60_あなたは『台車』です
全身の血が、目標を撃破せよと猛り狂う。筋肉は俺の指示通りに動き、本来の力を引き出していた。
本来の力――……?
そんなものを、俺は知らない。ただの学生である俺はこれまでゲーム以外の一切において戦いをしてこなかったし、喧嘩も弱かった。一度ヤンキーを相手に戦った事があるが、壊滅的にボコボコにされた。
だから、そんなものを俺は知らなかった筈なのだが――……、
「来いよ。『ゴーレムブラザーズ』」
俺は二体のゴーレムにそう言い放つと、ムーンゴーレムの槍を登り、肩の上へと辿り着く。ムーンゴーレムは俺の存在に気付き、俺を潰そうと動いた。
瞬間、左手の人差し指と中指で陣を描く。詠唱は覚えている。使い慣れた時空転移の魔法は本を見ずとも暗唱することができ、どこの国かも分からない言葉を俺は喋った。
その間、約二秒ほどだろうか。稲妻のように光が駆け抜け、俺は太陽のオッサン――『シャインゴーレム』の肩の上へと移動した。
ムーンゴーレムは自分の肩に向かって攻撃を放ち、肩を潰す。シャインゴーレムは俺の存在に気付き、驚いていた。
「ご主人があァァァァァ――――!! 帰っって来たあァァァ――――!!」
大音量で、イ・フリット・ポテトが叫んだ。
――どうしてだろう。ひどく懐かしい。まるで今まで、重たい枷でも付けていたかのようだ――もう一段階ぐらいギアを上げても、ゴーレムブラザーズが相手なら申し分ないだろう。
俺は転移の魔法を使い、再びミヤビ達のもとへ。トゥルーが俺を信じられないといった眼差しで見詰めている。
俺にも、何が起きているのか分からんよ。まるで俺じゃない何かが、俺の身体を使っているのではないかと錯覚する。
だが、だとするならばこの懐かしさは一体なんだろう。
「ポテト。準備はいいか」
「ウイイイイ!! 全力出していい!? ご主人、俺っちは全力出して構わないかね?」
「やめとけ。砕いちまったら、後始末が悪い」
「じゃあ、どのくらい!?」
「二パーセントくらいか」
ポテトは渋り、唇を震わせて抗議の眼差しで俺を見た。待て待て。全力出したらこんな世界、すぐに砕かれちまうよ。
そもそも、真夏の夜の夢みたいなものなんだからな。
――俺は何を言っているんだ?
自分でも、はっきりとは理解していない。記憶は戻らないが、感覚だけで身体を操作している状態に近い。
俺が『勇者の血』を振り翳すと、それは三倍ほどの大きさになった。
重さは感じない。
「<メテオ・インパクト>――――」
俺は、剣を振る。直径三メートル程の大きさの黒炎が産まれ、轟々と音を立ててシャインゴーレムの胸元へ。
待機中の水分が蒸発する音が聞こえる。瞬間、
閃光で目が眩む程の、大爆発が起こった。
「きゃっ――」「うわっ!!」
トゥルーと月子が同時に軽く悲鳴を上げ、屈み込む。危ないから、避けていた方が良い。
俺は今から――……、『ゴーレムブラザーズ』を撃破する。
「痛快ィィィ!! やっぱご主人はこうでなくっちゃあ!!」
ポテトの雄叫びに、俺は笑った。――さて、こんなもので倒れて貰っては困る。シャインゴーレムは尻餅を付いたが、胸元の傷を押さえて立ち上がった。
さて――、何から始めようか。時空転移、メテオ・インパクトは試した。今の俺の装備で出来ることは――……
試してみるか。
俺はムーンゴーレムに向かってジャンプし――光の速度でムーンゴーレムを、ただ殴った。
衝撃波と共に、ムーンゴーレムの腹が歪む。一瞬の間の後、ムーンゴーレムは凄まじい勢いで山へと飛んで行く。
「……なに、これ」
トゥルーがぼやいた。
こんなものは小手調べだ。そろそろ、俺達に攻撃された分を返してやるか――……
「アルトさん!!」
――ふと、
背中に、軽い重みを感じた。
嗚咽と共にすすり泣く。小さな声だった。
――あれ?
いつか、前にもこんな事があったような……
「――駄目です。これ以上は」
どうして、泣いているんだろう。
俺は、ミヤビを始めとする皆を守りたかっただけなのに。
何か、間違った事をしただろうか?
――否。
何が起こったのかは分からないけれど、俺は何かが覚醒して、力を取り戻したのではないか。
体感レベル、六百六十六。ステータス表など見なくても分かった。
真実はいつも――
「あなたは『台車』です!!」
誰の声だったのだろうか。
それは、俺の知る限りではトイレに入った、間抜けな伝説の魔法使いが発した言葉のように思えた。
言葉はすうと俺の胃まで降りて行き、それは消化された――……
俺は左手を見る。何一つ変わらない、ただの左手だ。
……あれ? 俺は今、何してたんだっけ?
もう、思い出せない。
両壁のオッサンはすかさずといった様子で虹色の空間を作り出し、その中へと帰って行った。トゥルーと月子が俺のことを化物でも発見したかのような驚愕の瞳で見詰める中、俺自身も何が起こったのかはさっぱり分からない。
俺は振り返り、ミヤビを見た。
「……あれ? どうしたんですか、アルトさん?」
ミヤビは、
――まるで何事もなかったかのように、笑った。