55_くるみパン美味しいです
朝早く、俺達はリビングに集まり、家族会議――じゃない、パーティー会議を開いていた。
ミヤビは暗雲立ち込める表情で、誰とも目を合わせようとしない。そりゃあそうか、三大魔導器具の使い手が、一転してか弱いちび○子に成り下がってしまったのだから。
トゥルーも、超スビードのグラマーがただのグラマーに……お前はまだ恵まれているじゃないか。そんな顔をするなよ。
冗談を言っている場合でもなく、俺はテーブルを軽く叩いた。
「状況を整理しよう」
ミヤビとトゥルーが顔を上げる。俺は二人にくるみパンを配ると、自分もくるみパンをかじった。
美味しいよね、くるみパン。
「まず、俺達が現状、トイレの世界に行くことはできなくなった」
「トイレ?」
「……ああすまん、向こうの世界に行くことはできなくなった」
つい本音が漏れちゃった。てへ。
「ミヤビはシモンズの使い手だから、実質こっちの世界では戦えない。俺もトゥルーも運動能力を著しく制限されてしまっているので、モンスターを相手にすることは厳しい」
ミヤビは力なく俯き、トゥルーは先の言葉を待って頷いた。
「だが、お前達が元の世界に戻る方法はある」
ミヤビが顔を上げた。そう、本題はここからだ。俺はキッチンでコーヒーを淹れると、ミヤビとトゥルーにも配った。しかし、二人とも意外と何でも食べるな。初めて会った時、ミヤビは好き嫌いが多そうな気がしていたのに。
「それはすなわち、タマゴ・スピリットにもう一度会うことだ」
トゥルーが壊滅的に魅力を失うほどの、酷い顔になった。
「俺達はこの世界で好き放題動く事ができない。だが、奴は動く事ができる。根性だとか言っていたが、何らかのアイテムか何かがある筈であり、それによって俺達も今後、この世界――地球で戦う事ができるようになる、可能性はある」
可能性はあると言ったのは、もしもタマゴだけが本当に根性で動いているのだとしたら、俺達には無理だという話だ。
だが、この可能性は低いと考える。少なくとも魔法を使用する事を許可されているこの世界で、タマゴ程度のマッチョが――普通に考えれば、学校の校舎を飛び越える程の跳躍を見せたり、軽々と着地出来るはずがない。
物理法則を無視した何かがあるということだ。もしくは、地球には存在しない法則――そこまで来ると学者ではないので分からないが、何かの力は『解放』されて、使えるようになっていると俺は考える。
「そして、もしも二つの世界を行き来する手段がミヤビのシモンズだけなら、モンスターもタマゴ・スピリットもここに現れる理由がない」
俺はくるみパンを振り、二人にアピールした。美味しいよね、くるみパン。
ミヤビとトゥルーはそこに希望を見出したようで、少し明るい表情になった。
「だから、次にモンスターが現れた時が勝負だ。モンスターの現れた時空か、それを倒しに来る戦士に事情を聞いて、世界を移動すればいい」
「そっか!! ダーリン頭良い!!」
トゥルーはキラキラとした瞳で、俺に抱き付いた。この状況では、満更でもない。
「センキュー、センキュー。サインは後にしてくれ」
トゥルーは気を良くしたようで、テレビのニュースを見ながら「早く次の魔物が現れないかなあ」などと、物騒な事を呟いている。ミヤビは――まだ、解決していないのだろうか。俯くミヤビの肩を叩くと、ミヤビは顔を上げて俺を見た。
「それじゃ、ダメか? ミヤビ」
ミヤビは首を振った。いつになくしおらしい。
「……いえ、それで大丈夫です。……でも私は、この世界では何かがあっても皆を守れません」
なんだ、責任を感じているのか。こいつにも、意外とまともな神経があったらしい。そんな言い方は酷いが。
「私は、三大魔導器具の使い手なんです。まだ、未熟ですけど……何かあったら、一番皆を守らなければいけないのは私なんです」
俺はミヤビの頭を掴むと、わしゃわしゃと撫でた。
何だこいつ、意外と可愛い所あるじゃないか。
「きゃっ。……有人さん?」
「心配すんなよ、ミヤビ。根拠はないが、真面目に考えたら負けだ。ただでさえヘンテコな世界になっちまってるんだからよ」
俺はミヤビを元気付けるため、明るく笑った。
「きっと、なんとかなるって」
ようやく、ミヤビもモチベーションを取り戻したようだ。
さて、そうと決まれば話は早い。まずは、二つの世界の繋ぎ目が緩い場所――今までに俺達が知っている中で、時空が歪んだ場所に行ってみるとしよう。
どこからモンスターが現れるのか知らないが、今までに現れた事のある場所は調べておく価値がある。
そう――あの、レンタルビデオ屋があった場所に向かわなければ。
その時、インターホンが鳴った。
「ミヤビ、トゥルー、出掛ける準備をしよう。情報収集だ」
「はいです!!」「任せてダーリン!!」
言いながら、廊下に出て玄関口へと向かう。モニターの向こうに居るのは……月子だ。
あ、そうか。しまった。今日も学校だったんじゃないか。一緒に行く約束をして――……どうしようかな。
扉を開けると、月子がやや頬を染めて、眼鏡を直した。
「……有人、おはよう」
「ああ、おはよう」
うーん、まいったなあ。なんて言えば良いのか……
「学校……行こう」
「その事についてなんだが……すまん、月子。ちょっと問題があって、行けなくなった」
月子は少し寂しそうな顔をして、俯いた。胸が痛いが、トイレの世界に行けなくなったとあっては俺も黙っている訳にはいかない。
向こうでは、ルナが今でも寂しそうに、俺のことを待っているんだからな。
「何か……あったの……?」
「……まあ、ちょっと異世界に行けなくなっちゃってさ。困ってるんだ」
月子は驚いた様子で、顔を上げた。
「それで……どうするの……」
「うん、過去に異世界からモンスターが現れた場所を回ってみようかと思って。こっちにゃ異世界の人間も居るから、帰れなくなっちゃうと困るだろ」
月子は暫く考えていた。まあ、これで納得はしてくれるだろう――と思ったら、何かの決意を固め、顔を上げて言った。
「私も……行っていい……?」
……ええっ!?




