56_突撃!レンタルビデオ屋です
というわけで、月子も混ぜた四人のパーティーは、俺の知っているとある駅の街のはずれへと訪れた。
田んぼが続く田舎道。少し逸れると、個人商店のコンビニと、駄菓子屋がある。駅近くはまだそれなりに栄えていても、少し外れるとこんな状態の駅はまだまだある。
と言っても意外と近く、隣駅なんだけどね。
最寄りの駅周りは栄えているのにまともなレンタルビデオ屋はなかったから、買うと後処理に困りそうな類のビデオを借りるのに重宝したものだ。
中のおっちゃんも、わりと話の分かる人間だったし。
あ、何を買ってるのかという質問には答えられないから。
「へー。この辺りはわりと、あたしらの世界に近いんだね」
そうか? セントラル・シティを見る限りでは、そうでもなかったが。
もしかしたら、トゥルーの居た国……村か? 分からないが、そのような所では緑の景色が広がっているのかもしれない。
月子が俺の背中を小突いた。
「ん、どした?」
「どうして……ここなの……?」
「どうしてって」
そうか、月子にはもうレンタルビデオ屋の記憶はないのか。それもまた、寂しい事だな。
コンビニ、駄菓子屋ときて、その隣がレンタルビデオ屋だった。俺はそのまま歩いて、立ち止まる。
トゥルーが何もない場所を見ている俺を見て、首を傾げた。
「ん、どうしたのダーリン?」
「これを見てくれ」
トゥルーは眉をひそめて、景色を見る。……まあ、分からないだろうな。コンクリートなんて、亀裂はいくらでも入る。
それでも、こんなにも一直線に亀裂が入ることは、あまりない。
「あまりに……綺麗すぎる……」
月子は気付いたようで、そう呟いていた。
みかん箱に入ったミヤビが、透き通るような瞳で、ぽっかりと空いた空間を眺めている。
「気付いたか、ミヤビ」
「……どこかで、見たような」
あれ? ミヤビが気にしていたのは、俺の話とは違う部分なようだ。
月子は何度もコンクリートの間を行ったり来たりして、ポイントを確認していた。トゥルーは訳が分からないといった様子で、首を傾げている。
「……で、ここには何があったの?」
「レンタルビデオ屋があった」
「……れんた……?」
「ああ、いい。その名称については気にするな」
俺の性欲処理に使っていた、ただそれだけの場所だ。
おっと。
「俺の知る限りでは、この空間はどこかのタイミングで、異世界に飛ばされた」
「……どこか?」
「分からないんだ。それがいつからだったのか、それさえ」
俺も、記憶が無くなっている。だから、レンタルビデオ屋がどのような建物で何色だったとか、そういったことは思い出せない。
だが、レンタルビデオ屋のおっちゃんの顔は覚えているのだ。それだけがはっきりと、夢の様な記憶の中で唯一新しい――……。
……うーむ。ここに何かあればと思ったが、ただの亀裂が見えるだけだな。
それにしても、消えた土地は一体どこに行ってしまったんだろうか。仮に消えてしまったとして、何故間の空間はまるで無かったかのように消えてしまっているのだろう。
異世界の方だって、ある日土地が移動してきたら困った事になるんじゃないのか。
謎は深まるばかりだ……
「おやおや。お客さんだねえ」
考えていると、隣の駄菓子屋のおばあちゃんが声を掛けてきた。俺は振り返り、笑顔で応対する。
「おばあちゃん」
もちろん、名前は知らない。
駄菓子屋のばあちゃんは梅干みたいな口で、ぼそぼそと喋った。
「お茶でも飲んでくかい」
トゥルーがその提案に賛成した。ミヤビはお茶は嫌いだと言っていたが、比喩表現だと分かると手放しで喜んでいた。月子は……訝しげな顔をしている。
呑気だ。
駄菓子屋でお茶を飲むことなど久しぶりだったので、俺は少しワクワクしていた。
あー、五円チョコ懐かしいな。あんずボーなんて、もう長いこと食べてない。これを機会に大人の財力に任せて、がっつり買ってしまうか。
あ、財布の中に手持ちが少ない……
ちょっとしょんぼりした。
「すみません、おばあさん」
月子が謝る。律儀な奴だ。
「いいえぇ。もしかして、レンタルビデオ屋さんに用事があったのかと思ってねぇ」
――なんだって。
俺は思わず立ち上がり、出された団子を一気に食べ切った。
ばあちゃん、まさかレンタルビデオ屋の事を覚えているのか。
「……ばあちゃん、あんた」
「みんな、忘れちゃったみたいだねえ。あたしゃー覚えてるよ。今頃どこでどうしているのか」
「覚えてるのか!? 教えてくれ!! あの時はいつで、何があったのか」
「車がいっぱい、あったねえ」
「そりゃレンタカーだよ!!」
覚えてねえじゃねえか!!
「あるぇー?」
……このババア。
「武将さん、元気かねえ」
「武将?」
「レンタルブルーレイ屋さんの店主さんだよ」
「あんた絶対わざとだろ!!」
どうしてブルーレイなんて近代的な単語知ってんだよ!!
「あるぇー?」
……駄目だ。相手すんの、疲れてきた。
しかし、武将さんなんて名前だったか。そんな感じだったかなあ……まあ、もう俺もほとんど記憶を失っている。ばあちゃんの言っていることが間違っていなければ、そうなのだろう。
当てにしていいのかな、この人の情報……
「ああそうだ、息子の名前はレンタくんだったね」
「行こうぜ」「そうね」
俺の言葉に被せて、月子が席を立つ。こいつも少し苛々していたらしい。
その時、轟音がした。




