66_30秒でリセットです
サキュバスはちゅうちゅうと音を立てながら、俺の唇を吸った。……なんだこれ、活力を奪われるような、不気味な感じがする……。だが、特に何事も無いような……
「アルトくんから離れるんだ!!」
タマゴが飛び出してきて、サキュバスに蹴りを放った。サキュバスはそれを背後に跳躍してひらりとかわすと、空中で一回転して歩道橋の上に立った。
くそ、こうしている間にもマリンクイーンはこちらに近付いて来るし、空間の裂け目は小さくなっていく。
さっさと仕掛けないと、何もかもが無駄に終わってしまうな。
「大丈夫か!? アルトくん!!」
タマゴが尋常では無いほど心配して、俺を見ていた。
「――無駄よ、もうそいつのレベルは一になったわ。もはや、身動きも取れないはずよ」
……確かに、ちょっとだけ弱くなったような気はする。
だが、だからどうだというのか。
ミヤビがステータスウインドウを開いて、俺のレベルを確認した。ついでに、俺も一目見させて貰おう。
○アルト
だいしゃ レベル1
おお、見事にレベルが下がっているぞ。すごいな。
俺はポケットに手を突っ込んで、サキュバスを見た。サキュバスは不敵な笑みを浮かべて、こちらを眺めている――……
俺は、サキュバスに向かって歩いた。
「強がっちゃって。もう、歩くのも辛いでしょう」
さて、そろそろ残り五秒といったところか。
何故、俺がこんなにも自信満々なのか、分からない人も多いと思う。
だが、俺には確信があった。こいつは俺の相手にはならないと――……
ずんずんと歩いて、俺は。
――サキュバスの、胸を揉んだ。
「きゃっ……!!」
一度やってみたいなあと思っていたんだ。興味本位で。
サキュバスは顔を赤らめて俺から離れ、胸を隠した。おお、流石に淫魔ともなれば赤面もちょっとエロティックじゃないか。悩殺するには十分かも分からんぜ。
まあ、これでこいつは逃げ帰るしかなくなった。何故かって? 決まっているだろう。
唐突なお色気イベントは場の雰囲気を誤魔化し、全てを無かったことにするからだよ……!!
「……ふん、人間の分際で強がった事しちゃって!! さっさと倒れて死ね!!」
俺は、首を鳴らした。
……さて、たぶんこいつはこれで帰って行くだろう。
サキュバスは俺を見ると、首を傾げた。
俺も、首を傾げる。
……?
「えええええ!?」
何を驚いているのか知らんが、俺はノーダメージだ。――さて、後ろのマリンクイーンの群れをどうするかだが――……
まあ、仕掛ける内容は既に決まっているので、さっさとやることにしよう。
「ま、まさか。アルトくんのレベルが低すぎて、吸われた所で大したダメージにはならなかったということか……!?」
「えええ!? 何それ!? そんなのアリ!?」
タマゴとサキュバスがぎゃあぎゃあと喚いていた。なんだよ。いつまでこんな事で騒いでいるんだ。
ていうか、意外と仲良いじゃん。
あれ? トゥルーが居な――
「――ダーリン?」
……俺の目の前で、暗黒の笑みを浮かべていた。
「今の何? 今の何? 今の何?」
……なんだよっ。挑発的な格好で、わざわざ見せ付ける為だけに着ているような格好だったら、興味本位で一度はやってみたいと思うだろっ!? 思うよな!! 少なくとも俺は思う!!
まして、それがフラグで勝てる見込みがあったらやるだろ!? 俺はやる!!
そこに乳があったら揉め!!
それは全一般男性市民に共通して存在する、言わばマナーのようなものだ!!
ごめん、それは嘘だ。
「ずるい!! ダーリン、あたしにもやって!!」
「……後にしろ」
お前は怒るポイントがずれている。いや、そんな事をやっている場合じゃないんだよ。早くなんとかしないと、俺達は五分後には土クズと化しているぜ。
サキュバスは顔を真っ赤にして、胸を抱いたまま飛び上がった。必死で俺を指さすと、ぶんぶんと怒っている。
「ふ、ふん!! 覚えていることね!!」
……ちょっと可愛いじゃないか。
さて、俺は近場のコンビニから求人情報誌をパクると、コンビニの屋根へとジャンプした。意外とやればできるようになったんだな、俺も。
前はジャンプなんていうものは、月面跳躍のようにはならなかった。バスケットのゴールにも届かなかったのに。
マリンクイーンの群れに、真正面から立ち向かった。
空間の裂け目、大分小さくなってきたな……。元の規模が大きいからまだそれなりにあるが、間に合うんだろうか……?
俺は求人情報誌を丸めると、メガホン代わりにした。
すう、と大きく息を吸い込む。
「ぜんた――――い!! 止まれ――――っ!!」
全力で、叫んだ。
不意のことで、誰もが意表を突かれただろう。マリンクイーンの群れは驚いて、俺の存在に気が付いた。これだけでは、止まらないか。だが、マリンクイーンの群れは俺に向かって攻撃しようとは考えていないようで、一瞥すると無視するように動いた。
――やはりか。
「どうしたんだい、アルトくん!?」
「タマゴ。襲い掛かって来たら困るから、ひとまず動きを止めよう。頼む」
「……あ、ああ」
気になっていたんだ、襲い掛かって来るにしては、妙に余裕が無いようだった。
俺達が戦わなければならないのは、マリンクイーンの向こう側なんじゃないか、ってな。




