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05_スリーピング・シープです

 さて、ここまでくるとどうして俺がこんなにもファンタジーの世界に寛大なのか、気になってくる所だと思う。

 世界がある日滅亡したわけでもないし、死んで転生したわけでもないのに、ある日家のトイレが異世界に繋がりましたなどという現実をあっさり受け入れることは、そんなに楽なことじゃあない。

 何度も話題に上がっているレンタルビデオ屋だけど、残念なことに今はもうなくなってしまい、店ごと世界のどこかに飛ばされてしまった。


 まず結論から言うと、今、世の中は大変なことになっている。


 ある日どこかに得体の知れない巨大なモンスターが現れて、それを退治するために自衛隊が出動したっていうのは、結構有名な話だ。

 自衛隊では歯が立たず、最終的には謎の黒マントの女が得体の知れない能力を使って倒したという話も。


 俺の知る限りでは、世界はある、どこかのタイミングで『変えられて』しまった。

 それが何者かによる策略だったのか、あるいは天変地異みたいなモンだったのか、それは分からない。

 そこで、俺にも驚くべき現実が待ち受けていたという。

 それが、あの『トイレのミヤビさん』事件である。


「アルトさん、あっちです!」

「どうでもいいけどお前、事件の時くらい立って歩け!!」

「嫌です!」

「素直だな!!」


 これがまた驚くべきことに、誰もその事件によって世界がこんなことになったなんて、覚えている奴はいない。

 モンスターが現れても、「これが異世界からきたというモンスターか」くらいのもので、誰も驚きゃしない。

 トイレに人がはまっていることは、また別の問題だけどね。


 だが、俺は覚えている。

 俺たちの知っている現実は、そんなに曖昧なもんじゃない。もっと重力の法則ばりにがちがちで、科学で証明できない現象は起こらないものなんだ。

 どうしてか分からないけれど、俺には「世界の変化」とかいうものによる、記憶の消去や改変は行われなかったらしい。

 だから異世界に呼ばれた時は間違いなく勇者だと思ったんだけど、残念なことに俺は台車だった。


「あれです!」


 ミヤビが指差した先には、巨漢でも大きさでは歯が立たないと思えるくらい巨大な――……

 ――羊だ。

 二本足で立っている。

 うわあああ……なんか草とか喰ってるめっちゃ喰ってる!!


「ハワイユー?」


 知らねえよ!! 草を飛ばすな!!

 あまり可愛い部類には入らないだろう、小憎たらしい顔をした羊。こんなのが村を脅かす魔物でいいのかよ。どうなんだそこんとこ。

 羊はなおもムシャムシャとそこら中の草を貪りながら、あーこら植木とか喰うな!! 意外と手入れするの大変なんだぞ、あれ。


「スリーピング・シープです」

「いやどう考えても寝てないだろあれはイーティングシープだろ!!」


 言いながら俺は短刀を構え、先ほど習った『ふんばり小剣術』の構えを取った。

 ふ、羊よ。残念だが、ファンタジーの世界ってのは修行をするのに一時間も掛からず、しかも飛躍的に強くなっていくものなんだ。現実世界のように、一年単位でようやく発達してくる筋肉とは訳が違うんだぜ。

 刺す動きと、引く動き。一進一退になった動きは美しく、まるで蜂のように優雅な――――


 ――俺は殴り飛ばれた。


「ひゃあっ!? アルトさん!!」


 そのまま、田舎道を吹っ飛んで生垣に突っ込んだ。

 あれ、なんかHPとやらが消費したのを感じる。身体は痛くない。

 見ると、頭の上にHPバー的なものが存在していた。なるほど、この世界ではこれが体力なのか。ギリギリまで全力で動けるというのも、まことにゲームらしい。

 それでも若干動きにくくなった身体をどうにか起こすと、俺は蒼白になった。

 今、俺、殴り飛ばされたのか。

 ――見えない。とかいうレベルじゃなかった。

 羊の動きは凄まじく、腕が一瞬巨大化したような気さえしてくる。

 ――え? もしかしてこれって、全然強くなってない? 俺が強くなったと勘違いしていただけで、あの程度の訓練じゃこの羊には歯が立たないってこと?


「や、やっぱりレベル一のアルトさんじゃ、レベル十五のスリーピング・シープには歯が立たないのでは……」

「アホかお前それを先に言え先に!!」


 俺が極端に弱いわけじゃなく、相手が極端に強いのか。あー、ね。道理で太刀打ちできないわけだ。

 駆け出しの村にレベル十五でモンスターが現れるとか、それどんな初見殺しだよ。無茶があるにも程がある。


「逃げんぞミヤビ!! 悪いが今の俺ではお前を守れん!!」

「はーい、ちょっと待ってくださいねー」


 言いながらミヤビは、その長い髪の中から小さな魔法瓶を取り出して――本当に、どこから出したのか知らないが――シモンズに流した。

 そのまま、タンクの横にあるレバーを下ろす。


「はい、<ハイヒート・ウォーター>!! です!!」


 瞬間、タンクの上にあった蛇口が羊の方を向いて――途方もない量の、水が吹き出した。

 ――なんだこれは。トイレからポンプも顔負けの水が吹き出して、巨大な羊を撃ち抜いている。

 なるほど、これが三大魔導器具とやらの威力か――……


 ――かっこ悪い!!


「んめえ――――!!」


 うまいのか!!

 違う、鳴き声か!! 紛らわしいな!! メエって鳴いとけ、そこは!!

 どうやら、噴出したのは熱湯らしい。辺りに巻き散られると、そこから湯気が出てきた。

 ものすごく慌てて、羊はどこかに走り去って行った。


「……ふう。どうにかなりましたね」


 ……


「あれ? アルトさん、どうしましたか?」


 ……俺、いらなくね……? この冒険にも、この世界にも……



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