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54_行く方法は見付かりません

 一つ、分かったことがある。

 俺達は家のトイレとミヤビのシモンズを通じてしか、トイレの世界と地球を行き来する手段がなかった。それに対して、タマゴ・スピリットは俺の家からではなく、地球に来ることができていた。

 タマゴは何らかの、別の手段を使って地球へと訪れていたんだ。

 それをタマゴが戻って来るまでに気付かなかった事が悔やまれるが、もう一度タマゴに会うことが出来ればそれは成立する。そう思った俺は、朝になると真っ先にトイレへと向かった。

 どの道、学校には行っても行かなくても俺にとっては問題ないので、トイレの世界に向かおうと思った。

 トイレに入り、便器を見詰める。


「……あ」


 そうだ。行き来するためには、ミヤビの魔法が必要なんだ。

 このまま飛び込めば、純粋に足を突っ込んで汚いだけである。

 俺の部屋まで戻ると、みかん箱に掛かっている毛布を避けた。中ではミヤビが体育座りをして、すうすうと寝息を立てている。

 ……どうしてこんな体勢で眠ることが出来るんだろう。


「ミヤビ。……ミヤビ」


 ミヤビは涎を垂らして、ちっとも起きる気配がない。


「んう……もっちもちのソーダフロート……」


 何それ。どんな味がするの。

 俺はミヤビの耳元に、そっと耳打ちをした。


「バナナ。……バナナジュース」

「ん……バナナも美味しいです……」

「ほーら、今度はスリーピング・シープが寄ってきた」

「焼いたら美味しいです……」


 美味いのかよ。強情だな。


「釣られてアルトも寄ってきた」

「ひゃあ!!」


 え、それで起きるの。ちょっと傷付くぞそれは。

 ミヤビは起き上がると、俺を見て蒼白になった。


「きゃああ――!!」

「え。……いや。あの」


 どうした。何があった。


「……なんだ、有人さんですか」

「誰だと思ったの!?」


 朝ボケしているミヤビの左手を引いて、俺は一階のトイレまで歩いた。ふと、一階奥の母さんの部屋に目が留まる。本当に、居なくなってしまったのだなあ。世界の謎という、途方も無い課題を前にして。

 俺は俺で、今目の前にある問題を解決するとしよう。


「どうしたんですか? ……おしっこですか? 厠は家の中には普通ありませんよ……」

「仮にここが厠だとしても、二人で中には入らないだろ」

「……ええっ」


 何故そこで顔が赤くなるのか、非常に疑問なんだが。俺は便器を指差すと、ミヤビに言った。


「発動させてくれ、ゲート」

「あ、もう向こうの世界に行くのですか?」

「……まあ、な」


 本意ではないが、タマゴに会って事情を聞かなければな。大方、モンスターが現れなければタマゴも地球には来ないんだろうし。

 またモンスターが現れたとして、次もタマゴであるという確証もない。

 ミヤビは暫く寝ぼけ眼を擦っていたが……、やがて唐突に目が覚めたかの如く、ぱちくりと大きな両目で瞬きをした。


「……あれ?」


 どうしたんだろう。何か、嫌な予感がするが。

 大体こういう気付きって、良くない気付きだよね。知ってる。


「……ああ――!!」


 絶叫。すぐ近くに居た俺は、あまりの声の大きさに耳を塞いだ。

 一体何がどうしたのか分からないが、ミヤビは凄い形相で何やら慌てている。二階で寝ていたはずのトゥルーが、驚いて様子を見に降りて来た。

 ……うわー、嫌な予感がする。


「な、何!? 何!? どうしたの!?」

「トゥルーさん!! 見てください、これを!!」


 トゥルーはトイレを見ると、怪訝な顔をした。


「……シモンズ? が、どうかしたの?」

「いえ、これはシモンズではなく、アルトさんの世界では一家に一台ある置物なのです」


 いや、それは用を足すための手段だよ。そういえば、ミヤビを始めとするトイレの世界の住人は温水洗浄便座なんて便利なものは知らないのだったか。

 トゥルーが頭に疑問符を浮かべて、首を傾げた。


「……それで?」


 そうなのだ。だからどうしたという話で。

 だが、ミヤビは両腕をばたばたと動かしながら、大声で叫ぶように言った。


「――魔法が、解けちゃってるんです!!」


 ――――ん?

 あ、そうか。そういえば初めて来た時からミヤビは、家のトイレでは魔法を発動させていない。大体家にいる時は虹色のゲートは開きっ放しで、俺達はそれに飛び込んで――……

 そりゃあ、そうか。トイレの世界のシモンズならば兎も角、地球のトイレが魔導器具だなんて話は俺も聞いたことがない。

 つまり、こいつはシモンズの魔法を受ける立場のオブジェクト。こちらからは魔法を発動させることができない――……


 ……あれ? それ、やばくない?


「……だから?」


 トゥルーはなおも理解していないようで、眠そうに目を擦っていた。まあ、まだ朝の五時半。起きるには少し早いが――……だが、この問題は結構深刻だ。トゥルーにも結構な問題になるはずだ。

 俺はトゥルーの肩を掴み、ミヤビと目を合わせた。


「向こうの世界に、行くことが出来なくなったんだな?」


 ミヤビは鬱々とした表情で、肩を落として頷いた。


「……はい」


 トゥルーは目を丸くして、固まった。俺達がここに来ることが出来ていたのは、ミヤビの魔法のお陰。俺もトゥルーも地球では戦力にならず、ミヤビは言うまでもない。

 モンスターが現れたとして、俺達が戦う方法はない。


「――えっ」


 トゥルーの顔が、みるみるうちに青くなっていった。その日、


「ええ――――っ!?」


 我が家に、トゥルー・ローズの悲鳴が木霊した。



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