58_素晴らしき炎の神、イ・フリット・ポテトです
トゥルーの提案した逃げるという作戦は、すぐに絶望的になった。
隣町から歩いてきた月のオッサンに、電車が踏み潰されたのだ。
つまり、既に月のオッサンはそこまで近付いて来ていた。山よりも大きいのだから、当然一歩も物凄く広いわけで――……、街が小さく見えるぜ。
俺達は月のオッサンを見上げた。後ろを振り返ると、太陽のオッサンもこちらに向かってきている。
――応援も、援護もない。タマゴもまだ、訪れる気配がない。
仮にあいつが居たとして、このラスボス一歩手前っぽい相手に勝てるのかと言われると、それはかなり……
いや、まずこの世界にHPという情報が通用するのかどうかも分からない。
少なくとも、動きは一般市民のそれなんだからな……。
「あ……あわわ……」
トゥルーが珍しく怯えている。
月のオッサンは、巨大な槍を構えた。――いや、どう考えても俺達目掛けている。そこまできて、今更ながら、
ターゲットが俺達であることを実感した。
「みんな避けろ!!」
気が付くと、そう叫んでいた。
月のオッサンが力一杯ぶん投げた槍は為す術もなく俺達に――――俺達の目の前に刺さった。案外、コントロールは悪いらしい。槍は盛大に地面に三分の一ほどぶっ刺さり、一番前を走っていたトゥルーの一メートル前後で塔と化していた。
「トゥルー!!」
俺はトゥルーに駆け寄り、無事を確認した。……なんだ、腰を抜かして座り込んでるだけか。
あれ? 地面が濡れてる……
「△○□×――――!?」
「……分かった、分かった。怖かったな」
あまりの恐怖と衝撃に、漏らしてしまったらしい。チャイナドレスのような真紅の衣装の一部が、やや色が濃くなっていた。
トゥルーは涙目に俺の手を握り、歯の根をがちがちと震わせている。
……まあ、無理もない。
両壁のオッサンは大きいが、動きは鈍い。投げてからの豪速球は末恐ろしい速度だが、モーションはしっかりと確認してから動く事ができる。
落ち着け、俺。某巨像駆逐ゲーをやった時のことを思い出すんだ。
「にゃ――――!!」
今度はミヤビと月子の方から悲鳴が上がった。見ると、太陽のオッサンが巨大な斧を構えている。月子がミヤビの台車を取り、全速力で押して逃げていた。
ミヤビと月子の居た位置に、猛スピードで飛んできた斧がめり込む。
……月子、ナイス。お前の冷静さ、今はファインプレーだぜ。
だが月子もやはり恐ろしいのか、足は震えていた。
「ダーリンッ……!! はにゃかふにゅえふりゃ、あふぁふぃおうっ……!!」
「落ち着け。何言ってるか全然分かんねえ」
トゥルーは俺の手を握って立ち上がり、何やらテンパっている。こんな一面もあるのか。俺に抱き付くと、胸に顔を埋めた。
こいつの場合、そんな事をされるとボン・キュッ・ボンのメリハリある体型のせいであまりよろしくない。具体的に言うと俺の理性が。
肩を掴んで引き剥がすと、ボロ泣きだった。
「は……はひゃはふぁへんへりうふぉふぁっ……」
「だから分かんねえって……」
月のオッサンが槍を引き抜いて、……そろそろ第二撃が来るな。
俺は後ろを振り返り、月子と目を合わせた。
「すまん。そっち、頼む。避けるだけでいい」
月子は額に汗しながらも、下唇を噛んで頷いた。
――意外と、頼りになる。
俺はトゥルーの手を引いた。月のオッサンの振り被る動きに合わせて、俺はオッサンの周りを円を描くように走る。
やはり、ここではトイレの世界のようには動くことはできない。だが、それでも――……
ガスン、と大きな音がして、俺の足跡に月のオッサンの槍がめり込んだ。
「ひいい――――っ!?」
トゥルーよ、戦士選抜でのお前の態度の大きさはどこへ行ったんだ。
まあ、相手が伝説級のモンスターじゃ無理もないか……トゥルーも今は動けない訳だしな。
一般市民と大して変わらない。
タマゴ・スピリットを始めとする増援は期待できるのかな……あまり考えない方が良いか。
俺は『勇者の血』を取り出した。
「おい、イ・フリット・ポテト!! 出番だ!!」
「アイアイサー、ご主人!!」
――こいつの能力が未知数だ。勝てる見込みはないかもしれないが、追い返す見込みならある。戦士選抜では、相当力強そうだった(気がした)からな。
俺が勇者の血を構えると、すぐに黒刀は短剣から長剣になり、炎が舞う。
月のオッサンは槍を抜き、こちらを見据える。第三撃だ。俺はトゥルーの手を離した。
「走れるな」
泣きながら、トゥルーが力なく頷く。俺は再びオッサンの周りを走る。トゥルーも付いて来た。くそ、田舎道じゃ田んぼの間を走ることしか出来ないから、気軽に回れない……
月のオッサンが振り被る。避けられるのは分かっているので、俺はミヤビと月子を見た。
――あっちも、避けるコツは掴んだようだな。
第三撃の槍がすぐ近くにめり込むと、俺は月のオッサンに向かった。
「イ・フリット・ポテト!! どうすればいい!?」
「ハイハーイ!! 何がお望み!? 威力があるやつ? 範囲が広いやつ?」
「一番良いのを頼む!!」
「大丈夫だァ――!! 問題なァ――い!! 剣を振り被って、<メテオ・インパクト>と唱えたもう――!!」
俺は大上段に勇者の血を振り被り、そして――――叫んだ!!
「メテオォ――――――!! インパクトオォ――――――!!」
振った――――!!
――――ぼすんっ。
……という音と共に、小さな火の玉が月のオッサンに向かっていく。
オッサンの足元に当たり、似たような音を立てた。ちょっと痒かったのか、オッサンが首を傾げた。
「……ム?」
んええええええ――――っ!?