とにかく、今夜は寝ろ。夜中に森を歩きまわる事ほど、愚かなことはないぞ」
まあ、モンクの言う事にも一理あるか。ここは見たこともない森な訳だし、迂闊に歩いて迷ったら危険だもんな。
「じゃあ、森を出るまで付いて行ってもいいか?」
「勿論だ。……というより、その先にある『ポップコ』という名前の村まで付いて来い。そこで装備を整えてから行った方がいい」
なるほど。流石に、歩き慣れた商人はワケが違うな。
俺はモンクの隣に横になった。
――ミヤビとタマゴは、今頃どうしているだろうか。
地球に置き去りにされた、トゥルーは……。
何か、途方も無い砂漠に一人、取り残されたかのような気分だ。
まずは、ミヤビの居場所から探していかなければならないだろうか。
ムサシ・シンマは俺を誘ってきたくらいだから、次は何をするのか予想もつかない――……
「……モンク。『ビーハイブ』のムサシ・シンマって、どういう存在なんだ」
気が付くと、モンクにそう話し掛けていた。モンクは何も言わず、寝返りを打った。その表情が見えなくなる。
「――妾の、村を、潰した男だ」
ぽつりと、モンクはそう呟いた。俺は目を見開いて、モンクの後ろ姿を見た。
焚き火の火はモンクのそばで、轟々と燃えている。
「理由は分からない。……だが、笑いながらやっていた。妾は、それを覚えている」
「モンク」
「……悔しいのだ。たまにしか帰らない場所が、戻ると襲われていた。見る影もない程に村は破壊されていて、村のみんなは逃げ回っていたのだ。ムサシ・シンマはその中心で――笑っていた」
『――そうか。あくまでお前も、そっち側に付くんだな。なら、止めはしないが――これだけ、伝えとくぜ。俺達は、『世界の謎を解き明かしに行く』』
地球で、ムサシが俺に言った言葉。
コジローとよく似た――瓜二つな、見た目。
俺は、何も言わない。
「許さん。……絶対に、許さん。来年こそは『戦士選抜』に受かって、一人でも戦士登録して、『ビーハイブ』の本拠地に乗り込んでやる」
「というか、商人なら戦士選抜に出なくても、各国を歩いて回る事は出来たんじゃないか?」
「危険な区域は制限されていて、戦士を一人は含むパーティーでなければ、向かうことも出来ないのだ」
それは、商人であっても、ということか。
悔しそうに震えている背中を見て、俺は『ビーハイブ』に対する考えを、少し改める必要があるかもしれないと思った。




